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保健室にたどり着いた。
保健室は教室とほぼ同じ大きさだった。入ってすぐの左に先生の机と本棚とソファが並び、右には視力検査に使う物や身長をはかる器具などが置いてある。奥には今はカーテンで仕切られているが、ベッドが三つ置かれている。
「病人かい?」
そこにいたのは新しい男の先生だった。確か名前は夢野先生だ。夢野先生はきっちりと白衣を着て、優しそうな笑顔で迎えてくれた。見た目はとても若く、大学生といっても通るだろう。さわやかな感じで、女子の間できっと人気になるだろう。
「急に倒れて…昨日から顔色も悪かったんです」
「そう。じゃあ、そこのソファに横になってもらえるかな。あいにくベッドが全部、埋まっているんだよ。ごめんね」
「そうなんですか」
僕は先生に言われたとおり、川島くんをソファの上に下ろした。川島くんはそのまま力が抜けているように横になってしまった。それを見た僕は、本当に具合が悪いんだと改めて実感した。先生に毛布を借りて、上にかけてあげる。
「川島くんは大丈夫でしょうか?」
「貧血かな?それとも疲れがたまっているのかな?」
そう言い先生は川島くんの顔を覗き込む。すると、先生の顔が険しくなった。僕は心配になり声をかける。
「どうかしましたか?」
声をかけると、先生の顔は一瞬で元の優しい顔に戻っていた。僕の見間違いだったんだろうか。
「いや、なんでもないよ。それより、君の名前は?そして何組かな?」
「二年三組の高原いつきです」
「そうか、僕の妹と同じクラスか。妹、どうしている?クラスには馴染めたかな?」
「妹って…夢野さんのお兄さんなんですか?…そうか同じ苗字ですものね。気付かなかった。夢野さんは…友達を作るのが苦手なのかどうか知りませんけど、だれとも話したりしませんね。あの美貌だから、周りも声をかけづらいというのもありますし…で、でも悪い人じゃないんですよね」
「ははは、フォローはいいよ。兄だからあいつのことはよくわかっているつもりだから。そっか、なじめてないか…高原くん、妹のこと頼むよ。仲良くしてやってね。本当は優しくていい子だから」
「…わ、わかりました」
夢野さんとの初日の出会いは最悪だった。あれがなければ仲良くできただろうか。いや、あれがなかったら僕はきっと夢野さんとは口をきくこともなかっただろうと思う。そう思うとよかったのかもしれない。お兄さんに言われたからではなく、夢野さんとは仲良くできたらいいなと思うし、彼女には聞きたいことがたくさんある。今度聞いてみようと思った時、ふと疑問に思ったことがあった。
「先生、今日はベッドがいっぱいって、そんなにも体調の悪い人がいるんですか?」
「今日は特別だよ。いつもは一人二人なんだけどね…朝すぐに保健室に運ばれてきてね。しかも一斉に三人運ばれてきたんだ。そして偶然なのかもしれないけれど、みんな一年五組の女生徒なんだ。きっと偶然だろうけどね」
「はぁ、そうなんですか。それはきっと偶然ですよ。あ、川島くんのことよろしくお願いします」
「わかりました」
僕は、保健室を後にした。
放課後は僕一人だった。
龍臣は難しい顔のまま、僕に何も言わずに一人ですたすたと帰ってしまった。
僕はひとりさみしく帰ろうと、靴を履き替える。すると自分の横に気配を感じ、見てみるとそこには夢野さんが立っていた。
「また、僕に用?」
「いいえ」
僕は靴を履き替えている夢野さんを見つめる。そして、彼女に聞きたいことがあるのを思い出す。僕は意を決して彼女に尋ねてみた。
「夢野さん、聞きたいことがあるんだけど…」
「…何かしら?」
「僕に対して同じ匂いがするって言ったけどどういう意味?」
夢野さんは僕をじっと見つめ返す。その瞳はきれいな黒色で、まるで吸い込まれそうなほど澄んでいた。見つめられていると心の奥まで見つめられているようで、僕はたまらず目をそらす。しばらく沈黙が続いた。
「…その意味をまだ答えたくないわ。それに今は答える時期ではないわ」
「どういうこと?」
「……」
「…あのねぇ、夢野さん、いいかげんに…」
夢野さんと話すと、疑問ばかりが募る一方だ。会話が成立しないというか、一方的に話しかけてきて、こちらから質問すると答えを言ってくれない。そんな夢野さんにイライラが募るのは僕だけだろうか。
「あれ?高原くんと夢野さん。今帰るところ?」
そこには雨宮さんと川島くんが立っていた。イライラしていた僕は、いまにも夢野さんに文句の一つぐらい言おうとしていた時だった。タイミング良く二人が現れたため、僕の怒りゲージはおさまりを見せた。
自分の気持ちを落ち着かせ、僕は二人に駆け寄る。
「二人でどうしたの?」
「たまたま廊下でばったり会ったの」
「そうなんだ、川島くんは大丈夫?朝よりは顔色良くなったね」
「あぁ、ありがとう。保健室に運んでくれて」
「いいよ、それぐらい」
「ねぇそれより、みんなで帰らない?夢野さんも」
雨宮さんは僕の後ろにいる夢野さんに声をかけた。夢野さんはこくりとうなずいた。まさか彼女がオーケーするとは思わなかったのだ、内心驚いたが、いい傾向だと思った。教室では誰と話さない彼女だから、こうやって誰かと一緒に帰ることはとてもいいことだと思う。きっとお兄さんの夢野先生も喜ぶだろう。
外はだいぶ日が落ちてきた。部活動をする生徒の声が響いている。その中を僕たちはゆっくりと固まって歩き出した。