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「おはよう!」
それは清々しい朝だった。ここまで清々しい朝があっただろうか。ここ数日は悪夢にうなされるばかりで、とてもじゃないがいい朝を迎えることはなかった。そう考えると、悪夢を見るということは精神的に大きなダメージを与えるものなのだと痛感する。
僕は軽い足取りで一階へと降りていく。
すると、リビングには対照的な顔があった。
妹のなぎが目の下にクマを作って、リビングのテーブルに突っ伏している。
「どうしたんだ?なぎ」
心配してなぎに声をかける。
「ちょっとね……」
答える声には覇気がない。
「ちょっとって…ちょっとじゃないだろうその様子じゃ」
「もう、うるさいよ、お兄ちゃん」
そんなとき母親がふふふと笑いながら口を挟んできた。
「なんかね、この子、怖い夢を見たみたいなのよ。ほら数日前にもいつきが怖い夢を見たって言ったじゃない。あれと同じよ。早く起きてきたのよ、なぎも」
「もう、お母さん、何で言うのよ!この前、お兄ちゃんを散々バカにしたのに…自分までもがこんなことになるなんて恥ずかしいよ」
母親にばらされて、ご立腹のなぎである。
しかし、そんなことはどうでもいい。夢、夢だって!一瞬にして僕は、不安に襲われる。嫌な予感がする。僕はそんな予感を振り払いたくて、なぎに質問する。
「夢って、どんな夢だったんだ?」
「どうしたの、お兄ちゃん?顔色悪いよ」
「僕のことはどうでもいいんだよ。どんな夢だったか聞いているんだよ」
「ヘンなお兄ちゃん。なんでそんなこと知りたいの?まぁいいけど…見た夢はね、真っ暗な部屋みたいなところに一人でいたんだけど、そこを歩いていたら急に大きな眼が現れて、こっちをジロッて睨んでくるの。もう怖かったんだから。これでいい?」
「……あぁ、ありがとう……」
嫌な予感は当たってしまった。これはいったいどういうことなのだろうか。今までは自分の学校内だけだったのが、外にまで広がっているということなのだろうか。それは大変なことではないか。僕は大きな不安に駆られる。考えてみるとそうだ、何も自分たちの学校内だけで事態が収まるとは限らないのだ。しかし、僕はあくまで学校内で起きたこととしか認識していなかった。ここまで夢魔の力があるなんて考えもしなかった。
「なぁ、なぎ。なぎの学校では、なぎが見た夢と同じ夢を見たって子はいないか?」
「はぁ?いるわけないじゃん。何言ってんのお兄ちゃんは」
「そうだよな、ごめん」
僕はホッと胸をなでおろす。まだそこまでは広がっていないようだ。しかし、時間の問題なのかもしれない。
「あぁ、眠い…」
なぎが大きなあくびをする。
僕の気持ちとはうらはらに。
僕は朝食を急いで食べ、学校へと向かう。
「いってきます!」
僕は焦っていた。このままでは、町中の人が悪夢を見るようになってしまうのではないかと怖かった。だから、早く夢野さんに会いたかった。会ってこれからのことを、今すぐにでも決めたかった。それぐらい僕は焦っていたのだ。でも、この焦りが学校について益々増長されることとなるとは、この時の僕は思ってもみなかった…