3-(2)
キンキンキン……
夢野さんの剣と夢魔のステッキが当たる音が、空間にこだまする。夢野さんはものすごい速さで剣を繰り出している。しかし、夢魔のほうはそれを軽くいなしているように見える。
「そんなものかい?獏の娘よ」
「うるさい!」
キンキン、キン……
続く剣げき。次第に夢野さんのほうに疲れの色が見え始める。
「おやおや、もう終わりかい?」
「本当にうるさいやつね」
ひとまず、お互いに距離をとった夢野さんと夢魔。疲れ始めている夢野さんと比べると、夢魔のほうはけろっとしている。一方、僕はと言うと、いまだに影たちに悪戦苦闘している。でもこれでよかったのかもしれない。影たちの相手をしている最中、二人の戦う姿を見ていて、とてもじゃないが僕は足手まといになるだろう。剣の扱いは、夢野さんのほうが数段慣れている。僕のほうはまだまだ使いきれていない。
「そっちから行かないなら、私のほうから行こう」
夢魔はそう言うと夢野さんのほうに飛びかかっていった。鋭い突きが夢野さんを襲う。夢野さんはそれを必死にかわしていく。しかし、かわしきれずに顔や手、足に赤い筋が何本もできていく。
「っつ…」
思わずもれる声。夢魔の突きは一層激しくなる。突きの一つが、夢野さんのわき腹をかすめる。
ポタ、ポタ……
夢野さんは夢魔と距離をとり、わき腹を抑える。
「夢野さん!」
僕は声を上げた。その間も影たちは、僕に向かって絶え間なく飛びかかってくる。僕は休むことなく剣を振るう。しかし、意識は夢野さんのほうに向いている。
「夢野さん、大丈夫!?」
「えぇ、大丈夫よ。かすっただけみたい」
そう言うが、夢野さんのわきは赤く染まっているではないか。僕は心配で、手が止まりそうになる。そんな瞬間を影たちは見逃さなかった。そして一斉に僕に飛びかかってきた。僕はどうすることもできずに、影たちに押しつぶされる。馬乗りになる影たちを必死で払いのけようとする。
「大丈夫!?高原くん」
今度は僕が心配される羽目になってしまった。夢野さんは怪我をしているというのに。僕は必死に動かない体を動かそうとするが、びくともしない。
「もう勝負はついたかな?」
そんな中で、夢魔は余裕たっぷりの声で言う。
「まだよ。まだ勝負はついていないわ。高原くん、もう少しの辛抱だから。私がこいつを倒したら影も消えるはずだから」
夢野さんはそう言って、押さえていたわき腹から手を離し、剣を構える。
「まだやるというのかい。いいでしょう、来なさい」
夢魔も同じようにステッキを構える。
夢野さんはそれを見て、飛びかかっていった。再び激しい応酬が始まる。僕は何もできずただただ、その様子を見守るしかなかった。それがものすごく悔しかった。床に寝そべる僕、馬乗りになった影たちは何もしてこない。殺すつもりはないらしい。それならこの状態で何かできないか、必死に考える。
はぁはぁはぁ……
夢野さんの荒い息遣いが聞こえる。体力も限界に近付いてきているようだ。
「もうあきらめなさい、獏の娘よ」
「いやよ、あきらめるものですか。私たちの方には、ここに住む町の人の命がかかっているの。だから、あきらめてなるものですか」
「あきらめの悪い子だ。では、君の命をいただくことにしようか」
その時だった。夢魔の動きが止まった。
夢魔の体には無数の腕がからみついている。それが夢魔の動きを止めることになった。
「…!…」
その瞬間を夢野さんは逃さなかった。夢野さんの剣が夢魔の心臓を貫いた。
「なに!?……」
夢魔は目を見開き、自分を貫く剣を見る。そして、自分に絡みつく腕を見つめる。
「これは……ま、まさか、少年が…」
夢魔は驚きの表情のまま、僕のほうを見る。僕は床に横になり、身動きできないでいたが、その目線はしっかりと夢魔をとらえていた。
「どうだ、夢魔!」
「ふふふ、見事なり」
夢魔は目を閉じると、黒い煙となり霧散していった。それと同時に、僕の上に乗っていた影たちも黒い煙となり霧散した。
「どういうこと!?」
夢野さんが近づいてきて、僕を起こしてくれた。
「いやぁ、やればできるものだね」
「だから、どういうことか説明しなさい」
「実際、夢の中で剣を生み出すことができるんだから、ほかのものもできるんじゃないかと思って…無数のからみつく腕をイメージしてみたら、できたんだ」
「なにそれ……」
「いや、うまくいってよかった。夢野さんが殺されるんじゃないかと思って、ひやひやしてたから」
「あ、ありがとう。お礼は言っておくわね。でも、そんなことができるなら、もっと早くにやってもらいたかったわ」
「ごめん。思いつきだったから。でも、よかった。本当によかった。これですべてが終わったんだね」
そのときだった。
暗い空間にひびが入り始めた。そして、ぴきぴきと音を立てながら崩れ始めた。
「うわ~」
そして、白に彩られた美しい空間へと様変わりした。
それはとても美しく、今の僕たちの心の内を現しているような清々しい白色だった。
こうして僕の悪夢の六日間が終わりを告げたのだった。