エピローグ
――天野空へ。
この手紙は、きっと一生あなたには届かない。封をすることも、切手を貼ることもなく、ただ書かれて終わるだけの手紙だし、他の誰かに読まれることもないと思う。そうであってほしい、とも思っている。最後に話した、あの駅での別れを覚えてる? 人通りの多いホームで、言葉を選びすぎて、結局何も言えなかった。電車の音だけがやけに大きくて、時間が前に進む音みたいだった。あの時のことは、たぶん僕は一生忘れない。
気づけば、もう七年も経ってしまったね。七年って、思っていたよりずっと長かった。見ている場所も、歩いている道も、見える色や聞こえる音も、年を重ねるたびに、きっとお互い変わってしまったはずなのに、不思議だよ。あなたを想う気持ちだけは、時間の外に取り残されたみたいに、少しも形を変えずに残っている。他愛もない話で笑った瞬間、手を繋いで帰った帰り道、並んで見た海の夕暮れ。意識して思い出そうとしなくても、ふとした拍子に勝手に浮かび上がってきて、胸の奥を静かに締めつける。
一緒に帰っていたとき、あなたが聞いたよね。「幸せになるって、どんなことだと思う?」って。僕はあの時、「誰かを幸せにできたって、思えることじゃないかな」って答えた。でも正直に言えば、あの頃の僕はその言葉を信じ切れていなかった。ただ、少し背伸びをして、正しそうな答えを選んだだけだった。それでも生きてきて、ようやく分かったことがある。あの答えは、たしかに一つの正解だったし、もう一つの正解にも、今になって辿り着けた気がする。幸せって、別れても、失っても、形が壊れても、心の中に残り続けるものなんだ。
もう一度あの時間を繰り返したいと思うことはある。あなたの隣を、同じ速さで歩いていたあの頃を。でもきっと、二度と繰り返されないからこそ、あれは「幸せだった瞬間」として、今も壊れずに残っている。今のあなたは、どうしているんだろう。恋人がいたり、結婚していたりするのかもしれない。もう、お互いの人生は分からない。それでいい、と今は思える。それでも夜に月を見上げると、同じ空の下でまだどこか繋がっている気がしてしまう。理屈じゃなく、そう思ってしまう自分がいる。
この手紙は、もう二度と開かれることもなく、あなたに出されることもなく、押し入れの奥で静かに眠ると思う。でも、それでいい。あなたが幸せな人生を歩んでいるなら、誰かに大切にされ、誰かを大切にしているなら。僕は、あの別れ方が間違いだったとは思っていない。こうして今も、あなたを想えているから。さよならは、もう言わないことにしたよ。あの、きれいな海に、全部置いてきてしまったから。
佐藤 海
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
この物語を書き始めたときは、正直ここまで形になるとは思っていませんでした。途中で立ち止まりそうになったこともありましたが、読んでくださる方がいるかもしれない、そう思うことで書き続けることができました。
登場人物たちの選択や揺らぎ、そして同じ空を見上げる瞬間が、少しでも皆さまの心に残っていたら嬉しいです。物語の解釈は、読んでくださった一人ひとりの中にあります。もし何か感じたことや考えたことがあれば、それがこの作品にとって何よりの宝物です。
次回作もすでに執筆を始めています。今回とはまた違った形で、けれどどこかで繋がっているような物語をお届けできればと思っています。
ぜひ感想などをお聞かせください。皆さまの言葉が、これからの創作の力になります。
改めて、ここまで読んでくださりありがとうございました。




