第百四話:そこにある答え
いつも拙作を読んで頂き、大変うれしく思います。
相変わらず不定期更新で申し訳ございません。それでも何とか進めていく所存です。
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「ふん。何の事かしら?」
言いながら、流し終えた髪の泡が足元に溜まってゆくのを見つつ、おもむろに両手で束ねて、セミロングの余分な湯水を絞る。
やがて挑むように、灼は凛とした大きな栗色の瞳を眇めて、妙に落ち着いた山科会長の視線に応対した。
が、すぐに山科会長は視線を外し、
「……まあ、いいわ。先ずあなたには謝ろうと思ってたのよ。わざわざ測量組から考古研修組に替わってくれたことを」
「それは平良がしたことで、あたしじゃないわ。謝礼を言うならお門違いよ」
灼は眉根を強張らせ、言葉で容赦なく、ぴしゃりと叩いた。その勝ち誇っている姿ですら、山科会長は平然と受け入れている。
「そうね……その通りだわ。でも、それが原因で双月さん、あなたが不機嫌になったというのなら、やっぱり私は謝るべきね」
謝罪の態度と真摯な言葉の裏にある本当の意味。
瞬時にそれを憐れみと悟った時、灼の心中が怒りでいっぱいになった。
鋭い瞳で彼女の顔を見る。
しかし、そこにあったのは同情や感傷ではなく、間違いを犯した者を叱咤する哀しみと辛さだった。
(山科会長はやはり察してた)
受けた衝撃に、視線を逸らして思わず唸るような声を漏らす。
「不機嫌? あ……あ、あんたに、あたしの何が分かるのよッ」
反抗することで、動揺を無理矢理に隠そうとした。自分は今、追い込まれていて、次に向けられる言葉が痛撃の一言になることを自覚ながら。
対する山科会長は再び灼を見据えて、静かに、平静に言葉を継ぐ。
「分かるわ。谷君に掛けた言葉を後悔してるのでしょ?」
(山科会長はやはり知ってた)
「そ――」
否定の言葉で返そうとしたが、声を詰まらせて咄嗟に出ない。山科会長は気付いている。そして灼も気付かされた。
灼にとって平良は一体どんな存在なのかを。
山科会長は厳しさの表れとして構わずに言う。
「勢いとは言え、暴言を吐いた自分が許せない――違うと言えるのかしら?」
灼は僅かに顔を伏せて黙ったまま。
「だからこそ――」
声だけは穏やかに、哀しみを全く純粋でない笑顔に変えて山科会長は、
「だからこそ、誰かに背中を押してもらえないと前に進めなくなってる情けない自分に気付かされたわ」
さらに続ける。
「今度は誰にも甘えず、自分から進んで、自分の力で本当の想いを彼に伝えるわ」
灼は伏せていた顔を上げる。
正面にある笑顔と向き合う。
そこには恐怖でもなく、感嘆でもない、和やかな、厳しい覚悟を決めた少女の笑顔。
灼が長年、あえて明言しなかった想いへの答えを正面から見せつけ、先にある甘く辛く、しかし避けては通れない道を示した笑顔。
その笑顔が、心に痛い。その眩しさから目を背けたくなった。
「……なんで、そんなに簡単に言えるの?」
山科会長は、瑠璃色の瞳を細め、少し困った顔で言う。
「簡単じゃないわ。今日まで二年も掛かったのだから。でも決めてしまえば簡単。だから、双月さんもさっさと決めてしまいなさい」
この期に及んでも煮え切らない灼の手を取り、
「――『ずっと好きでした』って言うより『ごめんなさい』って谷君に謝るほうが、とても簡単だと思うわ。
因みに私の勝率はかなり低いことも自覚してる。振られたら慰めてくれるのかしら?」
「ふ、ふんッ! もしも振られたら、あたしがあんたの為にイタリアンのフルコース料理を作ってあげるわ」
悪戯っぽく笑う山科会長に対し、負け惜しみの罵りを放つ。思いを巡らせながら、
「山科センパイ……ありがとう」
灼は小声で呟いた。
女子たちが温泉を楽しんでいる頃。
俺を含めた高校生男子は、体育の授業であれば恐らく熱意も闘志も湧くべくもない、しかし温泉地なればこそ熱血漢となれる球技――卓球を興じている最中だった。
「部長。この勝負、俺が終わらせてやるぜ」
