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その声には何の感情も見受けられなかった。ただ淡々とした声であった。しかし、僕はこの声に聞きおぼえがあった。それがどこで聞いたものなのかはさっぱり分からなかったが。
「うわ」
突如、聞こえてきた声に驚きの声を上げる僕だったが、夢野さんはというと顔色一つ変えずにその声に耳を傾けている。龍臣は、見当たらない声の主を探すように、天井を睨みつけている。
『どうして私の邪魔をするんだい?折角、いいエネルギーが手に入るところだったのに』
「あなたこそ誰なのかしら?まぁ、大体想像がつくけどね」
夢野さんは声の主に聞いた。ここで物怖じしない彼女には、いささか感心させられる。まぁ、夢野さんらしいと言えばらしいのだが。
問いかけられた声の主は驚くことなく答える。
『私は夢魔だよ。君こそわかっていて聞くのは、いささかいじわるじゃないか?獏の娘。そして夢管理委員会の犬め!』
「それがどうしたというの。ただあなたの口から聞きたかった駄目よ、夢魔」
『気の強いお嬢さんだね。それなら今回のことは、すべて私が原因だということも分かっているね』
「得ぇ、分かっているわ。だから、もうやめてと私たちが懇願すればやめてくれるのかしら?なるべくなら穏便に済ましたいもの、実のところ」
『やめると思っているのかな?』
「いいえ、まったく」
夢魔との絶え間ない応酬に、僕はハラハラさせられた。このやり取りは、もはや一種の戦いだと考えていいだろう。しかし、まさか夢魔のほうから接触してくるとは夢にも思わなかった。夢の中だけに。面白くないことを言ってしまったが、夢魔はどういうつもりなのだろうか。それがわからない。接触してきても何のメリットもないはずだ。僕たちに追い詰められる前に先手を打とうとしたのだろうか。そんなことを考えていると、突然夢魔が話しかけてきた。
『おや、少年じゃないか、久しぶりだね。覚えているかな?いや、覚えているはずがないか、私が記憶を消したのだから。それにしても、私の邪魔だけはするなと言ったのに、こうなる運命だったのかな。あの時、殺しておけばよかったよ』
「はっきりとは覚えてないけど、なんとなくその声には聞きおぼえがあるよ」
『そうか!さすが力あるものはどこか違うな。そして、もう一人の少年、いや夢魔よ、どういうつもりだ!」
夢魔は、いまだににらみ続けている龍臣に話しかけた。龍臣はまるで汚らわしいというような感じで言葉を吐き捨てる。
「どうもこうもないよ。俺はこっち側についたというだけ。俺自身、夢魔は大っきらいだからね」
『この同族殺しが!』
「なんとでも言えばいい。俺は気にしないから」
『くっ……』
そこで夢魔は押し黙ってしまった。龍臣のこの態度には、昔何かがあったことが推測されるが、今の僕にはそれを知る由はない。龍臣は硬い表情で、地面を見つめている。重い空気が流れる。
そこを夢野さんに鋭い声が切り裂く。
「それより、夢魔。あなた、やめる気はないのね」
『あぁ、当たり前だ。こんなにもたくさんのエネルギーが手に入るんだからな』
「それならば、夢管理委員会はあなたを狩ることにします」
『できるのかな、私の居場所さえわかっていないのだから。はははははははは』
夢魔の笑い声が響く。僕はその声に嫌悪感を抱く。しかし、夢野さんはくすりと笑みを浮かべ、高らかに宣言する。
「可能よ。犯人は分かっているわ」
『…なに!?……』
僕も夢魔と同じように驚いた。犯人が分かっているということは、夢魔と契約した人間が誰かということが分かっているということだ。そこに夢魔がいるのだから。いったい誰が犯人なのだろうか。僕は龍臣のほうを見るが、彼は驚いた様子もなく夢野さんを見つめている。僕も夢野さんを見つめる。彼女はさらに自信たっぷりに言う。
「さぁ、夢魔。あなたを追い詰めたわ」
『で、でたらめを言うな!わかるはずがない、わかるはずがないんだ!』
「そう、ならば明日を楽しみに待つのね、夢魔」
『くそ……』
そういうとぱったりと夢魔の気配がなくなった。
僕は心配になり、夢野さんのほうに駆け寄り尋ねる。
「大丈夫なの?あんなに堂々と宣言しちゃって…」
「平気よ。犯人は分かっているから」
僕は不安げに龍臣のほうを振り返る。すると龍臣は、僕のその顔を見て、優しそうな笑顔を返してくれた。
「大丈夫だって。夢野さんを信じてやれよ、仲間だろ」
「仲間…」
「そうだろ、こんな危機を乗り越えたんだからな。これを仲間といわずになんという。だから信じようぜ」
「…うん!」
「でも、犯人わかったのって俺のおかげでしょ。鍵は最初の事件にありっていう。それなら、偉いのは俺じゃん。夢野さん、お礼のチューは?」
「馬鹿でしょ、あなた。確かにそれが決め手になったわ。そういうことでは感謝しているけど、チューはないわよ」
夢野さんはたぶん悔しそうな顔をしている。僕はそれを見てくすりと笑う。
「なにがおかしいのかしら?」
言葉のはじはじから怒りが見える。しまったと後悔してももう遅い。夢野さんがこちらに向かってくる。僕は後ずさりして、逃げる態勢に入る。そして僕は逃げた。
「ま、待ちなさい!」
夢野さんが追いかけてくるのを僕は必死になって逃げる。それを見て龍臣はやれやれと声に出して、あきれ顔だ。僕は追いかけられながらも、楽しくなってきてしまった。笑いがこみあげてくる。
「はははははははは」
「なにがおかしいのよ!」
夢野さんとの追いかけっこが続く。
「もうすぐ夜明けだぞ」
龍臣が僕たちに向かって言う。それを聞き、僕たちはやっと足を止める。
もうすぐ夜明けだ。こうして雨宮さん救出作戦は幕を下ろしたのだった。