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「あ、あっちいけ」
僕は情けない声をあげながら、足でその影を追いやろうとする。しかし、そんなことでは影を追いやることもできず、そのままこちらへと歩を進めてくる。それに加え、一匹だった影が二匹三匹と数が増えているではないか。僕はどうしたのかと思い、夢野さんのほうを見る。後ろからなので彼女の顔は見えないが、背中がすべてを語っていた。彼女の背中は、上下に揺れ、荒い呼吸をしているのがわかる。それもそのはずだ。休みなくあの剣を振り回していたら、疲れるのも無理ないだろう。そのため影たちは、夢野さんの隙を突いて、こちらに向かうことができたのであろう。龍臣も夢野さんをフォローする余裕がないようだった。
僕はこんな状況になってもどうすることもできないでいた。それもそうだろう、自分は何の武器も持ち合わせていないのだから。
「こっち来るな!あっち行け」
目覚めない雨宮さんを引きずりながら後ずさる僕。せめて武器があれば……あれ?こんな状況前にもあったような気がするのは気のせいだろうか?そうだ!一番最初に悪夢を見たときだ。思い出した。あの時はどうやっただろうか。僕は必死に考える。そして、思い出した。僕はあの時と同じように武器を想う。夢野さんが持っているような剣がいい。雨宮さんをそっと地面に下ろし。目を閉じ、必死に想像する。
その時、自分の右手に突然、何かの感触を感じる。それは次の瞬間、明らかな物体として認識されることとなる。僕は目を開けて、自分の右手をみる。すると、そこにはひと振りの剣が握られている。僕は剣を改めて握り、影と対峙する。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ」
僕は剣を振り上げながら、影たちに突っ込んでいった。そして影一体一体に切りかかっていった。影は叫び声をあげる暇なく、霧散していく。こちらに向かってきていた影すべてを倒し、僕はふぅと一息つく。後ろを振り返り、雨宮さんの様子をみると、無事だった。それにほっとする。武器を手に入れた僕は、夢野さんと龍臣のほうに駆け寄る。
「夢野さん、龍臣、大丈夫?」
「大丈夫に決まっているでしょ。危ないから下がってなさい」
「あぁ、大丈夫だ」
それでも、夢野さんと龍臣は明らかに疲れていた。
「でも、手伝うよ。すごい汗だし…」
「手伝うってどうやって……あ、それ!」
夢野さんは、僕の右手に握られている剣に気付き、驚きの声を上げる。
「これはいろいろあって…」
説明するのが面倒なので、言葉を濁す僕だった。しかし、夢野さんはそれを許してくれるはずもなく、僕に詰め寄る。言っておくが、こんなやり取りの中でも、僕たちは手を止めずに、影たちと戦っている。
「どうしたの、それは!」
「…念じたら出てきたんだ」
「はあぁ?そんなバカなことあるわけないじゃない!」
「ウソじゃないよ、本当だよ」
「まさか、『具現化』の力まであるわけ?あなたいったい何者なの?」
「それは、こっちが聞きたいよ」
「お二人さん、言い合っている暇なんかないよ~」
そう言いながらも僕たちは、影たちを着実に倒していく。初めに比べたら、数はだいぶ減ったかのように思える。それでもまだ十分な数がいる。まだまだ休むわけにはいかない。それに後ろには雨宮さんがいる。ここから先は通すわけにはいかないのだ。
「とにかく、その話はあとね。こいつらを倒すほうが先よ」
「わかった」
僕たちは、休みなく剣や鎌を振るう。剣を振るい、影が霧散していく。それの繰り返しだった。それでも数は少しずつ減っていっている。僕の思い違いかもしれないが、影の数が減っていくたび、重苦しかった空気が軽くなっていっているような気がした。さらに、この真っ暗な夢の中も少しずつ色を取り戻していっているようだった。
そして、最後の一匹となった。最後となった影は、どうしようという風におろおろしているのが見てわかった。しかし、夢野さんはそんなことも少しも気にせず、容赦なく剣を振り上げ、そのまま影に向かって振りおろした。その時だった。切られた影が霧散していくのと同時に、闇しかなかったこの夢の中が、一瞬にして白い世界へと変わった。
「うわぁ~」
「おぉ~」
まぶしかった。それはとてもまぶしく、とても美しかった。
僕たちはしばらくその美しさに見とれていた。
「きれいだな。夢は本来こうあるべきなんだよな」
龍臣が考え深げにそういった。本当に僕もそう思う。夢は楽しいものでありたいと思うのは僕だけではないだろう。人の人生の三分の一は睡眠だ。そう考えると、夢は僕たちにとって身近なものだ。だからこそ憂鬱な朝を迎えないためにも、楽しい夢を見たいものである。
僕は雨宮さんのことを思い出し、彼女のもとへ駆け寄った。彼女を抱き起こすと、
「う~ん……ここはどこ?」
雨宮さんが目覚めた。
「ここは雨宮さんの夢の中だよ。そう言っても分かんないだろうけど…」
「夢の中?」
「そうだよ」
「そうなんだ…これは夢なんだね、良かった」
そういうと安心したのか、雨宮さんは再び目を閉じ、眠ってしまった。僕の腕には雨宮さんの重みをずっしりと感じる。その重みを感じることで、僕は彼女を救い出せて、本当によかったと心からそう思うのだった。
僕たちが雨宮さんを無事救い出し、ほっとしているその時だった。
『誰だい?君たちは』
突如として、声が鳴り響いた。それは、この美しい空間には不釣り合いなくぐもった声だった。