誕生日
朝、目を覚ますと私は十六回目の誕生日を迎えていた。窓に目を向けると、それを祝福するかのような透き通る青空が広がっていた。その眩しい光景がルチアの瞳をくすぐった。
カツン——。
ざわめき合う廊下を、一人の少女が軽快に歩いていた。光を反射するとシルクのように輝く長い銀髪に黒のローブ。誰もが思わず息を呑み、振り返る。それほどまでに完成された美貌だった。
ここはハルモニア王国王都の東に位置しているヴェルディア魔法学校。彼女は先日この学校に入学したルチア・ヴェルナという、今日十六歳になった侯爵家の令嬢である。弾む足取りで教室へ向かう途中、
「おはようございます、ルチア様。お誕生日おめでとうございます。今日があなたにとって良い一日になりますように」
声をかけてきたのはブロンド色の髪で佇まいが気品に溢れている、マリー・ランドルチェという伯爵家の御令嬢だ。
「よろしければ教室までご一緒してもよろしいでしょうか?」
「もちろん!ありがとうマリー。私も今日があなたにとって良い一日になることを願っているわ!」
ニ人並んで教室へ向かう。この学校は敷地が広く、入学してもうニヶ月だというのにまだ全ての間取りを把握しきれていない者が多くいる。入学して間もない頃は禁書庫に迷い込んでしまった生徒もいるという。しかし、このヴェルディア魔法学校はハルモニア王国で一番の名門校であり、数多くの優秀な魔法使いを輩出してきた。そのため、ありとあらゆる設備が揃ってるが故、広大な敷地が必要なのだろう。
教室に入ると一人の令嬢が駆け寄ってきた。
「おはようございます、ルチア様、マリー様。そしてルチア様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう!アリサ!とっても嬉しいわ!」
本日二度目の祝福をくれたのはヴァイオレットの長い髪を耳上半分だけを後ろで結い、凛とした口調で話す、アリサ・ラツェルネルスだった。彼女もマリーと同じ伯爵家の御令嬢であり、二人は従姉妹にあたる。
ルチア、マリー、アリサ、この三人は魔法学校に入学する前から仲が良いことで有名だった。ルチアを客観視すると、"明るくて元気な性格"と捉えられることが多い。マリーは穏やかで優しい。アリサは落ち着いていて、頼れる令嬢だ。そんなタイプの違う三人だが、どこか惹かれるものがあったのだろう。そして、皆容姿端麗なため、道を歩けば自然と視線が集まる。マリーやアリサには婚約者がいるため、進んで声をかける男子生徒は少ないが、ルチアには婚約者がいない。自分の色恋よりも他人色恋の話を聞いた方が心が躍るという理由ともう一つあるが……。
授業が始まった。もちろん魔法の授業。ルチアは大抵の授業の内容を母からもう教わっているためあまり主体的に授業に参加していないことが多かった。ふと西の窓に目をやるといつもと同じ光景が映っている。白く曇った霧。これがいつもの光景だ。
「霧かぁ。向こう側見てみたいなぁ」
思ったことが口に出ていた。ルチアは慌てて口を押さえたが、もう遅い。どれだけ小さく呟いていたとしても静寂の教室の中、誰にも聞こえていないというのは難しい。
「そうですね、授業内容も区切りの良いところまで行ったので少し"霧"の話をしましょうか」
まさか先生まで聞こえているとは。全くの地獄耳である。しかし先生が寛大な人で助かった。
ルチアは"霧"の話を小さい頃お母様に少しだけ教わったとこがある。しかし、生まれる前からあって当たり前のものを不思議だと思う者は少ない。例えば、魔法を使うためには魂と近い存在とされる"霊素"を体内で魔力に変換し、魔法を行使するということは小さな頃に誰もが練習し誰もが身につける、魔法を使う基礎だ。それを不思議と捉える者がいないように、この霧も私たちの生活の中に溶け込んでいる。
「"霧"というものは皆さんが生まれる前からある当たり前の存在ですよね。しかし、これは今からおよそ七百年前はなかったのです。このことはもう忘れ去られてしまっていて、真偽は定かではないのですが、
『霧の向こう側には"陰陽師"と呼ばれるものが存在し、彼らは魔法ではなく"呪術"を行使する。魔法使いと陰陽師は七百年前激しく対立していたが、一匹の天災の魔物の出現に当たり、仕方なく陰陽師と魔法使いによる封印をなんとか行ったが、天災は最後の足掻きとして一つだった世界を二つに霧裂いた』
要約するとそう書かれていました。私はこれを"天災の爪痕"と呼んでおり、天災の魔物についてこれ以上の記録はありませんでした。
こう聞くと霧に近寄りがたくなりますよねぇははは!あくまでも伝承です!」
