3-(2)
カランカラン……
何かが落ちる音を聞き、僕は顔をあげた。するとそこには一本のバットが落ちているではないか。なぜと疑問に思い、目を丸くする僕だったが、そんな些細なことを気にしている場合ではない。
自分の身を守る武器を手に入れた僕は、心強い味方が現れたような気がした。そして、そのバットを両手で握り立ち向かうように構えた。
「うわぁ~」
僕は叫びながら、無我夢中でバットを振り回した。それに驚いた赤い眼たちは、その眼を丸くしているが、僕を見つめたままだ。僕も僕で、目を閉じたままバットを振り回しているので、当たるものも当たるはずがない。
僕はしばらくバットを振り回していたが、何かに気付きその手を止めた。
コツコツコツ……
足音が闇の向こうから聞こえる。
僕はその方向をじっと凝視するが、何も見えてこない。
しかし、確実にその足音は大きくなっていく。
コツコツコツ……
足音は大きくなり、すぐそばまで迫っているのが分かる。
僕はその音がする方向をじっと見つめていると、人影が見えてきたではないか。そしてその人影は、こともあろうか僕に話しかけてきた。
「予想外のところに来てしまったようだ。だが、ある意味ラッキーだったのかもしれない。君みたいな人間に出会えたのだから。君は少し特殊のようだね」
人影は次第に大きくなり、その姿を現す。
黒いコートに黒いシルクハット、全身黒ずくめの格好だ。顔は帽子を深くかぶっていてよく確認できないが、うすこけた頬が帽子の隙間から確認できる。
僕は気味の悪さを感じた。しかし、そんな僕にお構いなしに、その男はじわりじわりと距離を詰めてくる。
「君は何もない夢の中でバットを生み出した。それはすごいことなんだよ。分かるかな?君、本当に人間なのかな?不思議だね~本当に不思議だ」
男は、僕が手にしているバットを指さしながら、興奮気味にそう告げた。
だが当に僕には、なにがすごいことなのか理解できないでいた。バットは僕自身が願ったら出てきたものだ。確かにすごいことなのかもしれないが、これは夢なのであろう。なにが起こったって不思議ではないはずだ。だから、男がそこまで興奮する理由が分からなかった。
「君にはその凄さが分からないか。残念だよ、まったく……」
首をかしげている僕に対して、男は嘆いた。
そして指を伸ばし、僕の眉間に当てた。
すると僕は指が当たった瞬間、体をびくっと揺らしたが、それっきり動くことができなくなった。僕はというと戸惑いの表情を浮かべている。僕は体を動かそうと手足を動かしてみるが、先が少し動くだけで、それ以上は動かなかった。それを見た男は満足そうに口角をあげた。
「やはり君はとても素晴らしい。しかし私にとっては邪魔でしかないだろう。だからと言って君を殺すのはたやすいことだ。だが、殺したりはしまい。私は慈悲深いからなぁ」
そう男が告げ、指を強く僕のほうに向かって押す。すると、そのまま僕は眠るように、目を閉じながら、後ろに倒れていったのだった。
そして、男は倒れた僕を見下ろしながら、こう告げた。
「あぁ、言い忘れていたよ。ここで私に会ったことは忘れてもらえるとありがたいのだが…ふむ、もう聞いていないか。なら無理矢理でも忘れてもらうしかないね。まだ、あいつらに気付かれるのはまずいからね」
男はこういうと、腰をかがめ、倒れている僕の眉間に再び指をあてる。すると僕の体は、先ほどと同じように一瞬びくっと揺れたが、その後はまるで何事もなかったかのように床に横たわっている。
その様子を見た男は、満足そうに笑みを浮かべながら僕を見下ろしている。
「これでいい。ふふふふふふふふふ……」
そして、男は踵を返し、笑い声とともに暗い空間に消えていったのだった。