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死んでる女子と受験生の俺

作者: とり

ただただ死んでる女子がいて、受験中の男子高校生がいるだけの短編です。

意味のない毒にも薬にもならないよくわからない短編です。

受験勉強とか、就活とか、そういうものを楽しめる人が、とてもうらやましいです。

 長い間、俺が住むアパートの隣の部屋には人が住んでいないのだと思っていた。

 でも、実はずっと、空き部屋のはずのその部屋には一人の死んでいる女子が暮らしていたらしい。




 そのことが判明したのは、蝉の鳴く声がうるさい八月の中ごろで。

 高校生最後の夏。三時のおやつの時間。受験勉強に疲れた俺は、リビングでアイスを食べつつ扇風機のゆるゆるとした涼しさにちょっとした幸せを感じていた。

 シャリシャリと音をさせながら、ただただぼーっとして時間を過ごしていると、玄関のほうから扉をノックする音が聞こえてきた。

「はーい」

 どうせ配達のおじさんだろうと思って、よれっとした白いTシャツに中学のときの青い蛍光色のジャージのズボンという気の抜けた格好で扉を開けた。

 そこにいたのは、白いワンピースを着た、おそろしいほど肌の白い女子。

「すいません。ちょっと涼ませてくれませんか」

 息を荒くして、今にも死にそうな雰囲気でそう言うものだから、俺はなんの警戒心をいだくこともなくその女子を家にあげたのだ。


「あぁー。生き返りそう~」

 扇風機のまんまえで座りこむ女子は、さっきまで涼んでいた俺にも負けないくらい腑抜けた表情でゆるゆるとした涼しさを堪能しているようだった。

 だいぶ前に買った扇風機だから、そのファンの動きはのろのろとしたもので、でもそのゆるさが気に入っている俺にはちょうどいいが、暑さにまいっている様子の女子にはきついかもしれない。

 そう思って、エアコンの電源をいれようとリモコンを手にとった。

 エアコンのほうは空気清浄も一緒にしてくれるとかいう最新式のやつだったから、電源をいれてすぐ、人工的な涼しい風が部屋にひろがる。

 人工的な涼しさを感じると、学校の教室や図書室の雰囲気を思い出して、頭が勝手に勉強モードに切り替わる。この女子のことは気になるが、勉強をしなきゃというやる気の炎を消すのがもったいなく思えて、自室から問題集を一冊持ってきてリビングで勉強をすることにした。

「ゆるゆるとした扇風機の涼しさに、エアコンの人工的なスーっとした涼しさがあわさり最強にみえる! ワザマエ!」

 女子は何やら奥ゆかしい不思議な言語で涼しさを賛美しているようだった。

 扇風機に向かってあぁ~と意味なく言ってみたり、宇宙人みたいな声をだして楽しそうにしている。

 見た目では俺とかわらないか、むしろちょっと年上にしか見えない。けど、なんかすごく子どもっぽいなーと思って勉強を一時中断してじっと見つめていると、視線に気づいた少女が慌てた様子で正座をしてこっちに向き直った。

「このたびは突然おじゃましてしまい申し訳ありません!」

「いえいえ、何か事情があったようですし」

 ぺこりと頭をさげる女子を見て、ふと思った。涼ませてほしいと言っていたが、扇風機とかエアコンとかそういうことをする前に、なにか冷たい飲み物でも用意してあげるべきなんじゃないかと。

「すいません、なにか冷たい飲み物も用意したほうがいいですかね」

「いえいえ、おかまいなく。私、飲み物はいただけない体質ですので」

「……?」

「実は私、もう死んでいるんです」

 にっこりと笑顔で、胸に手をあてて女子はそう言った。

 大学進学に向けて勉強中の俺は思った。痛いほど日々現実と向き合い続けている俺は思った。

 あ、これ、痛い人だ。

「あ、いや、ほんとなんですよ?! 別に中二病とかそういうのじゃないですから!」

 思ったことが顔にでていたようで、俺は何も言ってないのに、女子は必死で弁明をし始めた。

「たしかにそう簡単に信じられないかもしれませんが、私はこの部屋の隣に住む、ゾンビてきなものなんですよ!」

「はあ……」

 なんというか、全然信じる気になれなくて、俺は適当な返事をかえした。なんか大変そうだったからつい部屋に入れちゃったけど、やっちゃったかなーと思っていると、女子は立ち上がって俺のすぐそばに寄ってきた。

