第十五話:先輩と後輩
※※ 15 ※※
「まあ、とにかく……。朝から騒ぎを起こしてすまなかった。お詫びに二人を部室に招待するから、放課後寄ってくれないかい? 僕としても双月と考古について話し合いたいし。では」
周囲に集まった視線に居た堪れなくなった、飯塚と名乗り、古代考古研究部の部長である先輩は去って行った。
残された俺たちは、瞬間風速で起きた出来事に頭がついて行かず、呆然と互いを見合ったとこで、
「平良君、平良君。なんだか三角関係勃発ッスか?」
と、空気を読まない尾崎が首を突っ込んできたんだ。
俺は賺された鬱憤を、オザキのこめかみに拳でグリグリっと叩き込んでやった。
放課後。
灼と二人で示し合わし、『古代考古学研究部』の部室前に立っている。
互いに見合い、灼が言う。
「覚悟はいい? 開けるわよ」
「おう」
俺の返事と当時に扉が開かれた。
が。しかし……。
待っていたのは、女子生徒ひとりだった。
「おいでやす」
満面の笑みで迎え入れてくれた女子生徒の黒髪が肩に触れる。
腰のあたりまであるロングヘアーがさらさらと音が聞こえるくらい、優美に流れ落ちていった。
「まあ、お茶でもいれよるよって、適当に座っておくれやす」
物腰の柔らかさと、優美な言葉に、俺と灼は思わず誘導され、ふらりと入室する。
埴輪、土器等々、無造作に置かれている遺物を見やりながら、椅子に座った。
「ほほほ。そこに置かれよるもん全部、レプリカや。お気にせんとき」
女子生徒は、品のいいグラスに冷たい緑茶を二人の前に出す。俺は口の渇きを癒すために、茶をすすった。
「うまい。これ、あんたが?」
俺の反応を愉しむように、市販のペットボトルを見せる女子学生。
「へえ……。グラスに入れ替えて、美人が入れてくれただけで、こうも味が変わるもんなんだな」
思わず、俺はつぶやいた。そのつぶやきに、女子生徒は鈴の音が響くように、くすくすっと笑う。
「あんさん、随分お上手やねェ。うちは三年でここの部員、高階結衣。よろしゅうな」
「俺は歴史研究部の谷平良。こちらこそ、その……高階先輩」
俺のはにかみに、高階結衣はいたずらっ子の好奇心に満ちた瞳で覗き込む。
「こんな零細部に後輩はおらへんから、『先輩』言われると背中が痒うなるわァ。うち、平良君のこと気にいってん、『結衣』でええよ」
「じ、じゃあ……『結衣』さんで」
と、俺は隣から、突き刺す鋭い視線に気が付いた。灼がジト目で睨んでいる。
「な、なんだよ?」
「ふんッ! べェ、つゥにィィ!!」
俺の詰問に、あからさまな仏頂面をして、そっぽを向く。その様子を見た結衣さんは「罪作りな男は好かんェ」なんて笑顔で言いながら、机から一冊の本を出してきた。
「これ、読ましてもろうてん。ほんま素晴らしかったわァ……。で、今日ここに来てもろうたんは、双月さんに是非我が『古代考古研究部』に入部してもらいたいと思うたからや」
笑顔で灼を見る結衣さん。反して灼はまるで宿敵にでも会ったかのように、大きな瞳で思いっきり睨んでいた。
「断るわッ」
一刀乱麻に斬り捨てる灼。一瞬、結衣さんから笑顔が消えた。日本人形のような端正な顔立ちに僅かな影を見せる。
「心配せェへんでも、あんさんの平良君は取らへんよ。それに『歴史研究部』より、こっちのほうがより考古に専念できはるえ。あと、大学の発掘研修にも参加できはる特典もついてきおるしな」
片目をつむって「お得やで」と満面の笑みで言う。
「それはそうと、あんた。部長が不在なのに、そんな重要なこと勝手に決めていいの?」
何かそうとう腹に据えかねているようだ。そもそも、敬語とか年上を敬うとか、そんな殊勝な配慮が欠如している灼ではあるが、今度ばかりは敵意をも感じる。
しかし、一年生に『あんた』呼ばわりされても、笑みを絶やさなかった。腹の内は、もしかしたら煮えたぎっているかもしれないが、少なくとも表情からは推し量れなかった。
「うち? うちはねェ……」
もったいぶるように、言葉を溜めて、ゆっくりとしゃべる結衣さんに、灼のこめかみが痙攣する。
「部長すらも顎でこき使う、この部の『影の支配者』なんえ」
ころころと銀片が震えるような涼やかな声で笑い出した。が、聞く人すべてが魅了する優雅な声も、灼には神経を逆なでする雑音でしかない。
「!!」
突如、無言で灼は立ち上がる。隣で俺は「ぷッ、ちーん」と弾かれて切れた音を聞いたような気がした。と、その時、部室を仕切っていたカーテンから部長である飯塚さんが困った顔で現れた。
「高階、またそうやって人を騙して。ほんとに懲りないやつだな」
「せやかて、せっかく玩具……、いやお客はんが来はったのに、もてなさんと……、にゃァ!」
最後の不明な語尾は、飯塚さんが結衣さんの頭に手刀を入れたからである。
それはそうと、今玩具をお客と言い換えなかったか?
