1-(1)
今日はなんとなくだが、学校に行くのが少しためらわれた。いや、なんとなくではない。
理由はある。昨日の夢の中で起きたこと、あれは本当に起きたことなのだろうか。夢なのではないか、いや夢の中で起きたことだから夢なのだが…考えるとわけがわからなくなってくる。でも確かなことは、夢野さんとはどんな顔で会えばいいか分からないということだ。
彼女は自分を人間ではないと言っていた。しかも、獏であるとさえ言っていた。
僕はいまだにその言葉が信じられなかった。夢から覚め、冷静に考えてみるとやはりおかしいとしか思えない。夢野さんの頭がおかしいのか、自分が信じていないだけで彼女の言うことは正しいのか…
獏…夢を食べるあやかし。夢野さんの正体。
夢魔…それは夢の中にいる悪魔。今回の事件の原因。
僕にとってそれはファンタジーの世界のことで、まるで現実味を帯びていない。夢野さんの話自体は理解できたが、それを受け入れるかどうかはまた別問題であろう。
そんな事を思いながら学校に向かったのだが、夢野さんは普通に教室の自分の席に座っていた。僕とはまるで何事もなかったかのように。
そしてある授業中、僕は彼女の獏としての片りんを見てしまった……
「えぇ~ここの数式は……」
先生が必死で授業を行っている。しかし、よく見るとちらほらと眠っている生徒がいる。
僕は斜め前の男子に目を向けると、案の定すやすやと眠っている。とても気持ちよさそうだ。ときどきニヤニヤ笑うのはどうしてだろう。すごく気になる。
そんな時だ。
その寝ている男子生徒の頭から白い煙のようなものが出始めたではないか。
僕は驚き、その煙を凝視する。隣の川島くんは全く気付いていないようだった。すると、その煙は後ろのほうに向かって流れている。僕はその煙を目で追っていった。
行きついた先は夢野さんのいる席だった。よく見ると煙は、夢野さんの手のひらで玉のように形をなし、集まっている。煙が男子生徒の頭からで終わったときには、手のひらのそれは白い大きな飴玉のようになっていた。
そして、夢野さんはそれをパクっと食べてしまった。
「えっ…」
僕は驚愕した。あれを食べてしまった……
そんな僕の様子に気付いたのか、夢野さんは平然とした様子で話しかけてきた。
「あら、見えたの?やっぱり力があると見えてしまうのね」
「今の何?」
僕は、黒板の前の先生を気にしながらも夢野さんに尋ねる。
「今のは夢よ。夢を食べたの」
「夢?今のが?」
「そうよ、夢。獏だから夢を食べて何が悪いの?」
「悪いとは言ってないけど…夢って白い煙のように見えるんだ…」
僕は感心した様子でうなずいた。夢を実体化すると、あんな白い煙のようなものになるみたいだ。なんかイメージしていたのと違う。もっとキラキラした明るいものをイメージしていたので、僕自身がっかりである。
「でも、あんまりおいしくなかったわ」
夢野さんは残念そうにつぶやく。
「夢にもおいしい、おいしくないってのがあるの?」
「当たり前じゃない。今のはおいしくなかったわ。この子、なんかいやらしい夢でも見ていたみたいね。そういう夢はおいしくないわ。もっと楽しそうな夢はおいしいの。怖い夢とかは最悪ね」
「夢の内容まで分かるんだ…」
これで男子生徒がニヤニヤ笑っていた理由がわかったが、僕は一つ心に決めたことがあった。もう、夢野さんの前では寝るようなことはしないでおこう。夢を食べられてしまう、夢を見られてしまう。それだけはごめんだった。
「あぁ、そうだ。夢って見たことは覚えているけど内容は覚えてないってことが多いけど、それって獏に食べられているからなのかな?」
僕は思いついたことを口にした。
すると、夢野さんはクスッと笑って、
「それはどうかしらね」
と言った。
僕は絶対何かあると思ったが、それ以上は口にしなかった。なぜか聞いてはいけないような気がしたからだ。
「そこ、うるさいぞ!」
先生に注意されてしまった。みんなの注目を浴びながら、僕はいそいそと前を向いたのだった。もちろん夢野さんは何食わぬ顔である。
そんなことがあった授業中。
しかしそれ以外、僕たちは話をすることはなかった。
夢野さんは転校してきてからは友達を作らず、席で本を読むばかり。それをほかの男子たちが見ているというのが当たり前となっていた。
僕はというと、休み時間は雨宮さんや龍臣と話をしたりして過ごすのだけれど、この日は夢野さんのことが気になって、彼女のほうばかり見ていたかもしれない。