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Pain to the world  作者: 九JACK
6/9

クラウン

少年は息を弾ませ、広場へ向かった。

「クラウン!」

そこには一人の道化の少年がいた。

「……え?」

クラウンは、自分の名を呼ぶ人物に首を傾げる。サイと王の手駒人形であるクラウンには、記憶がない。それは少年も承知していた。

けれど、これでいいんだ。

クラウンはたった一人の友達だから。



世界が終わるまで、あと1年。

そんな時、サイは少年にこんな提案をした。

「キミの願いを一つだけ叶えよう」

「願い?」

サイは含み笑いしながら、続けた。

「ボクはこの世界を作った、いわば神様みたいなものだからね。ある程度自由に世界を動かせる」

よく見ると、その笑みは苦笑いだったので、少年はあまり深く追及しないことにした。

願い。改めて考えると、少年には特にこれといった願いはなかった。

唯一、願いとして思い浮かべられるのは、[ループから出ること]くらいなもので、それももうほどなくして叶う。となると、やはり願いと呼べるものは見当たらない。


ーーいや


「クラウンに、会わせてほしい」


それが少年の出した答えだった。


「それはまたなんで?」

「俺、友達いないんだ。[痛み]なんて感覚を持ってる異端児だし、性格もまあ、人好きじゃないし。だから、あいつだけなんだよ。友達になってほしいなんて、俺に言ってくれたのは」

嬉しかった。

やはり、クラウンなのだ。ループの中で大きかった存在は。

サイは言った。

「けれど、彼は人形で、会ってもキミのことは覚えていない」

「いいんだ」

「この世界が終われば、彼の役目も終わる。そうすれば、ただの人形の彼は消える。それでも?」

「いいんだ」

「ボクが彼の性格を作り替えているかもしれないよ?」

「いいんだ」

少年は静かに繰り返した。いいんだ、と。

「譬、この最後のループで会ったあいつが、俺の友達になってくれなくても、俺はあいつがいてくれるだけで、この世界を[くだらない]という以外の感情で思うことができる。それが俺のーー幸せ、だ」

「そう……それなら」

その時、サイは。


とても嬉しそうに笑った。



サイは少年との約束を守り、クラウンをループに送り込んだ。



「クラウン!」

自分の名を呼ぶ少年を道化の少年は不思議そうに見つめた。

「どうして、僕の名前を知ってるの?」

少年は一瞬、虚を衝かれたように動きを止めた。クラウンの純粋な眼差しに射られ、ぐっと唇を噛む。

わかっていた。わかっていたことだ。


「クラウンはあくまでクラウンだ。ループにおいては普通の人間と同じ。それをボクと王が世界の影響を受けない虚空から操っているだけで、記憶や思い出は、彼の中には残っていない」


