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ハルを愛する人  作者: NES
3/7

ハルを愛する人 (3)

 ヒナの家からヒナとハルが通う高校までは、歩いて二十分といったところだ。近過ぎず遠過ぎない距離が丁度良い。満員電車で通学とか、考えただけでぞっとする。よく皆そんな生活が出来るものだ。

 この学校を選んだ理由は、当然ハルが行くから、でもあるが、実際の所は学力と相談した結果でもある。ハルのために頑張って勉強した、とか、ハルに合わせてレベルを落とした、なんて話は一切ない。仕込み無しで、お互い学力的にはちょっとヤバいくらい。いやぁ、この辺は似たり寄ったりで正直助かった。

 ハルの家は学校とはちょっと違う方向にある。なので、家の前で待つとかそういうことは出来ない。やろうと思えば出来るけど、今現在そこまで踏み込んで良いものかどうかは悩みどころだ。だって、昨日お付き合いを始めたところなんですよ?幼馴染と一口に言っても、距離感は人それぞれ、漫画やアニメとは違う。お寝坊な男の子の部屋に侵入して起こしてあげるとか、すっごい楽しそうだけど現実にいたら問題ありまくりだろう。

 五分ほど歩いたところにコンビニがある。ここが、合流点。クロッシングポイント。ハルの通学路と、ヒナの通学路がここで交わって一つになる。

 二人の入学が決まった時から、ヒナは念入りに通学路を調べ上げて、このコンビニの前でハルに会えることを突き止めた。あとは時間。これも、結構な早起きをして雑誌十冊くらい立ち読みして頑張った。ハル、中学の時もそうだったんだけど、意外と朝が早い。

 世間一般ではこうした行為はストーカーに分類されるらしい。が、ヒナにとっては知ったことではない。こういうのは涙ぐましい努力というのであって、断じて変態行為などではない。いいの、ハルに迷惑はかけてないから。

 コンビニというのは非常に便利だ。ハルが通るのを見落としたりしない限りは、時間調整も効くし、トイレだって借りられる。ちょっとした忘れ物に気が付いても、ここである程度のリカバリーが可能。うん、実にコンビニエンス。

 浮かれ気味なテンションを少し落ち着けるつもりで、ヒナはいつもよりも早くコンビニまでやって来た。今日はどんな顔をしてハルに会おう。昨日はあの後、ハルとは少しだけメッセージのやり取りをした。告白についてはお互いに軽く流して、後はなんだか他愛もない内容。でもそれが楽しい。いつもと同じなのに、いつもと違って感じる。この感覚が、とても心地好い。

 駐車場に入ったところで、ヒナはコンビニの外に立っているハルの姿を見つけた。

 え?ちょっと待って。早い、早いよ。あれ?家の時計遅れてた?

「ハル、おはよう」

 少し早足になってしまった。だってこれは予想外。いつもはヒナがここでハルが通るのを見て、追いかけて「おはよう」って声をかけるのが日課なのに。ハルがヒナのことを待っているなんて、そんなのズルい。不意打ちだ。

「おう、おはよう」

 ハルが挨拶を返してきて、ふいっと目を逸らす。わあ、思いっきり意識してくれてる。いつもは「ヒナ」って呼んでくれるのに、今日は「おう、おはよう」なんだ。他にも細かいポイント一杯見つけてしまった。なんかハル冷たい、とか思う前にそう考えちゃう辺り、彼女の余裕ってヤツですかね。もう、にやけちゃうじゃん。

「今日早いね」

「ああ、まあな」

 普段はもうちょっとバカっぽいのに、今日は言葉数が少ない。これが彼氏オーラか。まあ、どっちのハルも好きかな。

 ニコニコと笑って、ハルを見つめる。ほら、彼女だよ。ハルの彼女ですよ。

 ハルは彼氏か。まあ、ハルはハルだな。彼氏オーラのせいでいつもよりもなんだろう、大人しいというか、乙女っぽい。ヒナのことを彼女として見ている結果そうなっているのだとすれば、可愛いと言えないことも無い。

 笑顔のヒナに向かって、ハルは何やら言い難そうにしながらも口を開いた。

「いつもヒナを待たせてるみたいだからさ。今日は先に来てみた」

 う、わ。

 バレてましたか。そうですよね。デスヨネー。

 ハルは照れ臭そうにしているが、ヒナの方はそれどころの騒ぎじゃない。バレてもいいかと思ってはいたが、まさかあからさまに気付かれていたとは。もう恥ずかしくてどうしたらいいものやら。