 そして俺の手首をとると、手のひらを自分の胸にあててどやっとした表情をした。

「これで信じられるでしょう?」

「なっ……これは……」

 手首に伝わる女子の手からはひんやりとした感覚。あてられた胸板の感触は、

「思った以上にまな板……!」

ベシッ

「痛いっ」

「そうじゃない! そうじゃないし、そこまでまな板でもないから!!」

 一瞬そのあまりの真っ平らな壁の存在に意識を持って行かれたけど、ちゃんと俺は気づいていた。

 女子のぺったんぺったんの下から感じられるはずの鼓動、それが感じられないということに。

「脂肪の厚みがないぶん、抱き合ったときに心臓の音が伝わりやすいということがぺったんさんの数少ない長所だと聞いたことがあったが、その長所すら失われたぺったんさんの価値とは……」

「ぺったんさんって言い方やめて! あと貧乳の長所は男子が思ってる以上にたくさんたくさんあるんだから!」

 俺の言葉に憤慨する様子の女子の顔は出会ったときからずっと今でも病的なほどに白いままで、これは信じざるをえないようだと思った。

「よし、わかった。君は俺がここに暮らし始めてからずっと空室だったはずの隣の部屋で暮らしているゾンビで胸がぺったんさんなんだな」

「最後はよけいだけど、そうです」

「ふーん」

「……なんで驚かないの?」

「俺はな、いま、高校三年生なんだ。つまり受験生なんだけど」

「うん」

「親やら先生やらネットやらの影響で具体的に将来のことについて深刻に考えずにはいられない現代っ子でだな」

「へぇ」

「死んでるんだどやあとかされてもそんなことより受験勉強だって感じでだな」

「え」

「つまりはどうでもいい!!」

「……」


 こうして女子と出会った俺は、受験勉強のかたわら死んでる女子とちょっぴり不思議な夏休みをおくることとなったのであった。

 ちゃんちゃん。




 女子が初めて家に来てから五日後のまたまた三時のおやつの時間。

「どうも、五日ぶりだね」

「どうもどうも。よろしくお願いします」

「おっけーおっけー。今日からびっしばっしいっちゃうよー」

 前回涼みにやってきた女子は、あのあと勉強につまった僕にわかりやすく問題の解き方を教えてくれた。その教え方は通っていた塾と同じくらいわかりやすく、これだといろんな生徒と先生をとりあうストレスがない分この少女に教えてもらったほうが建設的なのでは? と思い、この部屋でゆるゆる扇風機さんといつでも涼む許可を与えるのと交換で、勉強を教えてもらうことにしたのだ。

 女子もこのゆるゆる扇風機さんのとりこになってしまったらしい。よくわかる。

「私はもうとっくに死んじゃってるけど、心は永遠の十六歳だし、見た目も永遠に可愛い女子高校生だけど大丈夫? 勉強で溜まった鬱憤的なものがパーンってはじけてあ~れ~みたいなことにならない?」

「何を言っているのかよくわからないけど、性欲的な意味でだったら大丈夫。俺、貧乳は好みじゃない」

「貧乳さん希少価値なんだよ? ステータスなんだよ?」

「あと、今時のちょっとオタクはいった草食系男子だから、あんまり三次元の女子にときめかないというか」

「それはまじでやばいと思います」

「第一そんなのどうでもいいとまではいわんけどそういうのおざなりになるていどには受験勉強でストレスがマッハ」

「とりあえず君が死んでる私に全然動じない時点でかなり受験のストレスにやられてることは察してるからまじで生きろ」

 優しい女子は、その会話以降本当に真面目に、でも適度に休憩を入れつつ勉強を教えてくれた。

 時々可哀想なものを見るような優しい視線で俺を見つめているのが気になったけど、そんなときは俺も仕返しとばかりに永遠に成長することのない洗濯板を憐憫の情をこめて見つめてやるようにしていた。

