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彼女は声も美しかった。
そんな彼女の声を聞き、クラス内は我に返ったかのように再びざわめきを取り戻した。男子たちはうっとりと彼女を見つめ、女子たちは嫉妬や羨望を超えて、ただただ脱帽していた。
僕もクラスメイトと同じように彼女の美しさに目を奪われてしまった。
すると突然、
「僕のフィアンセだ~」
そう言い立ち上がったのは、だれでもなく龍臣だった。
「こんなきれいな子がうちのクラスに来るなんて、まさしく運命。僕とデートしてください」
そう言うと周りからは大ブーイングが巻き起こった。主に男子からで、抜け駆けするな、ずるいぞといった文句であった。転校生の彼女はというと完全に無視だった。龍臣のほうさえも見てはいなかった。がっくしと肩を落とす龍臣の姿は面白かった。
しかし、転校生が来ることは分かっていたが、こんな美少女だったとは驚きである。雨宮さんのほうを見ると同じように驚いているようだ。やはりこの事実は知らされていなかったのだろう。
僕は再び彼女に目を戻すと、目があったような気がした。僕は焦って、急いで目をそらした。しかし、考えてみると彼女が、僕のほうを見るわけがないのだから偶然に違いないだろう。そう思い、再び彼女のほうを見ると、今度はばっちり目が合ってしまった。しかも、完璧に僕のほうを見ているではないか。何かの間違いであってほしいと願うがそうではないらしい。
そんな彼女の視線に気づいたのか、クラスの何人かは僕のほうを見ているではないか。居たたまれない気持ちになり、どうしていいか分からないでいると、
「夢野さんの席はあそこだから」
先生がそう言いながら指さしたのは、僕の後ろの席だった。
またクラスの視線が僕に集まる。今日ほど僕自身、注目を浴びた日はないだろう。そんな視線には耐えるしかない。
彼女はその先生の言葉に従い、席に移動し始めた。こちらにだんだんと近づいてくる。近づいてくるたびに僕の心臓は早鐘のように鳴り響いている。美少女には慣れていないのだ。しかし、僕は冷静を装い、何もないような顔で彼女が通り過ぎるのを待った。
だが、そんな僕の気持ちを裏切るかのように、彼女は僕の席の横で立ち止まったのだ。そして、目を丸くし驚いたような表情で僕を見つめてくる。そんな表情もきれいだなと思いつつも、僕はその視線に耐えきれなくなり目をそらす。
すると突然、身を乗り出し顔を僕のほうに近付けて匂いを嗅ぎ始めたではないか。僕の顔と彼女、夢野さんの顔が近寄っていく。僕は内心パニックを起こしていた。なにが起こっているのかまるで理解できないでいた。教室内もざわめき始めている。顔がみるみる熱くなっていくのが分かる。きっと僕の顔は今、ゆでダコのように真っ赤になっているであろう。それに加えて男子たちの敵意ある視線を感じながらも、僕は必死に耐えていた、心の中で早く終わってくれと願いながら。
しばらくすると夢野さんは満足したのか、僕から顔を離した。僕はそれにホッと胸をなでおろす。そして彼女は、席に座っている僕を見下ろしながらこう言ったのだった。
「あなた、私と同じ匂いがするわ」