第百二話:『葛藤』の末に
皆様、大変ご無沙汰しております。
短い話ですが、とにかく皆様にお届けすることが出来て大変嬉しいです。
※※ 102 ※※
そこかしらに残る土塁と広がる芝生が、寒々しくもあるが冬の長閑な光景を見せていた。
そんな穏やかな陽光の下、
「谷……。あれ、ほっといていいの?」
ちらちらと時おり突き刺さる灼の視線を半ば気にしながら、有元花散里が俺の耳元で囁く。俺たちは二人三脚の競技のように密着して肩を組み、一歩一歩の歩幅を気にしながら、すり鉢曲輪の中を直進していた。
「……」
なんらかの答えを求められているらしい、それだけは感じられた。しかしそれは灼の気配に対してなのか、俺の行動に対してなのか、戸惑いを含めた俺の妙な間を再び有元が破る。
「あのさ……。『部室整理令』で裏庭の築山で測量やった時から思ってたんだけど」
「……」
「あんたと双月、付き合ってるんだよね?」
有元が隔意も悪意も持たずに続けた。
「お……お、俺は別に灼とは、ただの幼馴染みだし……」
俺は思わず言葉を濁した。いつも自分の傍らに立つ小柄な少女を思う。
勝気で前向きで、そして常に真摯。その愚直なまでの態度が他人を寄せ付けないでいた。灼を避け、嫌悪すら覚えた人もいた。真正面から灼と語り合おうとする人は誰もいなかった。
しかし、今は違う。灼には多くの仲間が出来た。俺はそれが純粋に嬉しい。俺は少し小高い西曲輪を見た。灼が細い腰に両手を添えて屹立している。
「平良ぁー! あんた、歩幅が乱れてるわよッ。しっかり花散里先輩と歩調を合わせなさいッ」
遠くから良く通る灼の声に俺は手を振る。有元は小さく確認するように言う。
「女の子はね。好きでもない人に、色々世話を焼くほど暇ではないのよ。谷はもっと自覚するべきだわ」
「……気にするようにするよ」
素早く言って取り繕い、再び俺たちは歩き出した。
枯れた芝生の上を歩く有元花散里と俺を、灼は苛立つ表情を裏に隠しつつ、西曲輪から見下ろしていた。
(何よ、平良のバカ。あたしと一緒に考古研修……楽しみにしてたのに)
遠回しに拒まれてるのかも――そう思うと、灼は怒りとも困惑とも取れないくらい心が乱れた。以前は歴史に対し喜びも驚きも一緒に笑い合えば、それだけで心が満たされていたはずなのに。
最近、平良に近づく女の子たちが特に重く胸の中に湧き上がる。
(でも……)
山科会長の進路については自分も迂闊だった、と勝気な少女は反省する。確かに平良の言う通りだった。嫌な気分だったけどそうするしかなかった。
「あたしってダメな子なのかな」
思いの袋小路で足搔くように、灼は溜息と共に首を振る。ふと横からの視線を感じた。感じて無視する灼の眼前に、不意に無表情な顔が現れる。
「心不在焉。あなたらしくない」
「あたしらしくないって……どういう意味よ?」
怪訝な表情どおりの声で言った。今度は鉄面皮の奥に苦笑と嘲笑を混ぜて、四字熟語はすり鉢曲輪に視線を移す。その先には黙々と俺と有元が二人三脚で歩いていた。
「あっちへ行きたいのなら行けばいい。遅疑逡巡は、らしくない」
どう隠しても、どう繕ってみせても、透けて見えてしまう答え。しかし、考えるまでもない事実かもしれないが、考えなしの衝動は灼の矜持が許せなかった。
(……嫌なやつ)
答えは決まっている。平良の隣にいたい気持ちは揺るがない。なのに、どういうわけか目の前の四字熟語に自分の明確の答えを言えないでいる。
「平良が決めたことよ。あたしが言えることではないわ。それより……」
別に揚げ足を取って話を続けるつもりはないが、反応として、思わず侮辱の言葉で返す。
「婚約を決めたあんたは、らしくなく随分としゃべるようになったわね。幸せの余裕ってやつかしら」
我ながら酷い言いざま――灼は言い終えてから、少し恐れて、その場から一人踵を返した。
測量班である俺たちはすり鉢曲輪を歩測し、アナログではあるが高いところから低いところへと歩き、方眼紙に等高線を引く。ただしあくまで歩測であるので『ヘケバ』と呼ばれる高い位置が太く低い位置に行くほど細くなる楔のような線をいくつも引いて高低を表していてゆく。そうすると、ケバ図法による曲輪の縄張りが視覚的に把握できると言うわけだ。
文献ばかり漁っている俺にとって非常に新鮮な経験であり、思わずのめり込でいる間、発掘班は西曲輪から下って三の丸堀まで移動し、茂木センセがトレンチ調査方法を説明していたのだった。
ちなみにトレンチ調査とは、考古学上、遺跡の有無を確認するために試掘する方法である。灼がおおいに関心を示し、俺にも薦めていた内容だ。
俺たち測量班が三の丸堀に到着した時は、すでにトレンチ調査方法の説明は始まっていたが、灼の顔はあからさまに不機嫌だった。
「おい、灼」
「なによ」
灼は顔を上げず俺に視線を向けず、メモを取りながらぶっきらぼうに言う。
「測量もなかなか楽しかったぞ。次回はおまえと一緒に測量したいな」
灼は、今日のイベントに平良の反応を期待していた。文献オタクな彼が考古に驚き、思考し、自分にちょっと鋭いことを言うことを。
しかし、その期待に裏切られ、ぽっかり空いた穴に怒りがなだれ込むのを感じた。
「へえー、あんたは考古より測量に楽しさを感じたのね」
俺を睨みつける少女の硬く強い声に、
「まあ、楽しくはあったが……、どうした?」
灼は求めていた期待と怒りに戸惑い、自分が本当になにがしたかったのか分からなくなった。
どうしたくて、全てが分からなくなって。
「この旅行の間、あんたとは違うグループで研修するべきだわ」
言って、灼は自分に驚愕した。自分の言ったことの事実が、本音なのか、なぜこんな言葉を口に付いたのか、狼狽えて灼の表情は凍り付いていた。
俺は、突然の出来事に声が出せない。
「……」
「……」
やがて二人がどちらからともなく視線を外した時、
「おーい、そこの二人、ちゃんと聴いてるかァ」
茂木センセの罪のない叱責が響いた。
● 灼のうんちく
まだまだ『めろ』が続くのかしらね。。。。
でも仕方ないって思ってくれてるよね? あたしの気持ち、読んでる皆様にはわかってくれるよね?
次回も『めろ』となります。




