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「ただいま~」
救いの声が聞こえた。僕はホッと胸をなでおろす。夢野さんはどこかつまらなさそうな顔をして、玄関に向かった。
夢野先生が帰ってきたのだ。
「おや?高原くん、いらっしゃい。どうしてうちにいるのかな?」
僕はどこから説明しようかと悩んでいると、夢野さんが代わりに分かりやすく先生に説明してくれた。先生はそれで納得してくれたようだ。
「そういうことか。よくわかったよ。それで今夜、雨宮さんの夢の中に行くんだね。高原くん、大丈夫かい?」
「…はい、なんとか。がんばりたいです」
「それは良かった。決めたんだね、自分自身で」
「はい」
夢野先生は満足そうに、僕に微笑みかけてくれた。その笑顔を見て、不安な気持ちが少しだけ和らいだ。
「時間は十時か、まだ時間があるね。夕食にしようか。夢の中に聞くときはリラックスしているほうが望ましいしね。普段通りにいこう」
そして、夢野先生は台所に向かっていった。すると間もなく、いいにおいが部屋に充満してきた。そのにおいに鼻がぴくぴくなる。そんな僕を見て、夢野さんは得意げに言った。
「お兄様は料理も得意なのよ」
「夢野さんは料理するの?」
「当たり前じゃない。かなりおいしいわよ。今度食べさせてあげるわ」
「楽しみにしているよ」
夕食は定番のカレーだったが、とてもおいしかった。そして、時間の十時までテレビを見たりして過ごした。
そして、約束の十時になった。
僕の緊張はマックスだった。硬い表情の僕を見て、二人はくすくす笑っている。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
先生が笑いながら言う。それでも僕の緊張はおさまらない。人の夢の中に行くなんて初めてなのだ、緊張しないほうがおかしい。それにどんな感じなのか想像もつかない。緊張と不安が入り混じり、僕の表情を硬くする。
「リラックスして、高原くん」
「…はい」
「夢子、例のものは用意しているかな?」
「はい、お兄様」
そう言って夢野さんは、先生に雨宮さんの髪の毛を手渡した。先生はそれを見て、満足そうな顔をした。
「これでいいよ、ありがとう」
そんなやり取りを僕は、緊張した面持ちで見守っていた。今から何が起こるのか分からない。不安が僕に押し寄せる。そんな様子に気付いたのか、夢野先生は優しそうな顔でこう言った。
「大丈夫かい?高原くん。そんな緊張しなくても大丈夫だよ。君には力があるから、ほかの人の夢の中にもきっと行けるだろう。行き方はね、同じだよ、いつもどおりに寝るのとね。あとは、この髪の毛が導いてくれるはずだよ」
「そうなんですか…でも、不安で。それに、やっぱり僕が一緒に行っても、足手まといになるんじゃないかと思うんですが…」
「高原くんは助けたくないの?この髪の毛の主の子を。えっと、雨宮さんだっけ」
「助けたいです。友達ですから」
「僕は、その気持ちがあればいいと思うよ。それ以上のものは何もいらない。確かに、足手まといになるかもしれないけど、そうならないかもしれない。それは分からないことだよ。それよりも、僕は気持ちのほうが大事だと思うけどね。もし何かあっても、夢子がいるから大丈夫だよ。心配しないで」
「…はい」
先生のその言葉で、僕自身少し落ち着きを取り戻したかのように思える。そして僕は決意する、必ず雨宮さんを助けると。
「いい顔になったね。それじゃあ、始めるか」
その言葉を合図に、夢野さんたちは布団を二組、敷き始めた。並べられる二組の布団を見るとだんだんと恥ずかしくなってきた。考えすぎだと頭を振り、邪念を振りはらう僕。その様子を夢野さんが疑いのまなざしで見つめている。あわてて誤解を解こうとするが、夢野さんはもうこちらも見ていない。
「準備はできた。二人とも布団に横になって」
先生がそう言い、僕たちを促す。それに従い横になる。左の布団に夢野さんが、右の布団には僕が横たわる。木目調の天井が見える。
「さぁ、リラックスして。二人ともこの髪の毛を握っておいてね」
先生は、寝ている僕たちの間の手に髪の毛を握らした。つまり、髪の毛は僕の右手と夢野さんの左手で握られている。僕はその手に力を込める。その力が伝わったのか、夢野さんも髪の毛を強く握りしめる。
「忘れものだよ、夢子」
そう言って先生は、夢野さんに何かを渡している。こちらからはちらっとしか見えなかったが、何か銀色の棒状のものだった。
「ありがとうございます、お兄様。では、いってきます」
「いってらっしゃい。心配しなくても僕がずっと見守っているから、何かあったらすぐに起こすよ。だから大丈夫。高原くん、夢子、気をつけてね」
「いってきます」
僕はそう言い、眼を閉じる。見えるのは天井ではなく暗い闇。僕はゆっくり深呼吸をし、自分を落ち着かせ、寝ようとする。しかし、こういう時こそ、なかなか眠れないものだ。焦る僕。そのとき、
「大丈夫よ」
夢野さんの声。その一言で僕は落ち着きを取り戻し、再び眠りに就く。そして僕は深い、深い眠りの世界へと誘われていった。