 顔が熱くなってくる。ダメだ、これコントロール出来ないヤツだ。どうしたの、ハル。急に何かに目覚めちゃった?ああそうか、彼氏になったのか。すごいな彼氏パワー。出会って一分も経たずにノックアウトされそう。

「そ、そうなんだ。ありがとう」

 素で噛んでしまった。本気で恥ずかしい。ハルもなんか顔赤らめてるし。ヤメテー。こんなんで一日ももたないから。

 とりあえず学校には行かないと。学生の本分です。高校だから義務ではなくなったけど、ヒナもハルも自分の意思で進学したんだから、そこはしっかりしておくこと。

 いつもみたいに並んで歩く。今ぐらいの時間なら、あまり同じ学校の生徒とは一緒にならない。それがあるから、ヒナも安心してハルの隣にいられる。一応そういう他人の目も気にはかけている。昔、無駄に噂されて嫌な思いをして学習した。ホントにモテないクズの僻みほど鬱陶しいものはない。

 あれ?でもハルが朝早いのって?

 いやいや、それはいくらなんでも考え過ぎ、調子良すぎだろう。幸せに侵され過ぎて脳がピンクに染まってるんじゃないですかね。ああ、でも興味はあるな。

「ハル、いつも朝早いよね」

 流れ的にこれは聞けるだろう。変化球よりも直球で。

「昔、朝走ってたからな。その習慣が抜けないんだ」

 そうでしたね。

 部活やってた当時は、早朝ジョギングしてたもんね。中学時代は、ジョギングして、そのまま登校だったもんね。部活引退して半年くらい。言われてから思い出すなんて、なんだかもう随分昔の話みたいだ。

「ヒナだって早いじゃないか」

「あはは、まあ、ね」

 曖昧に笑うしかない。ヒナの話は放っておいてほしかった。中学の時もそうなのだが、ストーカー案件スレスレだ。

 それに、知ってて聞いてるでしょ。さっき「待たせてる」って思いっきり言ってた。ああそうか、彼氏になったからその辺ずばずば切り込んでくるようになったのか。ハルめ、狡猾だな。

 負けないぞ。

「ハルと一緒に登校したいから、毎朝頑張ってる」

 散々恥ずかしい思いさせられたから、全力で切り返してやる。くらえ、彼女パワー全開。

 ハルの顔が赤くなった。「お、おう」とか小さな声で返事して、そのまま黙り込む。よし、直撃だ。

 でも両刃の剣だ。言ったヒナの方もダメージが大きい。うん、嘘じゃない。嘘じゃないんだけどさ。

 なんでこんなこと言っちゃうかな自分、これ恥ずかしすぎるよ。「毎朝頑張ってる」とか、どんだけ好き好きアピールだよ、重すぎるだろ。

 そうですよ、一緒にいる時間をちょっとでも増やしたいから、待ち伏せみたいなことしてるんですよ。頑張って早起きしているんですよ。始終べったりしてると変な噂が立ってハルに迷惑かけそうだし、しつこくて重い女だとも思われたくないからそこは我慢してるんですよ。それでもハルのことが好きなんです。そういうメンドクサイ娘なんです。

 ぐぬぬってなって、ヒナはちらりとハルの様子を伺った。ハルは何も言わないが。

 嬉しそうに笑っていた。

 もう、ホントにズルい。

 そんな顔されたら、こっちまで嬉しくなっちゃう。恋は好きになった方の負けだなんて言うけれど、全くその通りだ。ヒナに勝ち目なんてない。勝てるはずがない。

 でも、いいな、こういうの。

「なんだか照れ臭いね」

 正直な気持ちが言葉になって、笑顔と一緒にこぼれ出す。

 好きっていう気持ちが通じるのは、とても嬉しい。楽しい。

 今までだって、別に嫌な関係じゃなかった。でも、もう一歩踏み込んだ関係って感じがする。彼氏彼女、いいじゃない。

 高校生活バラ色なんじゃないかなぁ、とヒナはまた心が数センチ浮き上がってくる気がしてきた。


 教室の座席がハルと隣同士、なんて都合の良いことは流石に無い。あったら逆に怖すぎる。

 そんな事態になったら、多分ナシュトを呼び出して締め上げてるだろう。お前何か余計なことしたんじゃないだろうな、と。クラスが同じってだけで十分に作為を疑った。ハルとの関係については、余計な手出し無用と厳しく言い聞かせてある。これはお互いのための重要な盟約だ。

 最初に名前順で席が決められた時は隣同士だったけど、一週間経たずに席替えでアッサリ泣き別れ。これが現実。実に無慈悲。無慈悲なチャーハン。なんでチャーハン?