最後の二言は霧について語っている時と全く声色が違い、一気に現実に引き戻されたような気がした。そして、あまりの情報の多さと信じがたい存在を耳にし、クラスの誰もが口を半分開け、呆然自失に陥っている。そんな中、声を上げたのはアリサだった。
「先生、先程『書かれていた』とおっしゃいましたがそれは、この学校の教師のみに許された禁書庫での情報ではないのでしょうか。私は多くの書物を読んで参りましたがそんなことが書かれている本を読んだことも、聞いたこともありませんの」
室内が疑問と沈黙で包まれ、視線が先生に集まる。すると先生は目を瞑り、大きく息を吸い、吐き出す。ゆっくりと顔をあげ、笑みを浮かべた。このときこの笑顔を見たものは皆同じことを思っただろう。((あぁ、やっちまったなこの教師))
授業終了の鐘が鳴るとルチアは一目散に教室を飛び出した。先程の話を聞いてしまっては霧へ行ってみたいと思うのはルチアの性格上、仕方がない。他にも行きたそうにしている生徒は数名程度いたが、"天災の爪痕"とあっては行動にまで移す者はいない。
「あの霧は魔物が残したものだったんだ!もしかしたら近くに行くとその天災の魔物がどんな姿形をしていたか手がかりがあるかもしれない!」
これを好奇心旺盛というのだろう。ルチアにとってこれほど心が躍ったのはお母様が一人でスタンピードを食い止めた時以来だろう———。
しばらく走ったのち、足を止めた。走り続けたせいで喉が焼けるように熱い。荒い呼吸を繰り返しながら、ルチアは白霧に沿って歩き、手がかりを探し始める。手を沿わせてみると壁がある。これが向こう側に行けない理由だろう。上を見ても遥か上空まで続いており、現在の魔法技術ではどんなに優れた魔法使いとて到達することはできないだろう。そんなことを考えていると突然、小さかった頃の記憶が蘇ってきた。
━━十年前。
「おかーさま、なんでルーシーにはおとーさまがいないのー?」
ラベンダーがほのかに香り、暗闇の中で暖かな灯りが部屋を照らしている中でルチアは母であるアイリス・ヴェルナに問いを投げかけた。アイリスはその問いに一瞬動きを止めて驚いたような顔をしたが、すぐに表情を緩め、ルチアの髪を優しく撫で下ろした。
「……ごめんね、ルーシー。寂しいよね」
「うぅん、どーしてかなって思っただけなの。お友達と遊んでいるとみんなおとーさまのお話をするけど、ルーシーにはいないから」
唇を尖らせるルチアに灯りは淡い影を落とした。幼いながらに寂しさを今まで隠していたのだろう。
「ルーシーのお父さまはちゃんといるわ。でも今は遠いところにお仕事に行っているから会えないの」
「いつ会えるの?」
「………そのうちきっと会えるわ」
アイリスは悲しげな笑みを浮かべ目を伏せた。それを見たルチアは立ち上がり、胸を張って声を上げた。
「ルーシーがお姉さんになったら会えるわ!そんな気がするもの!ルーシーがよげんするわ!」
━━━
懐かしい記憶が頭の中を駆け巡るとルチアは口元に弧を描いた。すると霧に沿わせていた手が突然何にも触れなくなった。霧の壁に触れなくなった場所はハルモニア王国王都の南西の比較的森林が多く、人気のない場所だった。王都と言っても建造物が密集している都市ではないため、森林は多く存在している。
(ここの霧、壁が無いわ。七百年で綻びができたのかしら)
壁が無いと言っても子供一人がかろうじて立ったまま通り抜けることができるような小さな綻びだった。ルチアは恐る恐る手を伸ばし、向こう側の世界のものだろうか、何かに触れた。驚いて咄嗟に手を窄めた。その瞬間、向こう側から「うわっ!」と驚いたような、男声が聞こえた。すると、ルチアは考えるより先に綻びに身を乗り出し、向こう側の世界に顔を出した。ゆっくりと目をあけると、全く別の光景が広がっていた。新緑の草原を風が撫で、色とりどりの花が波のように揺れている。その向こうには空を溶かしたような湖面がルチアの心を射抜いた。そして目の前には一人の少年が紙切れをこちらに向けて身構えていた。体のシルエットが出ない純白の長い袖に赤に金の刺繍が入ったズボンを履き、黒の短い髪が風で揺らいでいる。ルチアは何故かとてつもない懐かしさを感じると共に突然視界が滲み、世界が歪んでいく。次の瞬間、手に雫が落ちた。
「あなた…おんみょーじ…さん?」
相手にとっての私の第一声がこれである。しかも涙を流しながら。間違いなく失敗だった━━━。
始めまして、秋藤です!
読んで頂き、ありがとうございました!感謝しかないです!初投稿なので、まだまだ至らないところがありますが、温かい目で読んでいただけると嬉しいです!
関心を持っていただけたなら次話も楽しみにしてくださると幸いです!
次話では最後に登場した少年をきっかけに大きく展開が動き出します!
不定期更新になりますので、ご容赦ください。




