第百一話:想い想われて
皆様、大変ご無沙汰しております。
久しく更新してなく放置された状態で、誠に申し訳なく思います。重ねてお詫び申し上げます。
少しだけ言い訳をさせて頂くなら、完全にリアルの私事で、昨年の三月ごろから生活環境ががらりと変わり、中々時間が取れなくなっていました。今年からは何とか執筆時間が取れそうですので、今後ともお見捨てなくお付き合いくだされば幸甚です。
これからも『歴めろ。』ともども宜しくお願い申し上げます。
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箱根の山々を主峰とする山道を抜け、国道1号線を三島方面に向かって下ってゆく。やがて全体的になだらかな丘陵が見えた。山中城址公園である。箱根峠で小休止はしたものの、この旅行で最初の目的地だ。
俺たちを乗せたバスは国道1号線から左折して更に下り坂を進む。その途中に『山中城跡』と書かれた看板が目に入った。
「着いたわね」
喜ぶ灼に、俺は笑みのまま答える。
「ああ。意外とすぐだったな」
バスは駐車場へと辿り着いた。
『山中城跡』の全景は箱根山の西麓を切り開いた土塁と堀で構成される典型的な山城である。
そこは旧箱根街道を挟むように、岱崎出丸と呼ばれる別名・岱崎城と、本丸を含め重要な拠点を占める山中城があり、後北条氏にとって甲斐の武田氏、駿河の今川氏との国境であることから関所としての機能も有していた。
昭和48年から行った発掘調査と復元整備の後、昭和56年の一般開放以来、多くの人の憩いの場として、また平成18年に『日本百名城』に選ばれたことから全国の城館愛好家に親しまれているのだ。
そんな綺麗に整備された公園の駐車場に、俺と灼は降り立った。灼は道の向こう側にある案内所兼売店と緩い裾野の脇にある歩道を見回し、
「へえ、けっこう景色がいいじゃん。気に入ったわ」
「そうだな。今日は天気も良いし、西櫓まで登ったら案外富士山が見えるかもな」
灼の言葉を受けて、俺は看板と幟、そして清潔に清掃されているゴミ箱しか置かれていないスッキリした場所を好ましく思いながら言った。
「ん――! いいッスね、富士山ッ」
続いて降り立った尾崎は、気分が変わっていい感じで大きな伸びを見せた。その後ろ、降り立って四字熟語が見るともなしに周囲を見渡し、大きな伸びをしたスレンダーな少女に声をかける。
「風光明媚。駿河湾まで見えるかも」
「それはゼッケーッスねッ! 楽しみッス」
特別、どういうことでもない話で盛り上がる中、嬉しくて楽しくて仕方ないという感情がそのまま歩を弾ませ、軽やかに結衣さんが降り立つ。
「せやッ! 絶景を利用してウチは愛を深めるんやッ」
張り切って叫ぶ、ザンネン系超絶美少女に続いて降りてくる飯塚先輩は味も素っ気なく、
「――と、その前に、この絶景を歩測調査してからだな」
そして、不機嫌なわけでも意地悪でもなく、
「もちろん、歩測調査の実習が長引けば、そんな暇はないかもね」
山科会長が納得の笑みで返した。結衣さんは膨れっ面でそっぽを向き、最後に降りて来た部長は笑って溜息を一つ吐く。傍らにいた茂木センセは困った笑みを漏らし、
「まあ、実習は岱崎出丸の頂上から下りながら実施するし、その後で山中城址を散策する時間くらいはあるさ。まあ、とにかく――各々で荷物を持って、すりばち曲輪まで頑張って登るぞォ」
今度は少し、子供を行楽に連れて来たお父さんのように、楽しく弾んだ声で気勢を上げた。
俺たち一行は駐車場から旧東海道に当たる石敷きの山道を渡り、簡単な木材で設えた緩やかな階段をくの字に上る。
途中の案内図を横目に眺めつつ上り切ると、基本的に山上公園である岱崎出丸には大きな緑地エリアが広がっていた。
荷物の大小あるいは重さによって男子組と女子組に分かれ、緩やかなスロープを描く広大な緑地エリアを女子組が茂木センセと楽しく談笑しながら先行して歩く。
俺はさり気なく山科会長が茂木センセの隣にいることに気が付いた。
しかし、ただ傍にいるだけで話題に参加しているようには見えない。
俺と一緒に三脚の入った長箱を持って登山する市川さんが微妙な違和感に気付き、黒縁メガネのブリッジに中指を添えた。
「そういえば、谷君が山科から生徒会長の信任されたんだって? せっかく南総研修の時、『あいつには近づくな』って助言してやったのに……って、まあ今だから言うけど、山科を信任したのは俺だけどな」
「並木さんにも、あの時『山科会長に目を付けられて御愁傷様』的な事を言われましたよ。確かにファーストアプローチは最悪でしたし、嫌悪も抱きました。
結局なし崩しですが、生徒会に入って役員同士の確執や暗部を知って、無理矢理に手伝わされましたけど、孤軍奮闘してる会長を見て『まあ、いいか』って気持ちになりましたよ」
俺の全く好意が感じられない諦念に似た言葉に、市川さんは口元に薄い笑みを浮かべて澄み渡る箱根の山々に視線を送り、
「……そっか。じゃあ、谷君は色々知ってしまったんだな」
呟くように嘆息して、再び俺を見た。
「山科は人の感情を忖度しない。いや、多分苦手なのだろう。それは俺も分かってたさ。高橋や藤川と対立することもな。