 朝のホームルームの前に、ハルは男子のグループ、ヒナは女子のグループで会話に花を咲かせている。入学して一ヶ月半、そろそろ友達グループの形成も完了だ。良好な高校生活を営むためにも、ここでの失敗は避けておかなければならない。

「ねえねえ、ヒナちゃん、昨日、どうなったの?」

 早速きた。まあ、そうだよね、気になるよね。ハルが普通に教室で声かけて呼び出してくれちゃったもんね。

 さて、どうしたものか。曖昧に応えても、逆に後々面倒になることもある。人間関係は難しい。特に女子は。

 でも折角だし、今日はお姫様タイムを堪能させてもらっても良いかなぁ、なんて考えてしまう。恋バナは皆の大好物です。うまくいく話の賞味期限は短く、うまくいかない話の賞味期限は長い。じゃあ鮮度の高いうちにご提供しましょう。

 まあ、幼馴染だし、そんなに驚きのあるハナシでもないよ、って感じ。付き合い長いから、高校に入って、ちょっとお互いの関係を見直してみようかな、って流れで。よし、それだ。

 軽くどよめきが起きた。いや、そこまでの話じゃないでしょ。本気でハルのことを語り出したら、休み時間なんて軽く終わるくらい語れますよ?幼馴染がなんとなくくっつく、くらいのイメージで、こんなに食いつかれても困ってしまう。

「りょ、両想いなんだよね」

 改めて人から言われると、それすっごい恥ずかしい。まあそうです。はい。

 ふわふわのロングヘアーに大きい眼、ぬいぐるみみたいに可愛いチサトは、自分で言って顔を真っ赤にしている。この女子グループの中ではマスコット的存在だ。まあ、これ半分はキャラ作ってるよね。でも半分はガチでこんなんだから可愛い。許す。

「朝倉って、ちょっと良いよね」

 なんと。そういう評価が出てくるとは思わなかった。ハルってそこまでモテそうには見えないけど。

 ショートカットで背が高くて、猫みたいな目が印象的なサキは、女子だけどグループの王子様。男子グループのハルの方を見ている。同じスポーツマンとして何か感じるところがあるのかな。ああ、でもハルは今は隠居の身だったか。

 ハルが他人に認められるのは、結構嬉しい。そうか、ちょっと良いのか。譲る気は無いけど、もっと褒めてくれてもいいのよ?

「おめでとう、ヒナ」

 ありがとう。うん、こうやってストレートに祝福してもらえるのがやっぱり一番嬉しいかな。

 眼鏡が光る黒髪ロングのサユリは、このグループのリーダーだ。私服だと女子大生に間違われて、法事でフォーマル着たらOLに間違われる素敵っぷりは半端じゃない。ヒナも最初、教育実習生かOGかと思ったくらいだ。

 入学式の後教室に入ってすぐ、サユリを中心にこの四人はなんとなく固まった。みんな女子特有の腹の探り合いみたいな関係性が好きじゃない、という共通項があった。大人な雰囲気でズバズバ言ってくるサユリ、明け透けで裏表のないサキ、ぶりっこ同士の空気に疲れたチサト。なかなか楽しい面子だ。

 ヒナも駆け引きとか騙し合いとかは苦手だし、実際中学時代にもうお腹一杯になるまで味わう羽目にあってきた。だから、肩ひじ張らないで済むこのグループはとても有難い。それに、ヒナは何故かサユリにとても気に入られているみたいだった。

「えーと、そんなこんなで、ハルと付き合うことになったんだけど」

 ここからが本題だ。女子の人間関係というのは実に難しい。メンバーの顔色を伺うようにぐるりと目線を巡らせる。

「大丈夫だよ、ヒナ」

 サユリがニッコリと笑う。ああ、やっぱりサユリは良い人だ。よく判っていらっしゃる。

「そうそう、友達と彼氏は別モノでしょ」

 サキもそう言ってくれた。チサトもこくこくと頷いている。

 彼氏が出来たらサヨウナラ、とか。そういう酷薄な関係も女子の間では無いわけではない。えー、カレシにかまってもらえばいいじゃーん、みたいな。本当に、こういう面倒臭いの誰が考えたんだか。

 そもそもそういうのが嫌だ、というグループなので、こうなるとは予想していたのだが、やはり不安が無いわけではなかった。リーダーのサユリが最初に軽く締めてくれたので、かなりアッサリと済んだ格好だ。こういう所は女のヒナでも惚れそうになる。やっぱり実はOGなんじゃないの?

