1-(3)
僕と夢野さんと龍臣は、屋上にいた。
風は吹いていない。
誰かが上がってくる足音がきれいに聞こえる。
きぃときしむ扉が開かれる。
そこにいたのは……
「…川島くん……どうして…」
僕のその声には驚きと悲しみが入り混じっていた。僕は悲しみに目を川島くんに向ける。川島くんはいたたまれない様子で地面を見つめ、だれとも目を合わせようとはしない。夢野さんは彼を睨みつけている。龍臣はというと彼のほうを見むきもしないで、下のグラウンドを見つめている。何とも言えない沈黙がそこには流れていた。
「どうして、僕だとわかったんですか?」
か細い声で川島くんは誰に聞くでもなくつぶやいた。彼は今にも倒れそうなほど青白い顔で立っていた。そんな彼に質問に答えたのは夢野さんだった。
「確かに、難しかったわ、あなたにたどり着くまでは。でも、カギは最初の被害者にあった。夢魔は人と契約するために、願いをかなえてやるとそそのかすのが定番だった。そして、その願いは最初にかなえられているのではないかと思ったの。だから最初の被害者を調べることにしたわ」
夢野さんはそこでいったん話を切った。まるで観察するかのごとく川島くんを見据えている。見られている川島くんは、やはりまだ地面を見つめたままだ。こちらからは表情が見えない。川島くんは後悔しているのだろうか。
夢野さんは話を続けた。
「最初の被害者たち、三人には共通点があった。まず一つ目は全員が一年五組の女生徒だった。二つ目は三人とも大の仲良しだった。そして三つ目はある子をいじめていたということ…」
そこでやっと川島くんの顔が上がった。その顔は、もうすべてばれているのかとわかったような顔をしていた。
「ある子って…?」
僕は川島くんの代わりに夢野さんに尋ねた。
「ある子というのは…川島明人の妹よ」
「えっ…!」
「川島明人の妹は、三人にいじめられて不登校になった。それはクラスの中でも周知のことだった。私はもしかしたら妹が犯人かと思ったわ。でも、妹は精神を病んで入院していた。だから、犯人にはなりえない。夢魔は健康な人間と契約したがるものだから。それで残る関係者は、兄である川島明人のみ。加えて、あなたのその弱り方は、悪夢を見たからではない。悪魔に取りつかれている者の弱り方に似ている。初めは勘違いしていたけれどね。それで私は、犯人はあなただと考えたわ」
再び沈黙が流れる。あまりにも静かなので、自分の息する音がよく聞こえる。
「そうか…もうわかっているのか…そう、僕が犯人だよ」
川島くんは晴れ晴れとした表情で僕たちを見つめてきた。そんな彼の目が濁っていたのが、だんだんと澄んでいくのがわかる。まるで肩の荷が下りたかのようなすがすがしさを感じる。そして川島くんは話を続ける。事の始まりについて、を…
「ある夜だった。僕は夢を見た。暗い空間を漂っている夢を。すると、突然声が聞こえてきたんだ。『お前の願いをかなえてやろう』って。それは僕にとって悪魔のささやきだった。ちょうどそのときだったんだ、妹が入院したのは。僕は許せなかった、妹を苦しめたやつらが…だから僕は『はい』と答えた。でもその時は本当にかなうなんて思ってもみなかった。なぜならそれは夢の中の出来事だったから。だが数日後には、あいつらが倒れたと聞いた時は驚いたよ。でも、それを喜んでいる自分もいたことは確かだ」
川島君は苦悶の表情を浮かべている。本当につらかったのだろう。妹を想う川島くんの気持ちが手に取るようにわかった。そして本当にかないだした願いに戸惑いつつも、喜ぶ自分がいたことに。
僕はどうしていいかわからなかった。川島くんの話は、わからないことはない。僕にも妹がいる。もし自分の妹がそうなったら、僕はいじめたやつらを許すことができるだろうか。たぶん許せないと思う。だからこそ、川島君の気持ちがよくわかった。でも、復讐は何も生み出さない。それは昔から言われていることだ。
「でも、こんなことになるとは思わなかった」
川島くんは地面に崩れ落ちた。後悔がその姿から伝わってくる。
「僕は、いじめたやつらに復讐できればそれでよかった。みんなを巻き込むつもりなんて、これっぽっちも思ってなかったんだ」
僕たちはそんな川島くんの姿を見つめ続けた。哀れに思うつもりはないが、どこか同情している自分がいる。ほかのみんなはどう思っているのだろか、こんな川島くんの姿を見て。
「川島、後悔してる?」
今まで一言も発していなかった龍臣が、川島くんに問いかける。その声には、何の感情も見受けられなかった。逆にそれがとても恐ろしく感じられた。
「あぁ、後悔しているよ」
「そうか。こうなったのはその悪魔のせいなのは確かだ。…でも、それでも、お前が悪いんだよ。それは変えられない。お前が弱かったせいでこうなっているんだ。お前は、もっとほかに妹さんにできることがあったのに、それをしなかった。復讐に駆られて大事なものを見失っていたんだ。それを肝に銘じておくんだな」
うなだれる川島くん。屋上に風が吹き始めた。
悪魔に魅入られた人の末路を見ているようだ。僕の中には、言葉には表せない感情がたくさん渦巻いていた。
「川島明人、後悔しているのなら協力しなさい」
夢野さんがそう言うと、うなだれる川島くんの前に立ち見下ろしている。その目には同情のかけらもなかった。川島くんは不思議そうに夢野さんを見上げる。
「協力…?」
「まだ悪魔、つまり夢魔はあなたの夢の中にいる。私たちはそこに行って夢魔を狩らなくてはならないの。そのためにはあなたの髪の毛が必要なの、提供しなさい」
「そ、それは構わないけど…君たちは何者なの?」
「あなたには関係のないことだし、言うつもりもないわ。ほら、早く渡しなさい」
川島くんのほうにグイッと手を突き出す。有無を言わさない態度だった。川島君はまだわけがわからないといった様子だが、髪を二三本抜き、それを渡した。それを満足そうに受け取る夢野さんだった。
「もう、帰ってかまわないわよ。用は済んだから」
「でも…」
「後のことは任せてもらうわ。あなたは自分の弱さを反省しなさい」
「まだよくわからないけど、とりあえずありがとう」
「お礼を言われる筋合いはないわ、ほら、帰りなさい」
「…うん」
こうして川島くんは屋上を後にした。
残された僕たちは、川島くんが出て行った扉を見つめていた。
「それで、あなたはどうするつもりなのかしら?」
夢野さんが龍臣に向かって言う。
「川島の夢の中に一緒に行くかってことか?今回はパスだな。この前、雨宮さんの夢の中に行ったこと、夢管理委員会に怒られたんだよ。だから川島の夢の中に行くのは無理だな。監視が厳しくなった。」
「そう、それは残念ね」
「やっぱり俺がいないとさみしいんだ、夢野さん。それならそう言いてくれれば…」
「馬鹿は死んでも馬鹿なのかしら?」
「ひどい!…いつきは行くんだよな?」
「うん、行くよ。最後まで見届けるために」
「そうか、がんばれよ」
「うん、ありがとう」
こうして僕たちは別れた。
今夜、すべてを終わらすために。