3.ハンバーガーガールあらため
朝、仕事に行く前。
コンビニで飲み物(コンビニで淹れられるホットコーヒー)を買いながら財布を開いて千円札が記憶から2枚ほど少ないことに小さくショックを受けつつ会計を済ませて出社。
「おはようございます」
職場に入り朝の挨拶から。
今日も楽しいお仕事の始まりです。
「え、先輩仕事楽しいんですか?」
本日のお昼は近場の居酒屋っぽいところで頼んだ日替わり魚定食を食べつつ、後輩からそんなことを聞かれた。
「楽しいわけないだろ」
即答。
楽しいわけがない。
「いやだってさっき仕事は楽しみながらやったほうがいいって言ったじゃないですか」
「あぁ」
「言ってるじゃないですかっ!」
「いや、仕事は楽しくないから、楽しみながらやったほうがいいってことだ」
「・・・・はぁ、よくわからないですが。どっちにしろ仕事を楽しめるってこと自体が稀だと思いますけど」
「そうか・・・?そうかもな、うん、そうか」
そんな会話をしながらお昼を過ごす。代り映えのない一日。
忙しくもないせいでなおさらそう感じる。
「でも小上先輩、もう少し後輩には優しくしたほうがいいんじゃないですかね。今日めっちゃ怒ってたじゃないですか」
「知らん、やらないほうが悪い。これだけ具体的にやること指示して出来てませんとか舐めてるとしか思えないわ」
「だからダメなんですよ。そんなんだから直属の部下がどんどんいなくなるんじゃないですか」
「たまたまだろ」
そういうと後輩は何も返してこなかった。呆れているのかもしれない。
まあ自分でも色々思うところはあるが、妥協できるところとできないところがあるんだよ。わかるだろ?
「そういえば今日はお昼少な目ですね。いつもは色々オプション頼むのに」
「昨日のマイナスの帳尻合わせてるだけだよ」
「何かあったんですか?無駄遣いでもしたんですか」
「あぁ、ちょっと道路に1,500円落とした」
「はぁそりゃまたずいぶん中途半端な金額ですね」
「わざとだからな」
「相変わらず先輩のそういうところは意味わからないです」
だろうな、と口にはせず心の中で返す。
「でもどうせあれでしょ?駅前とかの募金で余ってる小銭全部入れたとかそういうのでしょ?」
「はっ・・・」
苦笑い。
ついこの前社内に回ってきた何々募金。財布にあった小銭全部入れたら後でそれを知った同僚と後輩が驚いていた。
別にそんな大したことでもないだろうに。
「大したことないって思ってそうなところがちょっとずれてますよねー」
苦笑いが空笑いになる。
まあ別にいいじゃん、俺の勝手だし。
「先輩のそういうところは、なんていうか・・・」
「なんだよ」
そう聞くと後輩はちょっと考えた素振りをして、
「いや、やっぱり何でもないです。美点ですよ美点」
とってつけたようにそう言った。
「絶対そう思ってないだろうが」
そう言って食後のお茶を飲む。
魚料理後のお茶は冬が近い季節も相まって美味しく飲むことができた。
「お先に失礼します」
今日もお仕事終わりです。
家に帰りましょう、と。
会社を出て帰路につく。
今日は18時。定時が17時30分だから暇だということがよくわかる。
まあやることはやってるから大丈夫ですよ、と。
誰に言うことなくそんなことを呟きながら歩く。
電車にのって自宅最寄りの駅に降り立つ。
(うーん、自然とそっち向いちゃうよな)
視線は昨日のハンバーガー屋、ではなくもちろんベンチのほう。
今日は仲のよさそうな女子が2人、並んで談笑していた。
(寒くないのかね)
視線を逸らす。
まあ、なんだ。
ちょっとばかりあれじゃないかね、下心みたいなのが見え見えじゃないですかね、俺。
いたらどうしたというんだ。
いなかったからって残念って思うのは少し安直過ぎないか。
自嘲する。口元は情けない感じに折れ曲がってるだろう。
(はいはい、そうですね。残念でしたよっと」
心の中で自分に言う。
なんていうか、恥ずかしいよなぁ。
何年経っても自分で自分をコントロールなんてできない。
年齢を重ねるうちにわかったことは自分をコントロールすることなんて一向に上達の兆しがなく、自分の本性を何度も見てその事実に慣れるということだけだった。
表面上は大丈夫だが、内心自分で自分のことを分かって気づかない振りができないから辛い。
もうちょっとなー、頑張れないですかね。
だっはっはと豪快に笑う、もちろん心の中で。
あぁ本日も特に何もない一日で過ぎていきます。
そのままマンションに着いた。
ちなみに住んでいるマンションは6階建てで、俺の部屋は最上階に位置している。
そんなわけだから夏とかは虫とかにも悩まされることは少なく、結構快適な生活を過ごせている。
お値段も都心から少し離れているとはいえそこそこの金額だからうるさい住人はいないように思える。
帰宅してPCの電源とテレビの電源をつけ、自堕落モードに突入。
寒かったので床暖房をつけると一気に訪れる夢見心地。少し横に、と思った瞬間には意識は遠のいていた。
目を覚ます。
肌寒さを感じたからだ。
「寝てたか・・・」
手元にあったスマートフォンを手繰り寄せ時刻を確認。
深夜2時。そりゃ寒いわけだ。
空気入れ替えしようと少し窓を開けてたからそこから空気が入っていた。
季節の変わり目独特の空気。
日中は温かいぐらいなのに深夜になるといきなり冬を思い立たせる。
しかも6階だしな。
起き上がる。朝に風呂に入ろうと思いこのまま寝ようと決める。
開けたままだった窓を閉めて振り返る。
「・・・っ!」
口から心臓が出るかと思った。いや、比喩でもなんでもなく。
声を上げなかったのは我慢できたからじゃない。あまりの驚きに体が動きを止めてしまった。
そのまま硬直した、というか、すみませんあまりにびっくりしすぎて動けません。
目の前に誰かいる。
ここでもし相手が強盗とかならもっとこっちもすぐ動けるだろうに。
いや、無理だわ。
こんな想定外の状況で誰かいるとか無理っしょ。動けませんよ。
それが例え、
「突然の訪問、ご容赦ください」
土下座したままの少女だとしても。
「またこのような夜更け、重ねてお詫び申し上げます」
そこまで聞いて、いや我を取り戻してというべきか。
「あ、君。ハンバーガーガールか」
お腹ぺこぺこの美少女であったことを思い出した。
いや、だとしてもどうなんだ。
むしろなんでこんなところにいるんだ。
「・・・っ!はい、確かにあの場所にいましたがハンバーガーガールはあんまりでは・・・」
「いやだってめっちゃ見てたし、おなかすいてそうだったし」
「はぃぃ、そうですがぁぁぁ・・・」
彼女が顔を上げた。凄いしょんぼりした顔をしていた。
間違いない。あのときの少女だ。
だけどやっぱりあの気にしてたんですね。すみません。
「古来より捨て猫に餌をあげたら最後まで面倒を見るべし、とあるように」
「ねーよ、どこの言葉だよ」
「私のお母さんの言葉です」
「・・・あ、はい」
その八の字によっていた眉毛を今度はしっかり引き寄せ、
「貴方の血を頂きたいです」
そんなこんなで。
寄り道、回り道をしてしまったハンバーガーは。
巡り巡って大きなイレギュラーを生んでしまったわけで。
水曜2時の、頭のどこかで明日の仕事のことがぐるぐると回っているのだった。