 トイレだろうが何だろうが団子になって行動するのは、ヒナには見ていて気持ちが悪い。それに比べてサユリのグループは自由度が高い。部活もバラバラだ。サユリが水泳部、サキが陸上部、チサトが吹奏楽部。帰宅部はヒナだけ。帰りに寄り道とかまず無い。プライベートは別なんで、みたいな。あ、でも今度休みの日にカラオケに行こうとは言ってる。楽しみだ。

「よかった。ありがとう、みんな」

 何はともあれ、これで禊は済んだというところか。安心してお姫様タイムに浸っていられる。さあ本日の主役。ハルの彼女様であらせられるぞ。

「幼馴染と言えばさ、サキの方はどうなの?」

 サユリがきらりと眼鏡を光らせる。何それ、聞いてないんだけど。

 ヒナの恋バナ、賞味期限みじかーい!

 まあね、うまくいっちゃった話なんてそんなもんですよね。現在進行形の方が楽しいよね。

 急に矛先が自分の方に向いて、サキはわたわたとしている。普段は王子様みたいにクールに決めてるから、そのギャップが可愛い。うん、ヒナよりもずっといじり甲斐があるよ、悔しいけど。

 こっそりと、ハルの様子を伺ってみる。男子グループの中で、何やらハルを中心に盛り上がっているみたい。たまにヒナの方にちらちらと視線が向けられる。

 ああ、あっちもそんなハナシしてるのかなぁ。気になる。ハルが何を言っているのか、言われているのか。

 無意識に自分の左手を見下ろしてしまう。この距離なら問題なく銀の鍵の力で思考が読める。心の中を読んでしまえる。

 いかんいかん。ヒナはぶんぶんと首を振った。安易にそういうことをしてはいけない。それで中学時代どれだけ酷い目にあったか。大体ハル相手にはこの力は使わないと誓ったはずだ。

 それに、男子の思考なんて読んでもロクな事にはならない。人のことを散々恋愛脳とか言ってバカにしておいて、そういう自分はどんだけピンク脳なんだっつーの。片っ端からエロ思考に占領されていて、中学時代は教室の中で戦慄の日々を送る羽目になった。

 実際には、妄想していることを本気で現実にしようと考えている人などほとんどいない。そのことに気が付くまで、ヒナは世界がどこまでも汚らしいもので満たされていると恐怖していた。が、よくよく考えてみれば、自分だってハルに対して身勝手な妄想を抱くこともある。妄想することを禁止するなんて誰にも出来ないのだし、その自由を奪う権利なんてやはり誰にも無い。

 とはいえ気持ち悪いモノは気持ち悪いので、男子の思考を読もうだなんてなかなか思うことは無い。この前の、顔もほとんど記憶にない先輩の場合は、寝ぼけて気が緩んでついうっかりやってしまっただけだ。それに、ある程度のエロ妄想ならさらっと流せるくらいにはなっている。本当に慣れとは恐ろしい。

 では女子の方がマシなのかと言われれば、こっちはもっと深刻だ。冗談にならない思考がそこかしこに蔓延している。エロ方向に固定されている分、男子の方がシンプルで理解しやすい。

 やはり中学時代に、ヒナは色々あって懲り懲りになった。そもそも人の思考など読むべきではない。便利だと思う時もあるが、常日頃から覗き見するみたいな真似はよろしくない。やるならやるで、最小限にとどめておく。

 サユリが自分のことを見ているのに気が付いて、ヒナは微笑んでみせた。このグループのみんなにも、心を読むようなことはしていない。サユリはなんだかヒナについて思う所があるみたいだけど、それも無理に知るつもりはない。

 自分がやられて嫌なことは人にはしない。シンプルで単純明快なルールだ。少なくとも、自分に敵意の無い相手に対して牙を剥くことはしない。意味の無い火の粉は振り撒かない。

 この力で得をしたことなんて、損をしたことに比べれば本当に微々たるものだ。全然割に合わない。しかもロクに話の通じない神様のおまけつきだ。

 どう足掻いたって世の中がままならないのなら、変に希望を持ってしまいそうになる雑音なんて無い方が良いに決まってる。

 そうだよね、ハル?

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