1-(2)
「どこ行くんだ?いつき」
龍臣が急いでいる僕に声をかけてきた。
放課後、僕は保健室に向かおうとしていた。なぜかというと夢野先生に会いに行くためだ。夢野先生にも夢魔のことなどを聞いておきたかったからだ。夢野さんの話だけではまだ僕は信じきれないでいた。しかし、大人の夢野先生から話を聞けば、信じることができるような気がしたからだ。
「保健室!」
「あぁ、俺も一緒に行っていいか?」
「え、でも…」
「いいから、いいから」
龍臣はそう言って僕の首に腕を回し、逃げ切れないようにした。そのまま仕方なく、僕は龍臣と保健室に向かうことになった。しかし、龍臣がいると夢魔の話ができないではないか。何とかして、僕はひとりで保健室に行けるように龍臣を返さなくてはならないが、いい言い訳を思いつくことができないでいた。その間、龍臣の腕はがっしりと僕を離そうとはしなかった。
僕は思った、夢の中で龍臣に会った時のことを。その時に夢野さんと同じように違和感を抱いた。それはつまり龍臣も獏なのか…?それとも今回の事件の犯人は…龍臣?もしかして、僕が先生に何を話すか知っているのか?そんな妙な考えが次々に浮かぶ。僕は首を振り、その考えを打ち消す。
「どうかしたか?」
龍臣が顔を覗き込んでくる。目の前に龍臣の顔が来る。その目を見るとキラキラと輝いているではないか。とてもじゃないが犯人だとは思えなかった。それに龍臣とは付き合いが長いし、親友みたいなものだ。僕は一瞬でも龍臣が犯人じゃないかと思った自分を恥じた。
そして僕たちは保健室にたどり着いた。
ドアを開けてみると、そこは地獄のようだった。
保健室の中は、たくさんの生徒でごった返していた。生徒たちは夢野先生に、頭が痛いや体が重いなどの不調を訴えていた。その中で先生は、行ったり来たりせわしなく動いていた。とてもじゃないが、話を聞ける状態ではなかった。
すると先生が僕たちに気付いて、駆け寄ってきた。
「僕に用だよね。もう少し待っていてくれるかな?これをさばいたら時間が取れるよ。話は夢子から聞いているからさ」
「分かりました、待ってます」
僕たちはいったんドアを閉めて、廊下で待っていることにした。しばらく待っていると、保健室から続々と生徒が出てきた。一体先生は何をしたのか分からないが、生徒たちは初め見たときよりもだいぶいい表情で出ていった。すると、ドアからひょこっと先生が顔を出した。
「お待たせ、どうぞ入って」
そう言って僕たちを招き入れた。
保健室はがらんとしていた。でも、奥のベッドは埋まっているみたいだった。
先生がイスを出してくれたのでそれに座る。
「それで話って何かな?まぁ、大体は見当が付いているんだけどね。それにしても、君までいるのはどういうことかな、瀬田くん?」
「いつきが心配だったからね。ついてきただけだよ」
「いいのかい?君のことが分かってしまうけれど」
「かまわないよ。それにいつきはもうこちら側の人間なのだろう?」
「う~ん、微妙な立場ではあるよ。でも、すべてを知っているということでは、こちら側というのは正しいかな」
話を進める二人に、僕は完全に置いてけぼりだ。僕はそんな二人を制した。
「あの~そっちで勝手に話を進めないでください」
「あっ、ごめんね。それで話は何かな?」
僕は意を決して夢野先生に尋ねる。
「…夢野先生は獏なんですか?」
「そうだよ。夢子から話は聞いたんだよね?」
「はい。だけど信じられなくて…」
人はこういう場合どうするのだろうか。自分たちが信じてやまない世界には、もう一つ知らない世界があって、その世界の存在を急に知らされたら…つまり自分たちの概念を覆されたら、人はどうなるのだろう。今の僕のように、戸惑い、困惑するのだろうか。
夢野先生は優しい顔で、僕を見つめる。そして柔らかな声で語りかける。
「確かに信じられないのも無理はないと思う。でもね、夢子の話したことは紛れもなく真実だ。これは誰にも変えられない。では、高原くんはどうするか。それは君自身が決めることだよ、これまでの話に耳をふさぐか、話を聞いたうえで前に進むかは。それに高原くん、君には力がある。その力をどう使うかも君が決めることだ。何でも君自身に決めさすのは酷かもしれないが、それでも僕は君に決めてほしい。そしてその答えによっては、僕たちは喜んで力になるよ」
静けさが室内を埋め尽くす。夢野先生も龍臣も一言も発しない。まるで僕の答えを待っているかのように、僕を見つめる。
僕はどうするべきなのか…答えはすぐに出せるものではない。優柔不断の僕の心はぐらぐらと揺れている。僕は二人の視線に耐えきれず、視線をそらす。そして、奥に並ぶベッドを見つめる。すると夢野先生がその視線に気付いたのか、ゆっくりと語りだす。