微光
それは、俺たちにとっての微かな光だった。
ずっと見えないトンネルの中にいるような世界で、やっと見えた光。
そうだと信じていた。
「……見える?」
妻が声をかけてくれる。
交通事故で視力を失った俺にとっては、妻がこの世界の全てだ。
妻が見たものが、そのまま俺が見たものにつながる。
妻が教えてくれることが、この世界の全てと言っても過言ではなかった。
「まだ……」
手野病院でいまだ実験的という治験を受けている。
ただ、結果はいまいちのようだ。
しばらくして、最後の治験を受けることになった。
これ以上は、体の方が持たないという判断からだった。
「視神経の接続を確認します。ただ、以前の検査で左目の神経が途絶していることは判明しています」
医者から説明を受ける。
「この手術では、破裂した眼球の代わりに装置を接続し、右目の視力復活を目的としています。見えるだけであって、それ以上どうなるかは分かりません。また、左目は視神経途絶の都合上、この手術では視力回復は極めて困難と言わざるを得ません」
その他にも、どんな危険性があるか、完全に失明する可能性や、視神経の復元の困難さ、さらには治験同意書の署名をしたうえで、俺は手術を受けた。
手術から1か月後。
いよいよ確認の日がやって来た。
眼鏡のように装置を目にかけている。
その重さははっきりと伝わっていた。
「では、電源を入れます」
少しだけ熱を持つ。
そのとたん、目が痛くなった。
「うぅぐ……」
「大丈夫?」
妻が心配で声をかけてくる。
「ああ、ありがとう……」
顔が見えた。
何と言ってこの感覚を現せればいいのかわからない。
ただ、はっきりと言えるのが1つだけあった。
「……見える」
「え?」
「見える、君の顔が、全部見える」
思わず立ち上がりそうだ。
ベッドに腰掛けていて、点滴もしていないから、本当に立ち上がることはできただろう。
でも、俺はそれをしなかった。
まずは、目の前の妻の顔に手をやる。
「見える……」
それがどんなにすばらしい事か。
俺は、やっとわかった。