2-(1)
「どうしてなんだよ~なんでいつきなんだよ~」
「どうしてだろうね」
「…ずるいぞ」
「代わってくれるなら代わってもらいたいけどね…」
放課後、龍臣と一緒に帰ることになった。僕たちは話しながら廊下を進む。廊下は帰る生徒や部活動のある生徒で混雑していた。耳を澄ましていると、どうやらうちの転校生の話をしているのが聞こえる。やはりあの美貌なので、うわさは瞬く間に広がったようだった。あっちこっちで聞こえてくる。僕は大きくため息をついた。
「おっ、どうかしたか?いつき」
「…なんでもないよ…それより、川島くんは大丈夫かな?」
「川島か?あいつ一日中、顔色悪かったもんな。で、さっさと帰ったんだろ」
「うん。でも心配だな…」
川島くんのことも心配ではあるのだけれど、しかし、僕自身も大変なことになったのは間違いない。
噂でもちきりの美少女転校生に目をつけられてしまった。
あの朝の一件から彼女、夢野さんは僕のことを観察するかのごとく見つめていた。他の人が話しかけても目をそらすことがなかった。その結果、丸一日中、彼女の視線を感じることとなった。
一体何が原因なのか、僕にはさっぱり見当もつかなかった。その間、男子たちからは敵意のこもった視線を感じたのは言うまでもない。
僕はそれを思い出し、また深いため息をつく。明日もこんな調子だったらどうすればいいのか。
そんな僕の、玄関へと向かう足取りは重いものとなっていた。しかし、今日はこれで終わりだ。あとは家に帰るのみ。夢野さんからは解放されるのだ。今日のことはひとまず忘れようと気を取り直し、さっきよりは軽い足取りで玄関へと向かう。
しかし、そんな思いも一瞬で粉々となった。
玄関には夢野さんがいた。
しかも、帰るそぶりも見せず、誰かを待っているかのようにこちらを向いて立っていた。
「マイスイートハニー!」
龍臣は夢野さんを見つけて、うれしそうに駆け寄っていく。それに対して僕は重い足取りだった。まるで、天国から地獄に突き落とされたような気分である。
「どうかしたの?誰を待っているの?暇ならデートにでも行かない?」
龍臣が矢継ぎ早に質問するが、夢野さんは完全無視だ。
僕は努めて冷静に、何事もなかったかのように龍臣を無視して、夢野さんの横を通り過ぎようとした瞬間、
「やっぱり、あなた、私と同じ匂いがする」
そう、ぼそっと彼女はつぶやいた。
僕はそんな言葉を無視して歩を進めようとした時、何かに足を取られてつまずいた。よく見るとそこには、スラッと伸びたきれいな脚があった。そう夢野さんの脚である。
「まだ話が終わってないのだけれど」
僕は目を丸くして、夢野さんのほうを見る。まさか、口を使わず足を使うとは、顔に似合わず恐ろしいことをする。運動神経があまりよろしくない僕である、下手をすれば顔面をぶつけていたかもしれない。少しだけだが彼女の恐ろしい一面を見た気がする。
「僕に何か用ですか?」
僕は猜疑心ばりばりで答える。
「どうして私と同じ匂いがするのかしら?」
「言っている意味がわからないんだけれど。用がないなら帰るよ。それにもう僕にかまわないでくれるとありがたいんだけど。じゃあ」
僕は、これ以上付き合ってはいられないと思い、足早に玄関を出ようとする。すると待てよ~と言いながら龍臣が付いてくる。龍臣は少し名残惜しそうに夢野さんのほうを振り返る。
すると後ろから声がかかる。もちろん夢野さんだ。
「気をつけなさい。これから不吉なことが起こるから。あなたもきっと関わってくる」
外はすっかり夕焼け色に染まっていた。遠くのほうでカラスが鳴いている。
「意味がわからないよ…じゃあ、また明日」
僕は急いで玄関を後にした。だから、夢野さんが最後に言った言葉を僕は聞くことができなかった。 ―――きっとすぐにでも悪夢が始まるわ
夕焼け色の空は、だんだんと闇の色を含み始めていた。春といえども夕方は寒い。寒い風が吹き、夢野さんのスカートをはためかした。