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…………
どれくらい目をつぶっていただろうか。僕にとってはとても長く感じたが、何も起こらない。あのままいけば僕は真っ二つである。しかし、何の変化もない。
おそるおそる、僕は目を開けていった。
そんな僕の目の前には、驚くべき光景が広がっていた。
僕はその光景に目を丸くし、しばらく目を離せないでいた。
そこには、僕自身ではなく影のほうが、なんと一刀両断、真っ二つになっているではないか。
何が起こったのか僕は理解できないでいた。
すると、真っ二つにされた影が黒い煙となって霧散していくのと同時に、その後ろから人影が現れた。
その人影の正体を知り、僕はますます驚愕することになった。
「あら、あなただったのね。助けて損したかしら」
そう、そこに現れたのは夢野さんだった。
「ど、どうしてここに?」
おたおたしながら、僕は夢野さんに問いかける。これはびっくりしたところではない。
「どうしてって、どうしてかしら」
「いや、質問に答えてないよ。それに質問を質問で返されても困るんだけど」
「じゃあ、代わりに私の質問に答えてくれるかしら?どうしてあなたは、夢の中で自由に動けているのかしら?」
「はい?言っている意味が分からないんだけど…」
「それはあなたがバカだということになるわね」
「…バカって言うなよ」
「はぁ~」
夢野さんは大きなため息をついた。そして僕のほうを、やはりバカにしたような目で見つめてくる。この視線は結構痛い。僕はどうすることもできず、その視線に耐えるしかなかった。
「それでどういう意味なのか、このバカな僕にもわかるように説明してくれませんか?」
半ばやけくそに言う僕に対して、夢野さんは嫌そうな態度を示す。めんどくさいと言わんばかりである。
「あなた、夢を何だと思っているの?」
「夢は、夢でしょ。でも確か夢は、脳が記憶を整理するために活動する際に、知覚される現象だったような…」
そう、すべて雨宮さんの受け売りだけど…
「そうね、間違っていないわ。でも正しいなんて言えないわ、まだ解明されていないんですもの。私はね、簡単に言うと夢は、脳が見せる筋書きのあるドラマのようなものだと考えているわ」
「ドラマ…?」
「だってそうでしょ。夢は見せられるものであって、こちらからは干渉できない。ドラマには台本があるように、ある程度は筋書きが決まっていて、それを脳が一方的に見せてくる。テレビの前に座っている私たちのように、完全な受け身な状態。誰も台本を書きかえることはできないでしょ。
でも中には、私やあなたのように台本自体に影響を及ばせられる存在もいる。つまり、夢に干渉できる。こう言っても、分からないわよね。今すぐ理解しろなんて言わないわ。でも、夢について考えるだけ無駄なことかもしれないわね。考えると分からなくなってくるもの」
「分かったような、分からないような……」
「だから、考えるだけ無駄よ、バカな子には。今言えることは、ここは夢の中で、私とあなたがいるとうことだけ。あぁ、さっきまであの影のような化け物もいたわね」
そう言うと夢野さんは、化け物がいたであろう場所を嫌そうな表情で見つめ、すぐに顔をそむける。まるで汚いものを見たかのように。
僕は少し混乱しつつも、この際だから聞きたいことをすべて聞こうと思った。
「今の化け物はなに?」
「私たちは影と呼んでいるものよ」
「影…?」
「夢の中で生きる怪物。悪魔の使い魔」
だんだんとファンタジーになってきた。僕はここでいったん整理する。
「あのう、ちょっといいですか?ここは僕の夢の中で間違いないんだよね」
「そうよ」
「だったら今会っている夢野さんは、夢の中の夢野さんなんだよね。…っていうか何言っているんだ僕は。混乱してきたんだけど…」
「だから言ったでしょ、考えるだけ無駄よ。今の私は夢の中の私。肉体は家で眠りについているわよ。これでいいのかしら?」
「ありがとう。……そうだよな、うん、そうだ、これは夢なんだ。夢の中だから何があっても大丈夫だよな。さっき助けてもらっといてなんだけど、別にあの影にやられてもなんともなかったんだよな。すごくリアルでビビっちゃったけど」
「いいえ、助けなかったら死んでいたわよ。あなたが私と同じなら」
「…はい?……どういうこと?」
さっきからちっとも話の全体像が見えてこない。話がかみ合っていないような気がする。いや、かみ合ってはいるのだけれど意味が通じていないような。この夢もどこかおかしいし、夢野さんの存在もどこか違和感がある。しかしこの違和感、前にも感じたことがあるような気がする。必死に考え思い出そうとする。そこで僕は思い当たった。この前の夢の中で龍臣に会った時にもこの違和感を感じた。龍臣と夢野さんは何か関係があるのだろうか。本当に分からないことだらけだ。話を聞いてもいまいちわからないし…疑問だけが生まれていく…
「つまり、私と同じなら普通の人よりも夢の中の自分と肉体とのつながりが強いから、なんらかの影響は出るでしょうね。下手すればそのまま死んでいた可能性もあるわ」
「さっきから同じこと言っているけど、夢野さんと僕が同じってどういうこと?確か学校でも同じ匂いがするって言ってたけど。そこが分からない限り、いくら話しても無駄な子がするんだけど」
「そうね、言いたくはないんだけど…」
夢野さんはそう言って、黙ってしまった。何かを考えている様子だ。言葉を少しずつ、慎重に選んでいるように見える。思案すること数分が立ち、夢野さんはやっとのことで、その沈黙を破った。