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僕は急いでいた。
なぜ急いでいるかというと簡単なことだ、遅刻しそうだから。朝遅くまで寝ていたせいで、いつもより遅い時間に出る羽目になった。走って学校に向かう。
僕の通う高校は住宅街の中にあり、その利便性と制服のかわいさから人気の学校となっている。大きさは全校生徒六百人というまあまあ大きな学校である。一応、進学校である。
そんな学校への通学路は、鳥のさえずりに加えて、登校する同じ学校の生徒たちの笑い声が聞こえてくる。今日は天気も良く、清々しい朝の日差しが降り注いでいた。
僕は立ち止まり、携帯を出し時間を見る。走ったおかげだろうか、十分に間に合う時間帯だ。僕はホッとし、ゆっくり歩き出した。呼吸を整えながら、朝の空気をいっぱい吸う。清々しい空気が肺に満ちていくのを感じる。差の日差しも春の陽気を含み、温かく気持ちいい。
そんなポカポカ陽気で歩いていると、急に首に重みを感じるではないか。見ると首に誰かの腕が巻きついている。その重みで体がだんだんとのけぞっていく。しかもその腕はだんだんと自分の首を絞めてつけていく。次第に息をするのも苦しくなってきた。このままじゃ死ぬ。身の危険を感じ、
「ギブ、ギブ!」
僕はその腕をたたきながら、必死に降参を訴える。するとその腕はすぐにほどけていった。僕は誰だと思い、首をさすりながら後ろを振り返ると、そこには見知った顔があった。
「驚いた?おはよう、高原いつきくん」
満面の笑みで僕にあいさつしてくれたのは、僕にとって数少ない女の子の友達である雨宮美雨さんだ。彼女はクラス委員長でもある。しっかり者で誰にでも優しく、平等に扱ってくれる人だ。そのためクラスの人たちからの信頼も厚い。頭もよく、学年トップ。その座を今まで一度も明け渡したことがないそうである。
「歩いていたら、高原くんの後ろ姿が見えたから、つい抱きついちゃった。へへへ」
「…むやみに男の子に抱きついちゃいけません」
「どうして?高原くん、嫌だった?」
「そ、そうじゃないけど…」
「…分かった、これから気をつけるね」
今の会話で分かるように、雨宮さんはちょっと天然なところがある。またそこがかわいいという男子生徒も多くいるらしい。僕もその一人である。
そして僕たちは一緒に学校へと向かうこととなった。横に二人並んで歩いていると少し恥ずかしい気がするのはどうしてだろう。僕が意識しすぎているからなのだろうと思うけど…
「あ、そうだ。高原くんは知っているかな?」
「えっ、な、なにが?」
突然、話を振られて驚く僕。今、自分が考えていたことを思い返し、顔が熱くなるのを感じた。
「あれ、高原くん、顔赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ。それで何?」
「あ、えっとね、今日、転校生が来るんだよ」
「今日?急だね」
「そうなの。先生がみんなを驚かしたくて内緒にしたいみたい。だからみんなに言ってないんだけど…私は委員長だから教えてもらってて……あっ!しまった。内緒だから高原くんにも言うのはまずかったのかな?でも、もう言っちゃったし……どうしよう」
おろおろする雨宮さん。そんな姿を見て僕もおろおろしながら答える。
「い、いや別にいいよ。ただ今日の転校生が来るというサプライズがサプライズではなくなったって言うだけだし、大した損害ではないよ。それにみんなが知らないことを知っているという優越感があっていいと思うし」
「ご、ごめんね…」
「あ、謝るようなことじゃないよ」
「で、でも……」
本当に申し訳なさそうに謝る雨宮さんの姿に、僕もどうしていいか分からずにいる。こういう時にちゃんとフォローできる人間になりたいと思うが、今の自分ではそうはいかず、あわてて話題を振ってみる。
「で、転校生って男?女?」
「…話では女の子だよ」
「女の子か……」
「高原くん、何か企んでいる?」
「なにを言いますか。企むことなんてないよ、どっかの誰かさんとは違って」