 女子高校生……なんだよなぁ。

 哀れに思うその視線に気づいたのか、少女はその手にもったプリントで思いっきり俺の頭をはたいてから、休憩をいれようと提案してきた。

「疲れた、アイス食べよう」

「おつかれさま~」

「あ、先生もアイスいります?」

「ゾンビはアイスを食べない。いいね?」

「アッハイ」

 女子が自分のことをゾンビ的ななにかだと自己紹介していたので自分なりにいろいろ調べてみたのだけど、どうにも不思議なことが多すぎる。世間一般的なイメージのゾンビとは、いろいろとちがうところが多すぎる。

 そういえば、ネットでゾンビについてちょこちょこ調べていて、ゾンビ娘萌えというジャンルがあるということを初めて知った。世界は広い。本当に広い。だが、いまの俺にはその世界の広さはむしろ邪魔でしかないというか、ああ、受験生なのにまた無駄な知識が増えてしまった……!

「あ~」

 女子は今日もゆるゆる扇風機の前で宇宙人ごっこをしている。扇風機の前を陣取られてしまうと、こっちに風が来なくてつらいんだけど、さいわい今日はそよそよとした心地よい風が網戸からはいってきて、エアコンなしでもそこそこの涼しさを感じることができた。

 これでゆるゆる扇風機さんの風があれば完璧だった…!

 だが、今の俺にはシャリシャリおいしいソーダ味のアイスさんがいる! これで勝つる!

 シャリシャリ

 ゾンビ(?)な女子は、一応暑いところが苦手なようで、直射日光、高温は避けて28度以下で保存してください、とのことだった。

 どの食品保存方法の表記の話だ、と一瞬思ってしまった俺は悪くない。


 あれから十分したらまた勉強は再開され、ひたすら問題集とにらめっこすることになった。勉強を教えてくれるとはいったものの、ずっとつきっきりで一から全部教えてもらわなければいけないほど勉強ができないわけではないので、今は向かいの机につっぷして眠っている。

「分からないことがあったら起こすように!」

 といって三秒後には寝息が聞こえてきた。女子は俺に対して意識してないのかとからかう前に自分がもっと俺を意識するべきだと思う。まあ、それで本当に意識されてもめんどうだから何も言わないし、たぶん鼻で笑われるだけな気がするから言わないけど。


 女子はすぴーすぴーと静かな寝息をたてながら途中まで寝ていたが、日が落ちて部屋にオレンジ色の光がさしこむころ、突然寝息がとだえてそれから身じろぎ一つしなくなった。

 耳鳴りがするくらいリビングの空間は急に静かになって、つい俺まで動くことをやめてしまった。

 外では相変わらず、蝉の声がうるさいくらい鳴いているのが聞こえてくる。

 でも、この部屋は嫌に静かだった。

 ごくりとつばをのみこみ、俺は椅子から立ち上がった。リビングのおくにひろがる影は長い。

 女子の肩を触れようとして、俺は嫌というほど感じた。

 死んでいる。俺の目の前で、俺のリビングの部屋の机で。

 このままとんと肩をおすと、崩れ落ちてしまいそうだとも思った。

 糸が切れた人形のように、ぼろぼろと、ぼとぼとと、現実と一緒に崩壊しそうだと思った。

 手を伸ばして、生気の感じられないそのモノに触れることを一瞬躊躇して、視線が勝手に下に落ちていった。

 そこには、自分で一度答えを見て丸つけした数学の答案が並んでいた。そのすべてに、ばつの印がつけられていることを再確認して、俺は一度大きく息を吸って、思いっきり女子の両肩をつかんだ。

「先生死んでないで助けてくださいよおおおお! 起きろこのど貧乳があああああああ!!」

「?! だれがど貧乳だって?!」

 目の前で人が死んでいるなんて関係ない。死んでいるなら、起こせばいいのだ!

 なんでもいいから受験勉強だ!!




