第百三話:『約束』と『決意』
いつも拙作を読んでいただき、大変うれしく思います。
毎度、不定期更新で大変申し訳ございませんが、楽しく読んで頂ければ嬉しいです。
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伊豆研修旅行の一日目は煩雑と盛況のうちに幕を閉じた。
初日から移動時間が長いという事情により、限られた研修時間の間に無理やり観光スポットである三島スカイウォークを組み込んだため、かなり過密スケジュールになってしまったが、自分たちの手による非日常空間を目いっぱい満喫しようと、はしゃいで大きな声を出し、はち切れるほど笑い、隅々まで徘徊し、『ご当地グルメ』を目に付く先から飲み食いをした。
山間の空から黄昏の色が消えた頃、バスは伊豆縦貫自動車道から伊豆中央道へと入り、修善寺インターチェンジを下りて一日目の終点である宿泊地へたどり着いた。
「へえー、随分と趣がある民宿だな。近場には修善寺や独鈷の湯もあるし行ってみよう……かな?」
バスから下りて、俺が近づいた分、灼は引いて離れる。その姿に俺の語尾があっさり揺らいだ。俺の表情が少し翳る。
灼は慌てて視線を探り、努めて明るく笑って見せた。
「い、いいんじゃない……かな?」
はしゃいで、笑って、ご当地グルメを堪能した代表格である有元花散里と新庄めぐみは、そんな二人を見て互いに肩を竦めた。
振り分けられた部屋に荷物を置き、ようやく腰を落ち着かせてくつろぎの時間が出来た後。
夕飯時間まで大学生組はミーティングがあるというので高校生組は完全に手持ち無沙汰になった。
中村さんが言うには、
「伊豆の温泉宿は総じてお高いけど、至れり尽くせりのサービスと豪華な食事を求めない限り、ここの民宿は穴場だわ。聞くところでは有名な女優も泊ったことがあるとか。露天風呂もあるし、みんなで行ってきたら?」
その言葉に乗っかる形で高校生組女子たちは、別棟にあるお風呂へと連れ立って歩いていた。それぞれが民宿の用意した浴衣で、着替えの袋を提げている。
「三島スカイウォーク、楽しかったねぇ」
先頭を歩く新庄めぐみは、にこやかに振り向いた。受けて有元花散里も、
「みしまコロッケ、中身がジャガイモだけだったけど、ホクホクで美味しかったよね」
「ご当地グルメのお店も色々出てて目移りしたっスよ。あたしはそらソフトが一番だったッス」
さらに、尾崎が何もない宙を見て、うっとりと至福な味を思い出していた。
「……二人とも何かしら食べてばっかりだったよね」
新庄の詰問に有元はジト目で返す。
「めぐみんだって、一緒に焼きみかん食べたじゃん」
「あんたたちほど食べ歩いてないわよッ。それにめぐみん言うなァ!」
そんなやり取りを聞きながら「クックック」と山科会長が忍び笑いをする。
「さすがは日本一長い吊り橋だったわね。絶景だったわ」
「夕日に浮かぶ富士山は綺麗どしたな。残念だったんは『ロングジップスライド』が出来ひんかったことや。せっかく同時に三人まで滑れるゆうんで、平良君と抱きおうて思い出作りしたかったわぁ」
サラサラと豊かな黒髪を肩から流しながら、高階結衣は優雅に笑った。
ちなみに『ロングジップスライド』とは、約70メートル眼下に広がる景色と世界遺産である富士山を眺めながら吊り橋と並んで、往復560メートルを空中滑走するアクティビティである。
男性でも、その決断になかなかの勇気がいるというのに、学校一の美少女は未練がましく言う。
「相変わらずザンネンねぇ」
その発言に女子たちは可笑しみを込めて笑う。
「ウチ、本気やでぇ」
笑いながらザンネンな彼女は大きな瞳を眇めて、無言のまま連れ立つ小柄な少女を見る。
(……まだ、引き摺ってはるんや。ゴメンの一言で済むんやろに)
やがて、彼女たちは浴室入口と書かれたガラス扉を潜り、階段を上った。階段上に飾られていた鹿のはく製に尾崎が驚き、有元が笑う。その横で四字熟語が、そのはく製を指先で軽く突きながら、まじまじと見つめていた。
相変わらず騒いで笑って廊下を渡り、山科会長が嘆息交じりに女湯の引き戸を開いた。
「わぁー、すっごぉぉい!」
「へぇ、小ざっぱりとして広い内風呂ね」
