第1話 笑顔の似合う少女
―――熱い夏からだんだんと肌寒くなっていく季節へと変わってきたこの時……
―――16歳を迎えた僕は、薄暗くなった空を背景に自室の天井にぶら下げたロープを見上げていた―――
夏休み明け……。
二学期が訪れて、かったるい授業の日々がまた始まった。
周りの友達や女子生徒はめんどくさい顔をして、携帯を触っていたり、寝ていたりしていた。
そんな中、一人熱心に眠くなるような授業を聞いていた人がいた。
可愛らしいシャープペンを手に取り、ひたすらノートに書き込んでいる。
彼女の名前は桜田 美香。
クラスメイトの彼女は勉強もでき、スポーツも万能、おまけに容姿端麗ときたものだ。
そんな彼女はもちろん周りからの人気も当たり前のように高く、僕もそんな彼女の事を気にかけていた。
この当時は“気にかけていた”と言っても、別に彼女に酔狂していた訳ではなく「あの子、結構可愛いな〜」程度にしか思っていなかった。
彼女との関係が進展し始めたのは二学期が始まって2週間後くらいだろうか?
体調を崩して学校を休んだ僕は放課後に休んだ分の授業のレポートを取っていた。
教室には誰も残っていなく、少し早い蟋蟀の鳴き声がただ聞こえてくるだけだった。
「―――――もう、だいぶ遅れたな〜」
レポートに集中してかなり終わってきたその数時間後、廊下から人の声が聞こえてきた。
すぐにそれが女性の声だとわかった。
(先生だろうか?)
いや、教師にしてはまだ若すぎる声だ。
足音がどんどんとこちらの教室に近づいてくる。
「あれ?……私以外の生徒がまだ学校に残っていたんだ?」
制服を着た女性が窓から小さい顔をちょこんと出す。
それが桜田さんだという事にすぐに気づいた。
「桜田さんこそ、こんな時間までなんで残っていたの?」
「私?」
僕は首を縦に振る。
彼女は少し笑いながら答えた。
「私は部活だよ。一人残って練習していたの!」
「そうなんだ」
僕個人が桜田さんと話すのはこれが初めてだった。
なんとも素っ気無い会話だが、僕はこの時に彼女へ惹かれてしまった。
「あのッ!」
少し声の上がった僕が桜田さんに話しかける。
「もう外も暗くなって危ないと思うから……そっちがよければ一緒に帰らないかな?」
顔が熱くなる。
彼女の方へと目を向けた。
桜田さんは少し口をあけてポカーンと微動もしなかった。
そして瞬きした後に、こう返事が返ってきた。
―――なら……遠慮なくそうさせてもらうよ?―――
微笑みながら整ったその顔をこっちへ向けた。
学校の窓から見える夕日を背景に、彼女の笑った顔がとても綺麗に思えた。
その時の彼女の笑顔が、まだ新鮮に今でも僕の記憶に残っている。