当時、高橋を信任しようと声も大きかったが、あいつが有力運動部と癒着してたのは俺も感づいてた。更に山科を追い出そうとしてたこともな。
高橋は、やがて山科が茂木センセに恋慕してることに気付き、噂を流したんだ」
「……」
不快な表情を浮かべて押し黙る俺から視線を外した市川さんは、先を歩く山科会長に向けて寂しく鼻で笑う。
「ふっ……。とにかく教師と生徒との恋愛感情が噂が立ったという事実に学校側が杞憂した。茂木センセは大事にならない前に非常勤講師を辞めて大学に戻った。だが山科にとってあながち『出鱈目』ではなかったんだなァ……」
俺も視線を前に移す。茂木先生の隣を歩いて、どこか寂し気な山科会長の背中が視界に入った。沸々と怒りが込み上げる。
「高橋の野郎ッ……」
無知な富樫を巻き込んだ遣り口といい、茂木センセを追放した汚い手口といい、憤怒が罵りとなって吐き出した。
眉根を寄せた市川さんは、俺をちらりと横目で見て、すぐに向き直る。
「山科は他人の感情も忖度できないが、自分の感情にも鈍感だ。ぎこちない行動と表現できない気持ちは見ててもどかしいよ。誰よりも愛してるのに、周囲の人間は気付いてるのに、愛されてる本人だけが全く気付いてない」
言葉を詰まらせる俺を、市川さんはそのまま声を出して明るく笑う。
「ははは。山科はなかなか難しい性格をしてるが、気に入った人物を見つけたら執着心が強い。だから谷君と双月さんの話を聞いた時は、ややこしい事に巻き込まれるかもしれないと思って忠告したんだがな。
まさか生徒会――『部室整理令』にまで君が首を突っ込むとは考えなかったよ。しかし――」
ひとしきり笑った市川さんが、
「まあ、せっかくの旅だし……。色々とうまくいけば良いけどな」
俺の耳に届かない様に、空を見上げ破顔した。
ごく短いハイキングコースを登った先、芝生の丘になっている馬場曲輪を抜けると疎らに立つ木の奥に緑地エリアが見える。中心部がすり鉢のように低く、周囲が高く見えるように作られた場所が目的地である『すり鉢曲輪』だ。
日差しは柔らかく、山の中腹にあたるこの公園に冷たい風が吹き降ろしているものの、辺りを見ると親子連れや恋人同士が憩いの場として過ごしていた。
木陰に荷物を下ろし、全員が揃ったところで、
「これから、実習するが――」
茂木センセは声の調子を落とし、教育者としての声を響かせる。その響きに俺は総身が引き締まる思いを感じた。隣にいる灼も真摯な表情を見せる。
「今回の研修のテーマは『発掘』と『調査』だ。みんなには、その場所で生きてた人間が何を目的として生産し、或いは社会生活を構築してきたのかを考えてもらいたい。
先ず、それを知るための『発掘』は、しっかりとした『調査』にあるということだ」
と、今度は声に笑いの声を乗せて、
「まあ、掘っても金銀財宝が出るわけでもなく……、当時のゴミを漁って貝殻や胡桃などの食べかす、トイレの土中に含まれる糞石や寄生虫の卵、または植物花粉を調べるのも『考古学』の一分野だが。
ようするに、その時代に生きた人間の行為を感じてもらえれば嬉しいかな」
弛んだ顔をそのまま並木さんに向けた。向けられた本人は嘆息をついでのように、言葉を継ぐ。
「これから考古研修する『発掘』チームと、実測調査する『調査』チームに一旦分けるけど、事前に決めてた班分けで――」
「急ですいません。俺、山科会長と代わって実測の方に移りたいんですが、いいですか?」
遠慮がちに手を挙げる俺を、灼はほとんど睨み返し、
「あんた、突然どうしたのよッ! 考古研修を一緒にって前から決めてたじゃない」
断固とした言葉で俺の意思を確かめる。俺はその刺々しさに僅かに怯みながら、弱々しく答えた。
「いや……そうなんだが、大学生の先輩方を見てると、これから大学生になるセンパイたちの事を考えてさ。部長と四字熟語は神道関係の学部で、結衣さんは観光まちづくりの学部だろ? 歴史学が必要なので『発掘』チームは当然として、山科会長は文学部で史学科だ。
『調査』チームで実測調査より、『発掘』チームで茂木センセの研修を受けた方がいいと思ったんだ」
飯塚さんが思い出したかのように山科会長を見て、俺に振り返る。
「確かに。俺は法学部だからどっちでも良いけど、山科は谷の言う通りだな」
ようやく山科会長自身も俺の言う意味を理解し、こくんと軽く頷く。逆に灼はどこか拗ねたような鼻息でそっぽを向いた。そういう理屈や配慮が説得力を持っていることは重々承知の上なのだが、それ以外のところで胸の奥に抱く感情、
(やだな)
そう思わざるを得なかった。せめてもの抵抗と期待を込めて、視線だけで灼は俺を見る。
「すまんな、灼」
結局、感情では理屈の正しさを覆せない。灼は渋々、同意するしかなかった。
●灼のうんちく
本当にお久しぶりです。皆様はお変わりありませんでしたか?
しかし、平良の奴、何を考えてるのかしらッ! あたしと一緒にいたくないのかしらねッ。
平良の事はほっといて、『あたし』だけを応援してくれると嬉しいわ。
次回も『歴』というよりは『めろ。』よりかな。お楽しみ下さい。。。。