3-(1)
そして、目が覚めた。
しかし、そこは自分の部屋ではなかった。
いつもあるものがなく、ないものがある空間。見覚えのある光景。
闇がそこにはあったのだった。
「どうして…またなのか……」
呆然とする僕。同じ景色を再び見ようとは、だれが思ったであろうか。
今朝見た夢が、再び僕のもとに現れた。
「同じ夢を見るなんて……」
二度も同じ夢を見ることはありうるのだろうか。それは、僕の今までの人生の中では一度もなかったことである。無いわけではないのだろうが、気味が悪い。ただそれだけだ。
僕はずっと立っているわけにもいかず、歩き始めた。
どこに行こうとも、この闇しかない空間ではどうすることもできない。でも、同じ場所にとどまることだけは嫌だった。僕はひたすら歩き続けた。止まったら終わりだとでも言うように。
しかし、歩いても終わりの見えない空間に、僕はめまいさえ覚えた。自分が小さく、無力に思えてならなかった。自然と足は止まっていく……
すると、誰かの気配を感じた。誰だと思い、その人物がいるだろうと思う場所に目をやる。だんだんとその人物が近付いてくる。そして僕はあっと声をあげた。そこにいたのはよく知る人物だった。
「よ、いつき。こんばんは~」
そこにいたのは龍臣だった。龍臣はパジャマ姿でこちらに近寄ってきた。ニコニコと満面の笑みだった。
「ど、どうして、ここに龍臣がいるの?」
「どうしてって夢の中だから、別にいたっておかしくないだろう」
確かに夢のなかなのだから何が起こってもおかしくはない。夢とはそういうものだろう。夢の中ではいろんなことが起きる。空を飛んだり、悪者をやっつけたり、ありえないことが当たり前のように起きている。それが夢だ。だから友達が現れるなど、夢の中ではありきたりなほうだろう。しかし、僕は龍臣を目の前にして、どこか違和感があるように思えてならなかった。その違和感がどこからくるものなのか、説明することはできないのだけれど。
「ちょっと様子を見に来たんだけど…う~ん、やばいなぁ。川島のほうに行きたかったんだけれど行けなくてさぁ。やっぱり、何かあるよ絶対」
「どういうこと?」
「こっちの話」
龍臣はきょろきょろしながら、こちらに近づいてきた。そして僕に真面目な顔で話しかけてきた。
「気をつけたほうがいいぞ。この夢は悪夢だ。俺的には、早く目覚めるほうをお勧めするよ」
「悪夢って…川島くんも言っていたような気がする。悪夢を見たって……」
「…そうか、やっぱり…」
考え込む龍臣。心配そうにそれを見つめる僕。静寂がふたりを包む。口火を切ったのは龍臣だった。
「ハァ、考えても無駄か…俺の手が出せることではないしな~ハァ、いつき、帰るよ。突然来て悪かったな」
「う、うん。それはいいんだけど…」
そう言うと龍臣は踵を返し、再び暗い闇の中に消えていった。僕は一体何が起こったのか、という風に呆然と龍臣が返って言った方向を見つめていた。まるで嵐が過ぎ去ったあとのようだった。
しばらく呆然としていたが、見つめていた方向の空間が揺れたように思えた。
その瞬間、無数の赤い眼が現れ、僕を一斉に見つめ始めた。あまりにも突然のことで僕は反応できずにいた。
すると、声が聞こえ始めた。
『苦しめ』
『もっと苦しめ』
『もっともっと苦しめ』
その声はまるで壊れたスピーカーの耳障りな機械音のようだった。それが四方八方から聞こえてくる。その声に、どうにかなったしまいそうだった。
僕は耐え切れず、耳を押さえてしゃがみこんでしまった。心の中で早く消えろと願っても、世の中そんなに甘くない。ますますその声の勢いは増していく。
しばらくして、僕は耳を押さえるのを止め、立ち上がった。どうしてそんなことをしたのか自分にもよくわからないが、そうしてしまったのだ。
「は、は、ははははははははははは」
急に僕は笑いだした。
笑いが止まらなかった、だから口を大きく開けて笑った。何かが壊れたかのように。
抗うことに疲れた僕は、抗うことを止めたのだ。
抵抗から無抵抗へと。
「ははははははは、は、は……」
急に笑うのを止め、我に返った僕。
疲れがどっと押し寄せる。精神的な疲れが僕を襲う。
僕はそっとまぶたを閉じた。
そして、そのまま僕の意識は遠のいていったのだった。