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「…なにしてるの?」
そこにいたのは夢野さんだった。男同士で何をしているんだといった軽い軽蔑の目だった。僕たちはいそいそと離れていった。
「ど、どうかしたのかな?夢子」
「お兄様、今回の事件、さっぱりです」
どうやら夢野さんは、今回の事件のことが分からなくなって、お兄さんである夢野先生に泣きついてきたみたいだ。すると、龍臣がドヤ顔で夢野さんに宣言した。
「今回の事件、鍵は最初にある。そんな気がする!」
「最初って?」
僕が聞き返すと、龍臣は待ってましたと言わんばかりの態度で語りだした。
「夢魔は、まず契約するために人の願いをかなえてやるということが多い。だとすると、表向きは願いをかなえなくてはいけない。そうしないと、契約が破たんするかもしれないからだ。まぁ、一度契約すれば切れることはないんだけどね。でも、夢魔は律義な奴が多いから、きっと願いをかなえている。それはきっと最初のほうだ。叶えちまえばあとは好きにしていいんだからな」
「つまり、最初の被害者はその誰かの願いをかなえた結果だということね」
夢野さんが、無表情だが何かを考え込みながら龍臣の言葉をつなぐ。
「そう!だから最初の被害者の関係者を調べればいいんだよ」
僕は感心した。龍臣の推理は的を得ている。
しかし、一番最初は誰なんだろうか?
すると、夢野先生がおそるおそる手を挙げた。
「何か思い当たることがあるんですか、お兄様」
「保健室にいるからね、いやでも情報は入ってくるし、具合が悪くなれば真っ先に来てくれるからね。だから僕は知っているよ、一番最初の被害者を」
そう言うと夢野先生はそ~っと奥のベッドを指さした。
「あそこに眠っているのは、一番に目覚めなくなった生徒たち。そして、高原くんは知っているよね、一斉に三人が運ばれてきた朝のことを。あれが最初に倒れた生徒たちだった。ともに同じ生徒。そしてその生徒たちは倒れる二、三日前から悪夢にうなされていたそうだよ」
僕はしばらく考え、あぁと思いだした。確か、川島くんを保健室に連れていったときだ。
「そう、あそこにいるのは一年五組の三人の女生徒だよ」
僕たちが帰ろうとすると、夢野先生が後ろから僕をひきとめた。
「あぁそうそう、高原くんに渡そうと思っていたんだ」
そうして渡されたのは安産のお守りだった…
「あの~これ何ですか?僕、妊娠してませんけど…」
「ち、違うよ。入れるものが他になかったからこれになっちゃったけど中身は違うよ。このお守りに術をかけておいたんだ。これを枕元に置けば、悪夢を見ないですむよ」
「そうなんですか!ありがとうございます」
僕はギュッとそのお守りを握りしめた。これであの悪夢を見ないで済むと思うと、うれしかった。
「よかったな、いつき」
「うん、でも、僕だけこんなの貰っていいのかな?他の人も悪夢に苦しんでいるのに…」
「そうだね…でも大量に作れないしね…それに高原くんは夢管理委員会の一員だし、仲間を守るのは当たり前でしょ」
「お兄様、聞いていません、そんなこと!」
夢野さんが僕を睨む。いや、彼女の場合は無表情で見つめるというのが正しいのかもしれない。それはそれでこわい。
僕はその睨みに身をすくめる。
「高原くんは力があるんだから、僕たち夢管理委員会でサポートしていくのは、当たり前のことじゃないかな、夢子」
「…お兄様がそう言うなら…」
しぶしぶ了承したといった感じだ。
「夢管理委員会に入ったからって、私の邪魔はしないでよね」
「…そんなことをするつもりはないよ」
僕は先が思いやられると感じ、ため息をついた。あれほど僕に付きまとっていた夢野さんが、いざそっち側に行った途端、手のひらを返したが如く邪険に扱う。なぜか、理不尽さを感じる僕だった。これからうまくやっていけるのだろうか。夢野さんとは仲良くなりたいと思っていたが、まさかこういう形で関わるようになるとは、初めて会った時には思ってもみなかったことだろう。
こうして僕の世界は、がらりと一変したのだった。