プロローグ
言葉遊びが好きな人にはおすすめです。
では、どうぞーー
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痛み。
人はそこから何を得、何を失うのだろう?
繰り返される世界。そこで唯一"痛み"という変化を得た少年は、世界に最高の"ふくしゅーー
ブツッ……
ラジオはそこで途絶えた。
「お前が俺の何を知っている?」
少年が呟く。
「この"痛み"が俺に何を与えてくれる?そんなものがあるとでもいうのか?ほざけ!」
少年は叫ぶ。
「世界は俺に"痛み"しか与えなかった!!」
「みなさん、妄想がどれだけ恐ろしい病気か知っていますか?」
「せんせー、妄想って病気なんですか?」
とある教室。子供が教師に問う。教師はニッコリ笑って答えた。
「いい質問だ。10点あげよう。いいかい、他のみんなもよく聞くんだよ?……妄想は、病気だ」
教室がふっと静まり返る。先程の子供が再び口を開いた。
「……なんでー?」
「それを説明するにはまず、人の精神と体の結びつきについて説明しなくてはね」
「ええー?難しい話ー?やだなぁ」
難色を示す生徒たちに教師は仕方ないなぁ、と結論だけを言った。
「人の精神は体調すらコントロールできるんだ」
生徒たちはへぇーだのふぅんだのというがやがてきょとんとした。
「ほら、やっぱりわからないだろう?話は順を追うのが大事なんだよ。さあ、最初から聞いてくれるかな?」
「はぁい!!」
生徒たちが元気よく、声を揃えて返事をしたことに教師は満足げに頷いて話し始めた。
「妄想がどれだけ恐ろしい病気か知っていますか?」
建物の中から聞こえた一言に、少年は舌打ちする。またその話かよ。
子供も飽きずによく聞くもんだ、と少年は呆れを通り越し、感心した。
まあ、ここがそうだってことを知るやつなんて、俺くらいなもんだ。少年はそう知りながら、ため息を吐かずにはいられなかった。
ループ。少年は世界をそう呼んでいる。終わらない、いつまでも続く永遠のような世界。
それは誰もが望む幸せの世界。実際、この世界の住人は幸せだ。彼を除いては。
何故?ーー"永遠"というある意味完全な世界で、何故彼は幸せを感じられない?
それはただひとり、何故か知らないがこの幸せな世界から切り離されているからだ。
"痛み"
それが彼に与えられた絶対唯一のもの。そして、この世界にある絶対的矛盾。
幸せな世界に痛みなどあろうはずもない。
それが彼を診たこの世界の医者の見解だった。
「いたいよぉ……」
彼はごく普通の家庭に生まれたごく普通の少年のはずだった。幸せに暮らせるはずの彼が初めて痛みを訴えたのは3歳の頃。
右手の人差し指が痛いんだ、と。
痛い、という言葉すら知らない彼の両親は、異常事態だ、と彼をすぐ医者に診せた。
その時の医者の言葉だ。幸せな世界に痛みなどあろうはずもない、と。
その時、幼かった彼の世界がグニャリと不気味に歪んだ。
この世界の人は痛みを感じない。怪我をしても大丈夫、痛くないよ。だってみんながいてくれる。幸せなのに、なんで痛みなんて感じるの?……という具合に。
少年は違う。怪我したら痛いし、病気になると苦しい。誰が側にいてくれたって、それは変わらない。
何故誰もわかってくれないんだーー!?
グニャリ、グニャリ……
歪んでいく世界に少年は置いてきぼりにされた。
そして、ある日。
少年はとうとう真実を見た。
この世界が繰り返される瞬間を。
あの日。
少年は今くらいの年頃だった。"痛み"を抱える異端児の少年は早々と親元から離れた。親が自分といることを望んでいないことを知っていたから。
異端児に友達がいようはずもない。彼はひとりだった。誰も助けてはくれない。だから誰も助けない。少年は心にそう決めていた。……少年が助けようと助けまいと、この世界の人々はずっと幸せなままだ。張り合いのない意地。少年は下らない、と忘れようとした。
彼の姿を見て、道行く人は笑う。あの子、痛みを感じるんだって。可哀想にね……クスクスという笑い声が少年は不快で仕方なかった。
あの日、広場に見慣れぬ顔の道化師がいた。大道芸だ。珍しい。
滑稽な動きが面白くて、少年はひっそり笑った。すると道化師は少年に気づき、小首を傾げた。
「君は不思議な笑い方をするんだね」
「不思議?どこが?」
「全然嬉しそうじゃない」
少年は虚を衝かれた。道化は更に続ける。
「もっと言うと、全然幸せそうじゃない」
少年はそれで納得した。事実、幸せではなかったから。
「誰も俺のことなんかわかってくれない。なんでみんなはわからないんだ、痛みが、苦しみが。……そんなこと考えて、懲りもせず苦しんでいる……だからかもしれない」
少年は少し楽しくなった。初めて自分の心を見抜いてくれたのだ。
「あ、今度は嬉しそう」
道化は少年の変化に敏感に反応した。じゃあ、と続ける。
「君に世界の真実を見せてあげよう」
道化は道具箱からピエロの顔の木の人形を取り出した。少年の前でワン、ツー、スリー、とカウントしーーピエロ人形を空へ向かって思い切り放り投げた。
えっ、と少年が声を上げた時には落下を始めていた。
当然、翼を持たないピエロ人形は地面に叩きつけられ、バラバラに。
少年は道化師を見た。道化師は笑っている。
「これが……どうかしたの?」
「……いつかね」
道化師はポツリと言った。
「いつか、君はまたこの子に会うよ。世界にたったひとつしかない僕のこのピエロ人形に」
「えっ?」
「また会ったらよろしくね。その時僕は君のことを覚えていないだろうけど……僕はこれで"繰り返される世界"の中に戻るから」
道化の言っている意味がわからない。少年がそう言うと、道化は笑った。今はそれでいいんだ、と。
「明日になればわかるよ」
少年はわからなくてむず痒かったが、友達のように話してくれたのが嬉しかったので、それ以上は聞かなかった。
次の日、目を覚ますと。
15歳だった彼は、3歳の頃に。父も母もあの頃に、医者も教師も子供も街も、みんな、時を遡った。
道化が言っていたのは、このこと……!
しかし、誰かが彼の言葉を信じてくれるわけもなく。
痛みを持つ少年は、この世界で唯一の不治の病と認定された。
少年の不治の病には"妄想"という言葉がつけられた。きっと彼の言う痛みなんて、想像にしか過ぎないんだ、と。それが悪化して、本物の痛みだと勘違いしているだけなのだ、と。
人の思い込みを治すなんて、できるわけないさ。だからこの病は、誰にも治せない。
そう言って、医者は匙を投げた。