3-(2)
そこにいたのは雨宮さんだった。
しかし、彼女の体は無数の影にからめとられている状況だった。それはまるで十字架にはりつけにされているような状態だった。顔色は悪く、青白い。眠っているようで意識はない。
「雨宮さん!」
僕は、大きな声で彼女に呼び掛けるが返事はない。体をゆすっても、まるで目覚める気配がない。僕はそんな様子を見て、不安になる。
「夢野さん、どうしよう…」
「情けない声出さないで。雨宮さんは死んだわけじゃないわ。まだ生きている。早く助けだしましょう。このままじゃ危険だわ」
「でも、どうやって…」
「とりあえず、この彼女にからみついている影みたいなやつを外しましょう。その後は、またそのときに考えましょう」
そうやって僕たちはまず雨宮さんにからみついている影を外そうとした。しかし、固くからみついていてはずれそうにない。四苦八苦していると、夢野さんが自分の剣を取り出した。
「それで切るつもり?」
「当たり前でしょ。剣は何かを切るためにあるのよ」
そう言って夢野さんは剣を振りかざす。そして、そのまま垂直に振り下ろした。僕は恐ろしく直視できないでいた。
カキン!…
おそるおそる目を開けると、雨宮さんを拘束していた影が切れていた。影はそのまま霧散していった。それと同時に雨宮さんの体が崩れ落ちていった。僕はあわててその体を支えた。
「ナイスね」
夢野さんが僕をほめる。ほめられた僕は、心臓がバクバクだった。うまく支えられたからいいもの、ちょっと間違えたら、雨宮さんは顔面を強打していただろう。しかし、それで目覚めてくれたらどれだけいいだろうと思わなくはない。
「なにがナイスだ。もう少し安全な方法があっただろうに…切り方も切り方だし、もう少しさ…」
「うるさい。切れたのだからいいでしょ」
僕の抗議もすぐさま一蹴させられる。それで何も言えなくなる自分も自分だが…
「でもよかった。雨宮さんを助けられて。それで、これからどうするの?雨宮さんを救出できたのはいいけど…」
「そうね、考えてなかったわね」
「お二人さん、助けて喜ぶのはいいけど、後ろ見てみな」
龍臣がそう言い、後ろを指さす。
すると、夢野さんは険しい顔で何かを見ているではないか。僕はその目線の先を追った。
「ウソだろ…」
その先にいたのは、無数の影だった。それもこの前自分を襲った、顔は獣で体は人間の形をしているあの『影』と呼ばれるものたちだった。大きさは前よりは小さい。それでも僕たちと同じ大きさであったが、その数が尋常ではなかった。十や二十は当たり前にいる。そいつらが、一斉に僕たちを見ているではないか。
「ウソだよね…」
「ウソならよかったわよね。でもウソじゃないみたい。雨宮さんを救いだしたから、出てきてしまったのかもね。向こうは見逃してくれる気はなさそうよ」
無数の影が僕たちを睨んでいる。そして、殺気をぷんぷん感じるではないか。
僕は天を仰ぐ。もう絶体絶命だ。すると、
「ふふふふふふふふふ…」
急に横から笑い声が聞こえた。もちろん夢野さんである。
「なにがおかしいの!?笑っている場合じゃないと思うけど。それともおかしくなった?」
「馬鹿言わないで。おかしくなんかなっていないわよ。楽しいじゃない。こういう逆境こそ楽しまないと」
「それには賛成だね」
龍臣も楽しそうに笑いを浮かべている。すると、彼の手の中にひと振りの大ぶりの鎌が出てきた。
「やっぱり悪魔の武器は鎌だよな~あれは死神か」
「あ~もう!やっぱりどうかしてるよ」
「そうかしら?」
「そうかな」
「で、どうするの?」
「簡単!みんな倒す!」
夢野さん、龍臣が同時に動き出す。
その瞬間だった。無数の影たちがこちらへと向かってきた。それを迎え撃つのは、剣を構える夢野さん。情けないが、僕はその後ろで身構える。数匹の影が夢野さんに向かって飛びかかる。それを見た夢野さんは、飛びかかってくる影に向かって剣をふるう。切られた影は声にならない叫びをあげて霧散していく。それを見た影たちは、一瞬ひるんだかのように見えたがすぐさま立ちなおし、夢野さんへと襲いかかる。夢野さんはそれに対して、剣を右や左に振り、応戦する。しかし、影の数は一向に減る気配がない。
龍臣も夢野さんと同様に、向かってくる影たちを大ぶりの鎌でなぎ払っていた。その顔はとてもうれしそうで、見ているほうは少し不気味なぐらいだ。窯はぶんと音を立てて、影たちを横真っ二つにしていく。
そのときの僕はと言うと、夢野さんや龍臣の後ろで目覚めない雨宮さんを抱えながら、どうすることもできないでいた。ただただ、じっとしているだけであった。そのとき夢野さんの攻撃を逃れた一匹の影がこっちに向かってきた。