1-(3)
昼休みになった。
今、僕は龍臣と夢野さんとともに屋上にいる。屋上はめったに人が来ないので、話をするには好都合な場所であった。天気はいいが、屋上にはまだ冷たい風が吹いていた。風で夢野さんの長い黒髪がなびいている。それをうっとしそうに髪をかき分ける彼女の表情は、どこか硬かった。
「どういうことなんだろう?」
「いきなりね」
僕がポツリとつぶやいたことに、夢野さんが丁寧に答えてくれた。機嫌が悪いということではなさそうだ。
「目が覚めない人が出てきているってこと。やっぱり悪夢のせいだよね」
「そう考えて間違いないでしょうね。エネルギーを吸われすぎたのよ。感受性が強い人などは影響を強く受けるわ。急がないとまずいわね、このままだと…」
「このままだと死んじゃうってこと?」
「そういうことね」
「…妹も悪夢を見たって言っているんだ…」
「広がり始めているのね、学校外にも…」
それで僕たちは黙ってしまった。風は相変わらず強く吹いている。
そんな沈黙を破ったのは、夢野さんのほうだった。
「雨宮さん、休んでいたわよね。お友達じゃないの?」
「と、友達だよ…ねぇ、龍臣」
「当たり前だろ。あんなかわいい子、友達じゃなかったら何なんだ!でも、一回もデートしてくれないけどな…」
しょんぼり顔の龍臣にあきれる僕。だが次の瞬間には、真剣な顔に戻っていた。この切り替えの速さにはいつも感心してしまう。龍臣は話を続ける。
「万が一に風邪だったらいいなぁと思ってさ、女の子たちに話を聞いたんだけど、やっぱり雨宮さんも目が覚めないらしいぞ」
「なら心配ね、雨宮さんのこと」
「あぁ、とても心配だよ…」
風は少しも止むことなく、強く吹き続けている。僕は、休んでいる雨宮さんのことを思う。しかし、考えれば考えるだけ不安になってくる。もしものことを考えてしまう。
「お見舞いに行きましょう」
夢野さんは唐突に行った。いきなりすぎて、僕は一瞬理解できなかった。
「お見舞いに行きましょうと言ったのよ」
「いきなりどうして?」
「このまま考えていてもどうしようもないでしょ、何か行動に移さないと。それに心配なんでしょ?」
「それはそうだけど…」
「それなら決定ね。放課後に行きましょう」
淡々と問答無用に決めていく夢野さんに、僕ははいとしか言えなかった。それに雨宮さんが心配なのは心配だから、ここで断る理由もない。こうして僕たちは放課後、雨宮さんの家に向かうことになったのだった。
放課後になり、僕たち三人は雨宮さんの家を目指し歩いていた。
僕は、雨宮さんの家がどこにあるのか知らないのだが、夢野さんは迷いなく僕の前を歩いている。しっかりした足取りだ。僕は気になって聞いてみた。
「夢野さん、雨宮さんの家知ってるの?」
「先生に聞いたのよ。お見舞いに行きたいから教えてくださいって。そしたら快く教えてくれたわ。あなたもそれぐらいのことはしたらどうなの」
「…すみません」
僕たちは足を止めることなく、進んでいく。何の変哲もない閑静な住宅街だ。近くの公園からは子供たちの遊ぶ声が聞こえてくる。そこで、夢野さんが急に立ち止まった。急に立ち止まったので僕は夢野さんにぶつかりそうになり、あわてて足をとめた。夢野さんが見つめる先に会ったのはありふれた家だった。表札を見るとそこには雨宮と書かれていた。ここが雨宮さんの家かと眺めるが、別に変ったところがあるわけではない普通の二階建ての家だった。
夢野さんはためらうことなくインターホンを押す。僕はというとまだ心の準備が出来ていなかったので、あたふたしてしまった。夢野さんにとってはそんな僕の様子もどこ吹く風だ。
すると、インターホンから女の人の声が聞こえてきた。
「はい?どちらさまですか?」
その声はどこか疲れ切ったように憔悴した声だった。雨宮さんのお母さんであろう。
「私たちは美雨さんと同じクラスのものです。お見舞いに来ました」
夢野さんが答えると、ガチャと玄関のドアが開く音がした。見ると疲れた様子の雨宮さんのお母さんがそこに立っていた。
「わざわざどうも。でも美雨はいま、会える状態ではないので、お気持ちだけで…」
「それでもいいです。一目だけでも会わしてはもらえないでしょうか?」
雨宮さんのお母さんはやんわりと僕たちを帰そうとするが、夢野さんは食い下がらない。その気迫に負けたのか、
「……では、どうぞ」
雨宮さんのお母さんに招き入れられ、僕たちはお邪魔することとなった。