湯気の中でも彼女たちの笑いと会話は途切れない。窓越しに見える梅は時期が合えばきっと見栄え良く咲き誇っているのだろう。外の景色は灯に照らせれ、靄が浴室を幻影的に隠した。
「ここ見るッス。かけ流しに源泉が混じってるッスよ」
尾崎は、つま先でちょんちょんと跳ねてバスチェアーに座り、真っ先にシャワーのノブを取ってスレンダーな身体を流し始める。
他の女子たちも準備を終え、次々と内湯扉を抜けてゆく中、灼はツインテールを解き、ひとまとめに上げて、遠慮深く最後尾に連なって浴室に入った。
凹凸の少ない小柄な身体を庇うように灼は浴室を見渡す。一部がガラス面になっていて開放感を感じる空間と変形四角形の湯舟。側面にはズラズラと横に並んでシャワーを浴びる形式になっている。現に今、少女たちの声が軽い水音の中、湿った反響に包まれて賑わっていた。
「めぐみん先輩、身体が引き締まってて、羨ましいッス」
「そういうオザキこそ、プロポーション抜群じゃん」
上気した細やかな肌を温水が流れ、彼女たちのボディラインを煽情的に見せる。四字熟語が能面を僅かに歪め、
「仙姿玉質。羨ましい……」
恥じらい縮こまる仕草で不平を鳴らした。その声を聞きつつ、山科会長がわざとらしい劣等感を乗せて言う。
「カレシにプロポーズされてる幸せ者なんだから、むしろこっちが羨ましいわ。あんた以外、ここのいるのはカレシいない歴イコール年齢なんだから」
「……あたし、この間、男子テニス部の先輩に告白られた」
お湯を流し、ボディーソープを染み渡らせるようにスポンジで身体を擦る中、おもむろに新庄が呟いた。その声に有元が素早く反応する。
「え……え、ええェェェ! めぐみん告白られたのッ? で、オッケーしたのッ!?」
シャワーの落ちて弾ける響きの中、有元の声がさらに大きく響いた。新庄は面倒くさそうに、
「断ったわ」
の一言。しかしこの手の話は、簡単に少女たちの関心を終わらせることはない。尾崎や山科会長までもが身を乗り出した。
「な、なんで断ったのッ? 嫌いな奴だったとか、キモいとか? イケメンじゃなかったとか?」
有元の疑問に、「うーん」と小首を傾げ、
「嫌いとかいう以前に、話をしたことなかったし。顔は可もなく不可でもなく十人並みだったかな。あと、悪いうわさも聞かなかったので悪い人でもなかったんじゃないかな?
でも、まあ……『一目見てから好きでした』って言われても、知らない人とは仲良くなりたくないんで断ったわ」
「そこは、『友達からなら……』みたいなこと言って、キープしとくもんでしょッ」
呆れ果てた態度の有元に対し、新庄はムッとした顔を見せた。
「キープとか、そんなのフェアじゃないわ。そういう花散里こそ好きな人はいないの?」
「いたら、クリスマスの伊豆研修旅行に参加してないわ」
へらりと笑う有元は、何の疑いもなく、
「山科センパイは、好きな人いないの? まあ、生徒会の先輩男子は対象外だろうし、例えば並木さんや市川さんのような、かつての卒業生とか?」
突如、水を向けられた山科会長は、一瞬ほど戸惑いと驚きを露わにした。横で話を聞いていた結衣さんは白々しく視線を外し、一番端で泡だらけの髪をワシワシと掻き混ぜていた灼の小さな肩がビクッと跳ねる。
山科会長は瑠璃色の瞳を細めて、ちらりと灼に視線を移した後、
「……いるわ。一年の時に出逢って、ずっと片思いよ」
妙に落ち着いた面持ちで「クックック」と笑う。
「そっか。それで山科会長、山中城址にいた時、妙に落ち着きがなかったのね」
新庄はしたり顔で何度も頷き、尾崎も緩んた顔で会長に寄り添う。
「でも、大学生組と一緒にいた山科会長はとっても楽しそうで活き活きしてたッス。どっちが本命なんスか?」
好奇心いっぱいで瞳を輝かす尾崎をしり目に、山科会長は身体に泡がそこそこ残っているまま立ち上がり、灼の傍で歩みを止める。
その気配を感じてか、灼は怪訝な顔を上げた。
「双月さん。あなた、何時までそうやって落ち込んでるつもりなのかしら」
確認するような、落ち着いた声。しかし、突つけば何かが爆発しそうな平静な声。
瑠璃色の何処までも吸い込まれそうな瞳を灼に向けて、直立のまま見下ろしていた。
●尾崎のうんちく
灼ちゃん、どうも調子よくないね。平良君と何かあったのかな?
次回はちょっとだけ『歴』が入るようですよ。
楽しみにお待ち下さいませ。