サイはそう言っていた。

わかっていたこと。わかっていたことだ。だから


「だって、君は道化クラウンだろう?」


少年はそう言って誤魔化した。

ああ、と納得の声。

「そうでした。僕の名前の由来も、道化クラウンなんです」

以前も聞いたような話をクラウンが語り出す。

少年はそれでよかった。微かに焼けつくような痛みを感じるけれど、それでも、最初で最後の友達を、大切にしたかった。



「ああ、彼はやっぱりいい子だなぁ……ボクなんかより、ずっと」

サイは映像を見つめながら呟いた。

「ごめんね。ボクのせいでキミを巻き込んだ。彼を王と呼んではいけなかったんだ。……そこから、全ての過ちが始まった」

サイは映像から視線を外し、何もないくうを仰ぐ。ーーはらり、と深緑色のフードが落ちる。

映像の中の少年と色違いの容貌が露になる。

「ボクの罪は命でも贖いきれないかもしれない。だからせめて、キミの望む世界を……キミを、望む世界にーー」


世界の刻限はもう、1年もなかった。



「ねえ、誕生日会って知ってる?」

ある日、唐突にクラウンが訊いた。少年はきょとんとし、首を傾げる。

「誕生日、会?」

少年は本当に知らなかった。

「名前のままなんだけど。誕生日を祝う会なんだよ」

クラウンが説明するが、少年はいまいちぴんと来なかった。

無論、[誕生日]という言葉を知らないわけではない。ただ、異端児とされてきた少年には[祝福]という言葉が欠落していたのだ。

「それでさ、僕、考えたんだ」

クラウンは構わず続けた。

「君、もうすぐ誕生日でしょう?だから、その誕生日会、開かない?」

少年にはとても思いつかない提案だった。

「でも、誰も来てくれやしないよ」

「いいよ。二人いれば充分。……駄目かな?」

クラウンは自信なさげに少年を伺った。

二人いれば充分ーー少年の中でその言葉が谺する。何か、くすぐったかった。

「そうだね……ぜひやってみたい」


最初で最後のお祝いだ。

少年はそう微笑んだ。



「いよいよだな」

虚空にて。

王は笑みを浮かべ、隣で同じ映像を見るサイに語りかけた。

サイは、深緑色のフードを目深に被ったまま、口元に薄く笑みを浮かべて応じた。

「ええ」


王は言った。

「我が宿願が叶う時だ」

ーーと。


王は気づかない。

隣の少年が、小さく頭を振ったことに。

「いいえ」


その囁きは王の耳には届かない。



「誕生日、おめでとう」

クラウンはそう言って、自作のクラッカーの紐を引いた。一般的かぱぁんという派手な音はない。代わりに、花の雨が少年に降り注いだ。

「わぁ……」

綺麗だ、と少年は素直に思った。

赤、黄、桃、橙……彩り鮮やかな花弁が舞う美しい世界の中心に、少年はいた。

美しい、世界。

ループでそんなことを思ったのは初めてだった。

やっぱり、クラウンは鍵なんだ。俺が忘れかけていた感情を思い出させてくれる。

「ごめん。僕、お金ないから、何も買えなくて……これくらいしかできることもなくって」

クラッカーの空をくるりと回すと、空はクラウンの手の中で一瞬にして小さな花へと変わった。花はどこにでもあるようなありふれたオレンジ色の花だった。

「プレゼント」

クラウンは花を少年に差し出した。

少年は受け取り、微笑んだ。

「ありがとう」

嬉しかった。

ああ、なんて暖かいんだろう。自分はこの温もりを長らく忘れていた。けれど、知っていた。忘れていただけ。

祝うって、こういうことだった……


この世界で初めて、少年は祝福された。



少年はクラウンと街を歩いた。クラウンからもらったオレンジ色の花は、クラウンのちょっとした工夫でブローチになり、少年の胸元で咲いていた。

街は静かだった。人は誰も歩いていない。おそらく、今の空模様のためだろう。

今、空はどんよりと曇っている。いつ降りだしてもおかしくないような厚く黒い雲が街を覆っていた。

こんな天気の日は、大抵家で一家団欒だ。何故少年はそうしないかというと、彼の家族は街にいないからだ。

家族は少年を置いて、旅行に行った。少年は置いて行かれたわけではない。誘われたが、断ったのだ。

少年の誕生日を家族は誰一人、覚えていなかったから。


「なんかそれって、寂しいね」

クラウンが切なげに目を細める。少年は苦笑いしながら、そんなことないよ、と応じる。

「いつもこんな感じさ。俺は異端児だから、親だって本当は嫌だったろう」

「そう……」

クラウンは悲しげに眉をひそめる。

そして、言った。


「最後まで、悲しい人だね、君は」


その言葉を皮切りに、世界が崩れ出す。

ぼろぼろと古びた絵画の絵の具が剥がれ落ちるように、辺りの景色が崩れていく。

とうとう、終わりが……


感慨のようなものを覚えるが、崩れゆく景色の中にクラウンが含まれることに気づき、少年は声を上げた。

「なんで!?」

「……世界が終わるっていうことはね」

クラウンが語り出す。

「僕も終わるっていうことなんだ。僕は[鍵]だから。この世界と他の世界を繋ぐための。世界がなくなれば、その世界は他との繋がりをなくす。だから、繋ぐための鍵は要らなくなる」

だから、消える。

クラウンの手がぼろぼろと崩れ、形をなくしていく。何もない、[空白]が生まれていく。

「なんで……なんでだよ……?」

「うん。なんでだろうね?僕にもわからないや」

触れようとすると崩れていくクラウンは、少年が伸ばしかけた手を見て微笑む。

もうほとんど形の残っていない左手で少年の手をとる。

「ありがとう、僕の友達。君の未来が君にとって幸せになることを祈るよ……それがサイの願いでもあるから……」

「クラウン!!だめだ、消えるな!!」

ぼろぼろと崩れていくクラウンの体を掴まえようと手を伸ばす。

しかし、それは砂のようにさらさらと腕をすり抜けて。


「あ……」


消えた。


「ああ……っ……!」


少年の目には最後まで残ったクラウンの青い瞳の残像が焼きついていた。


「うあぁぁぁっ!!」


少年は、絶叫した。





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