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無限のナイトメア  作者: 高月望
五日目―眠り姫の夢
28/40

2-(1)


 日は落ちかけ、空は鮮やかなオレンジ色に輝いている。そんな空には筋状の雲があり、まるでグラデーションをかけているようだった。

 そんなきれいな空なのに、夢野さんを前に僕たちは黙々と歩いていく。この間一切のおしゃべりはない。ただただ黙って歩いているだけだ。

 龍臣とは、あの後すぐに別れた。別れる際、彼はこう言った。

「待ち合わせ場所は。雨宮さんの夢の中な。時間は十時。分かったか?遅れるなよ、じゃあな」

「わかったよ、またあとで」

 だから僕は夢野さんの家に泊まるため、二人で彼女の家に向かっている。その間に、僕の家に寄ってもらい、いろいろ準備はしてきた。親には龍臣の家に泊まると言ってきた。本当のことはさすがに言えないだろう。でも、なぎはカンがいいのか疑っていたけれど…何とかごまかしてきた。

 こうして、二人で歩いているが、別に話したいわけではない。でも、こうも無言だと落ち着かない。かといって夢野さんと何を話していいか分からないし、彼女と楽しそうにおしゃべりするなんて想像もつかない。まだ彼女との距離の取り方が分からない。だから、ただ黙って歩くしかないのだった。

 それでもこの沈黙に耐えられなくなった僕は、夢野さんに勇気を出して話しかけてみた。

「あの、夢野さんは……」

 しゃべりだしてすぐ、僕は後悔した。何故なら何を話そうか考えていなかったからだ。自分自身からどっと汗が噴き出るのを感じた。

「なにかしら?」

 夢野さんは後ろも振り返らずに答える。

「えっと…う~んと……」

「はっきりしないわね」

 だんだんと夢野さんの背中がイライラしてきているのが伝わってくる。それを感じ取った僕は、ますますおろおろするばかりだった。ダメな僕である。

「ゆ、夢野さんってお兄さんと二人暮らしなの?ご両親は?」

 僕は思いついたことを聞いてみた。しかし返ってきた答えは、自分が想像していたものとは全然違うものだった。

「死んだわ」

 あまりにも普通に言うので、聞き間違えかと思った。でも、そうではないらしい。

「ご、ごめん。僕、知らなくて」

「なに謝っているの?知らなくて当たり前じゃない。私は言ってないんだもん。だから、謝らなくていいわ。それに私にはお兄様がいるもの、さみしくなんかないわ」

 僕は後悔した。よりによってこんな質問した自分を責めた。責めたところであとの祭りだが、僕は彼女の背中に向かって、何度も心の中で謝った。

 僕は何も言えなくなった。再び沈黙が訪れる。

 歩いている最中、何人もの人とすれ違ったが必ず夢野さんのきれいさを見て、振り返ってくる。それを見るたび僕は居たたまれなくなってくるのだ。何故なら僕は夢野さんとは不釣り合いだから。きれいで、そして強い彼女とは…それに比べて僕は…

 そんなことを考えていると、夢野さんが急に立ち止まった。

「着いたわ」

 僕も立ち止まり顔をあげると、そこには、ひなびた木造二階建ての古いアパートが目の前にあった。錆びた看板には『朝倉荘』と書いてあった。

 自分の想像とはまるで違う物体が目の前にある。もっと豪邸に住んでいるイメージがあったのだ。夢野さんのしゃべり方や物腰から絶対お嬢様だと思っていた。それは僕の勝手な想像にすぎないのだけれど。

 僕が唖然としていると、僕の心の中を読んだかのように夢野さんが話しかけてきた。

「もっと豪華な家に住んでいると思ったかしら?残念だったわね、こんなボロアパートで。でも住んでみると結構快適なのよ」

「いや、そんなことは思ってないよ。でも、けっこう古いね…」

「住めば都よ。お兄様と二人暮らしだから、これでちょうどいいのよ」

 そう言うと夢野さんは外の階段を上がっていく。僕もそれに続く。階段がみしみしと苦しそうな音を上げているが、気にしてはいけない。

 階段を上って、一番奥の部屋が夢野さんの部屋のようだ、夢野さんがカギを開ける。

「さぁ、どうぞ。あがってちょうだい」

「おじゃまします」

 玄関で靴を脱ぎ、部屋に入る。そこは八畳一間の部屋だった。それに小さな台所とバス、トイレが付いている。ここで二人は狭いような気もしなくはない。

「座って。お茶ぐらい入れるわね。お兄様はまだ帰ってきてないみたいね。少し待っててもらえるかしら」

 そう夢野さんは言い、台所に向かう。僕は部屋の真ん中にあるちゃぶ台の近くに腰を下ろす。そして物珍しそうにあたりを見渡す。考えてみれば、女の子の部屋に来たのはこれで二回目。雨宮さんの部屋が初めてだったが、それに比べると…しかし、ここを女の子の部屋と呼ぶにはいささか疑問が残る。もう少しときめきがあってもよかったのだが…

「お茶よ」

 そんなことを考えていると夢野さんがお茶を持ってきてくれた。それをちゃぶ台の上に置く。

 沈黙……

 考えて見れば今、僕は夢野さんと二人っきりである。そう考えると急にドキドキしてきたではないか。僕がそわそわしていると、夢野さんはそれに気付き、意地悪そうに微笑んだ、ように見えた。そして、こう言ってきた。

「なにを考えているのかしら?いやらしい。やっぱり変態なのね、あなたは」

「べ、別に何も考えてないよ。それに変態では決してない!」

「本当かしら?」

 そう言って夢野さんはだんだんと僕に近づいてくる。じりじりと距離が詰められていく。それに合わせて僕は後ずさりする。僕の後ろには壁がだんだんと近づいてくる。もう逃げられないと思った瞬間…



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