 それからだいたい半年くらい。センター試験と受験する大学の一般入試試験で、満足のいく成績をなんとかだすことができた俺は久しぶりに落ち着いてのんびりと一日を過ごしていた。

 あのとき先生(勉強を教えてもらっているうちに完全に定着した)はうたたねではなくうっかりがち寝をしてしまったらしく、俺が起こさない限り起きることはない状態だったらしい。

「死んでる私にびびらなくて本当によかった!」

 と危ない危ない、と額の汗をふくふりをする先生の顔はそれまでで一番青白いように思った。

「あれから三回ほどやらかしちゃったけど、毎回ちゃんと起こしてもらえて助かったよー」

「そうですか」

「それにしても、結局私のことについてなんの言及もないまま半年以上過ぎちゃったんだね」

「今も、受験勉強の燃え尽き感いっぱいのせいで全然そんなめんどくさそうなこと聞く気になりませんよ」

「ほんとうに面白いね」

「いえいえ。受験のストレスは子どもをおかしくするんですよ。古事記にもそう書かれている」

「あ、君も上手に使うようになってきたわね」

「ほとんどつきっきりで長い間お世話になりましたしね」

 今日もゆるゆる扇風機の前で涼しんでいる先生のそばに寄り、俺は正座をして先生に向かい合った。

「先生、半年もの間大変お世話になりました。おかげで志望校にも無事合格することができました」

「ちょっとおかしくなっちゃうくらい頑張ってたし、この結果は当たり前のことだと思うよ」

「でも、先生のおかげで、先生がいなかったらきっと俺は、おかしくなってることを自覚できずにもっとおかしくなってきた気がします。先生という非日常的存在がいたから、俺は現実に対してしっかり意識して向き合うことができたように思います! あと、先生の平坦な胸のおかげで豊満な胸の素晴らしさを実感することができました!」

「そう、それはよかった! じゃあ最後に一発殴らせなさい!」

「え、最後に?」

 先生からの何度目かの右ストレートを頬にうけながら、俺は疑問に思った。

 俺が受験した大学は県内にある国立大学なので、一人暮らしをする必要はない。だから、先生とはこれからも問題なく会える。

「先生どういうことですか?」

「……君と、たった半年ちょっとのことだけだけど、たくさんの話をして、たくさんの時間を一緒に過ごせて本当に楽しかったよ」

「え」

「君は元から受験勉強のストレスのせいでおかしくなっちゃってたから私と一緒にいても大丈夫だったけど、これからはそうはいかなくなるよ。私は世間一般的なゾンビとは全然違うし、ぱっと見普通の人間とは変わらない。それでも、私は生きている人間じゃないんだ」

 先生はおだやかな眼差しでじっと俺を見つめる。

 その真剣な様子に、俺は何か言い返すことをためらってしまった。

 先生はにっこりと笑って、ゆるゆる扇風機くんを持ち上げた。

「勉強みてあげた報酬ってことで、このゆるゆる扇風機くんもらっていくね!」

「え? ちょっと、それは!」

「えい!!」

 顎をねらった鋭いアッパーカットをうけた俺は、脳を揺らされて意識がもっていかれていった。これ、がちで危ないやつっす。先生。

 最後に聞こえたのは、先生のどやあって感じではなったらしい一言。

「強い……強い……実際強い。ゾンビの腕力」

 あ、そこはちゃんと一般的ゾンビっぽくていいかも。

 そう思ったのを最後に、俺の意識はとだえた。


 目を覚ましたとき、俺はリビングで勉強していた位置でうつむいた状態だった。頭がずきずきと痛む。まさか、物理的に意識を失ってからの別れになるとは思っていなかった。

 下をむくと、ぽたぽたと落ちる水滴。

 あぁ、俺は今、涙を流していた。

 頬をつたうその感触に、俺は少し動揺した。

 あんなよくわかんない、自分のことを死んでるとか自称する先生との別れに、自分は思っていた以上にショックをうけていたのだろうか。

「先生……ありがとうございました……!」

 ちょっとは先生のおかげで、貧乳のことも、好きになれた気がします。






 あれから一週間後、試験の結果が届いた。結果は合格。

 志望していた大学に、春から入学することがこれでようやく、無事に決まった。



 ―――ほんとうは、気づいていたのだ。

 俺は、先生との別れに涙したのではなく、先生との別れでようやく実感した受験勉強のストレスから解放されたという事実に涙したということに。

 今度こそ俺は、死んでる女子と過ごした半年間のことを想起して、涙を流した。

連載の続きをかくには時間がないし元気もないけどなんか書きたいなって、じゆうきままに書き連ねた結果すごく楽しかった。

ニンジャサイコー。

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