「お前の場合、弄ぶの間違いだろ。ついでに、その似非京都弁もやめなさい」
飯塚さんの言葉に「ぶー」と白い頬を膨らませて抗議する。それを無視して憮然と立ち尽くす灼に「ごめんね」と言いながら、椅子に促す。
灼は細めのプリーツを気にしながらスカートのお尻を撫で、ゆっくりと座る。そして不機嫌な顔でお茶を飲みほした。
「二人とも、こいつの茶番につき合わさせてすまない。ちなみにこいつは千葉県生まれの千葉県育ちだ」
「でもでも、うちのあばあちゃん、京都に住んではるもんッ!」
「カンケーないだろ」
再び、結衣さんの頭に飯塚さんの手刀が落ちた。
「平良君が『美人が煎れたお茶は美味しい』言ってくれはったから、何や嬉しゅうなって、ついつい遊んでん」
「え? そうなのか?」
飯塚さんの怪訝な視線が俺に向く。突如、振られたもんだから、思わず狼狽した。
「あ……、え、とォ、まあ」
ちらりと隣を見れば、灼がほくそ笑んでいた。細めた大きな瞳には「ざまあみろッ」と書いてあるように見えて少々苛立つ。
「まあ、見た目は悪くないので騙されるが、中身はザンネンだ。申し訳なかったな、谷」
心底謝罪する飯塚さんの姿に、結衣さんは傷ついたらしい。涙目で「にゃァァァッ!」と抗議するが、またもやスルーする飯塚さん。
随分と扱い慣れているようだが、ホントはこの二人付き合っているのか? そんなことを考えながら、俺はお茶をすすり、灼を見た。
……俺と灼も、傍から見ると、やっぱり付き合ってるように見えるのかな?
隣で肘をつき、先輩たちの漫才をつまらなそうに眺めていた灼と目が合う。
「なによ?」
「……べつに」
そっぽを向いた俺の顔を、灼は小さな手で挟み、強引に引き戻させる。灼の顔が息がかかるくらい近かった。
「あんた今、見た目も中身もザンネンなんだよなァ……とか、思ったでしょ?」
「い、いや、全然思ってないしッ」
灼は挟んだ手に力を込めて、俺の頬を潰す。唇が突き出て、池の鯉のようにパクパクした。だから、「違う!違う!」と抗議しても「チュー、チュー」としか聞こえない。
「……平良君と双月さん。いくら二人とも仲がええって、人前で「チュー」はないと思う」
「俺、なんとなく思ってたが、双月ってやっぱり『肉食系女子』だったんだな」
飯塚さんと結衣さんが二人同時に頷く。
確かに今の俺たちの姿は、強引に灼が俺にキスしようとしていると見えなくはない。それに気づいた灼は思いっきりグーで俺を張り飛ばした。俺は椅子ごと倒れ転げる。
「あ、あああ……ありえないッ!」
頬も耳も、熟れたリンゴ以上に真っ赤な灼は、俺と先輩二人を交互に何度も指さした。