浴衣がはだけた俺は、肩だけで息をしながら腰を据えた。
「いいだろう。だが、お前に勝利はないッ」
右手のラケットを下段に構え、ピンポン玉を掌に添えたその先に俺を見る。蒼白く光る双眸が見開き、渾身の思いを込めて振り抜いた。
その裂帛な気合に反して、ピンポン玉は俊敏さと規格外な軌道を見せることなく、単純な放物線を描いて俺のコートに迫る。
「くぅッ!」
自陣のコートに着地したと同時に、俺はラケットに全力を込めて振り抜いた。しかし極度に速度が遅いピンポン玉は、ラケットを越えて、俺の背後で虚しく床を数度ほど跳ねた。
「ま、負けた……」
俺の項垂れる姿に、
「これが『実力』というものだ。うはははッ」
部長は王者の顔で勝者の笑みを浮かべた。辛酸を舐める結果に終わり、敗者の境地を受け入れざるを得ない俺はがくりと膝を折る。
「平良ァ……」
情けない顔で振り向けば、俺以上に憐憫な表情を作っている灼が立っていた。
「なんて、レベルの低い試合なのかしら」
見かねた新庄めぐみが、眉間を指で抑えながら、ひらひらと手で追い払うような仕草を見せ、箱からラケットを持ち上げる。テニス部らしく『ペンホルダー』だ。
「わーいッ。あたしもやりたいッス! ダブルスするッス!」
諸手を挙げてコートへ寄って行った尾崎も、箱から『シェイクハンド』のラケットを取り出した。後から結衣さんと有元花散里も続く。俺と部長は苦笑いを浮かべて肩を竦めた。
「まあ、俺たち男子は汗を流しに温泉にでも行くか」
審判をしていた飯塚先輩が、キリが良いとばかりに提案する。部長は首肯し、俺に促したところで急に顎を杓った。その先にある俺の背後にいつの間にか灼が立っていた。
「俺たちは先に行ってるぞ」
着替え袋を提げて別館へ向かう二人に、了解の意思を込めて手を挙げ、その手を軽く灼の頭に乗せる。結われていないストレートロングの髪を優しく撫でた。
「どうした?」
灼は、はにかみながら弱い笑みを見せて、みるみる内にその顔が紅潮してゆく。
「……え、と……」
視線を泳がしていたが、すぐに意を決して俺を見据えた。
「……今日のこと、ごめんなさい。あんたが山科センパイのために気を利かせてたの分かってて、酷いことを言ったわ。反省してる」
「酷いこと?」
言葉の意味が分からず、俺は首を傾げた。その態度に少し苛立ちを感じたが、声には乗せずに続ける。
「あたし、あんたに言ったじゃん。『この旅行の間、あんたとは違うグループで研修するべきだわ』って。意味のない嫉妬なんかして、だから謝ったの」
(平良が傍にいない……それはやだ。でも、あたしのせいで平良がいなくなるのはもっとやだ)
長年、傍らにいることが当然と思っていた平良が他の女子の為に自分から離れてしまう。その恐怖から逃げるために虚勢を張った自分に嫌気がした。
本当は平良に謝る形で、みっともなくて恥ずかしい自分を猛省したいだけなのかもしれない。
(それでも……)
大きな栗色の瞳をまん丸に広げ、必死に気持ちを言葉に変えようと頑張る灼の頭を、俺は激しく撫でた。
「い、痛ァ! なにするのよッ」
顔を顰める灼に、俺は申し訳なく笑い、
「お前も俺の事を色々と気にしてくれてたんだな。有元にも『もっと自覚しろ』って注意されたし……気が付かなくてゴメン」
自分でも気が付かないうちに声が漏れ出ていた。灼は耳たぶまで真っ赤に染めて、乱暴に俺の手を払いのける。
「そういえば……」
事実の確認というほどではないが、俺はふと冷静な物言いで問う。
「さっき、お前が言った『意味のない嫉妬』って何だ?」
言って瞬間、灼の肘が見事に俺の脇腹にめり込んだ。
●尾崎のうんちく
はれェ~? 今回『歴』があるって言ってたけど、なかったッスね。。。。。
最近『めろ』の恋バナ続きで、カレシ無しのあたしには荷が重いッス。
でも、タンデムは憧れるッスよ、もちろんあたしがドライバーでカレシはうしろ。日本の最北端から最南端までバイクで走りたいッスね。。。。
次回こそ『歴』だそうです。お楽しみに。。。。




