2-(3)
「言うわ…私は人間じゃないの。人間ではない、あやかし。夢を食らい、夢と共の生きる存在、獏なのよ」
「へぇ?」
変な声が出た。夢野さんが言った言葉をすぐに理解できなかった。当り前だろう。自分は人間じゃないなんて、しかもあの獏だって?獏は知っている、中国の妖怪で人の悪夢を食べてくれる良い妖怪だ。それが目の前にいる夢野さんだというのか。バカバカしいにもほどがある。
「何言ってるの?ふざけるのもいいかげんに…」
「ふざけてないわ、真剣よ」
「うそだろ…」
「いいえ、真実よ。こんなときに冗談なんて言わないわ」
沈黙が流れる。いまだにその真実を飲み込むことができない。でも、夢野さんの目は真剣そのものだ。嘘をついている感じもない。ならば、受け入れるしかないのだろうか。
まだ混乱している僕をよそに、夢野さんは話し始めた。
「私は獏だから、人の夢を食べることもできれば、人の夢に入り込み干渉することだってできる。現に今がその状態ね。あなたの夢の中に入り込んでいる。すべての夢は私にとって、食事でしかないわ」
「どうして僕の夢の中に…?僕の夢でも食べに来たというの?」
「気になったのよ、あなたという存在が。あと犯人探しもしなくちゃならなかったから。でも、いざ来てみたら化け物に襲われているじゃないの、最悪ね」
「で、僕について何かわかったの?」
「分かったわ。あなたは私と同じ力がある。つまり夢に干渉でき、他人の夢の中に入り込むことができる。なぜそんな力が、ただの人間のあなたにあるか分からないけどね」
夢野さんが話す言葉がスルスルと耳から耳へと抜けていき、頭の中に残らない。人は自分の理解を超えることがあると、脳はそれを受け入れないのかもしれない。しかし、そんなことも言っていられないのかもしれない。現に謎の化け物に襲われ、学校では大変なことになっているのだから。もしかしたら夢野さんは何が起こっているのか分かっているのかもしれない。立って彼女は獏なのだから…もう、どうにでもなれだ。
「夢野さん、聞きたいことがあるんだ」
「何かしら?」
「今日、学校で同じ夢を見た人がたくさん出てきたのは知っているよね。何か思い当たることはないの?夢については夢野さんのほうがよく知っているだろうし…獏だから、さ」
僕は期待を込めた目で夢野さんを見つめる。ここで、彼女が何かを知っているならどんなに救いになるだろうか。こんな不気味な減少は終わりにしてもらいたい。
「…思い当たることはあるわ。今、それの犯人を探している途中なの」
「犯人っていったいどういうこと?」
「朝の出来事はきっと夢魔の仕業よ」
「夢魔…?」
「獏と同じで、夢の中で生きる悪魔のことよ。人間の夢の中に入って悪さをするの」
「じゃあ、今回の騒ぎは夢魔の仕業なんだね」
僕はそれを聞き、なぜかホッとした。科学で証明できないような不可思議なことが起こり、僕はただただ不安だったのだろう。それが今、一つの答えにたどり着いた。その答えが突拍子のないことでも、それでも原因がわかったことは僕にとって大きな一歩のように思える。
「原因は分かったけど、それからどうするの?」
「言ったじゃない、犯人を見つけるって」
「犯人は夢魔なんでしょ?」
「違うわ、人間よ」
「えっ…どういう…」
犯人は人間だという言葉に僕は絶句した。僕は夢野さんを見据えた。その目は嘘偽りのないまっすぐな瞳だった。つまり本当に犯人は人間の誰かなのだろう。僕は信じられなかった。そして夢野さんは話を続けた。
「夢魔は確かに人に悪さをする。でも、その力は微々たるもの。その力を最大限に発揮できるのは、人間と契約したものだけよ。つまり今回の事件は規模からいって、人間と契約した夢魔が起こしたものだと推測される。よって私はその契約した人間を探さなくてはならないの。そこに夢魔もいるだろうからね」
「どうやって探すの?」
「まず契約内容を推測して、そこから今回の事件に当てはめて考える。そして関わりの深い人物を特定するってところかしら。契約内容によくあるのは、お前の願いをかなえてやるということが多いわ。だからこの事件で誰かが願いをかなえてもらっているだろうから、そこから考えるしかないわね」
彼女の言葉はもっともだった。確かに犯人を見つけるにはその方法しかないだろう。みんながみんな同じ夢を見るこの事件の裏側で、誰かの願いが叶っている。しかし僕にはどんな願いなのか見当もつかない。そんな僕の表情を読み取ったのか、夢野さんは無表情のまま、僕に話しかけた。
「心配しなくても大丈夫よ。こっちは一応プロよ。すぐにでも犯人を特定するから。それにお兄様もいるし」
「やっぱり、夢野先生も獏なんだ…」
「当たり前でしょ、兄妹なんだから。はぁ、少し話しすぎたわね。疲れてしまったわ」
「そ、そうだね」
夢野さんのいつもの教室にいるときから考えると、確かに今夜は饒舌だった。こんなにもしゃべる彼女を見たことがなかった。しかし考えると、これだけしゃべれるということだから、もっと教室では話してほしいと思う。でも、これだけしゃべる夢野さんを自分だけが知っているということは、なんだか特別になった感じがする。きっとほかの男子はうらやましがるだろう。そんなバカなことを考えていると、
「もうすぐ夜が明けるわ」
夢野さんは周りを見渡しながら、そう告げた。彼女には分かるのだろう、もちろん夢に関してはエキスパートの獏なのだから。
「早く目覚めることをおすすめするわ、この悪夢はよくないものだから」
「よくないって?」
「人のエネルギーを奪う悪夢みたいね。あまり見すぎると、人体に影響を及ぼしかねないわ」
「そ、そんなの聞いてないよ!」
「今、言った」
「じゃあ、見ている人みんなに影響があるんだね」
「えぇ、だからこそ早く犯人を見つけなくてはいけないの。それじゃあ高原くん、また明日ね」
そう言うと夢野さんは闇の向こうに溶け込むように消えていった。
初めて名前を呼ばれた僕は、驚きとうれしさが合いなって、夢野さんの言葉に答えることができなかったのだった。