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第4話 昼間っから宿屋? お前は脳みそが筋肉か?



広大な草原に寝転がっていた俺は、目の前に現れた黒銀の軽鎧を纏った少女——いや、女神イリスの化身をまじまじと見上げた。

風に靡く髪は本体イリスよりわずかに短く、瞳の奥にはほんのり柔らかさがある。けどその表情に浮かんでいるのは「やっぱりあなたはそれしか考えてないのですね」という感じの呆れた表情。

すいません。こう見えても思春期絶頂期の健全な男子高校生なんです。24時間フル稼働で頭の中は真っピンクなんですよ。それにあなたみたいな超絶S級の美女を目の前にして、ちっぽけな脳みそに詰まった理性なんて保っていられるはずがありません。悪いのは俺じゃなくて、「男」という性別に生まれた生理的事象そのものです。ということで…


「よし……」


俺はむくりと起き上がり、草の上で正座をした。

そう、神聖な儀式のごとく背筋をピンと伸ばし、手を膝の上に置く。


「イリス様」


「な、何だ急に」


「それじゃあ……近くの宿屋に行こうか」


俺は真剣そのものの表情でそう口にした。

決してふざけてなどいない。異世界に来たばかり、右も左も分からない、だが俺の魂は確信している。——まずは宿屋だ。童貞を捨てるには宿屋だ。それ以外にあるか?


さらに俺は、畏まった態度のまま、もう一言を付け足す。


「ちなみに……初めてだから色々と見よう見まねにはなっちゃうけど」


——息を吐くように。

——恥を捨て去るかのように。

俺の口からは、世界の誰も得しない情報が滑り落ちていった。


沈黙。

草原に吹き抜ける風が、俺のバカ丸出しな発言を運び去る。


次の瞬間——。


「ビキッ」


と音がした。いや、マジで聞こえた。

イリスの眉間に、稲妻みたいなシワが走ったのだ。


「……この、愚か者が」


スカートの裾を翻し、イリスは俺をギロリと睨む。

その視線、まさに全宇宙を凍らせるかのよう。


「こんな真昼間から宿屋に行くバカがいるかっ!!」


「えっ、ダメ!?」


「ダメに決まっておろう!! お前の頭は太陽の熱で蒸発でもしたのか!? そもそも、この世界に降り立ったばかりだぞ!? やるべきことは山ほどあるだろうに!!」


怒涛のツッコミ。

女神がこんな庶民的なツッコミする!? 俺は心底びびった。


だがその直後、ふと気づく。


「……あれ?」


「何だ、今度は」


「いや、さっきまでの女神さんってもっとこう……高貴で、気取った口調だった気がするんだけど」


じいっと目を凝らす。

よく見れば、彼女の髪もさっきよりちょっと短い。首筋が覗くくらいの長さになってるじゃん。


……どういうことだ?と困惑する俺をよそに、鬼のような形相のイリスは女神とは思えないほどの鬼気迫る勢いで、ビシィッと俺を指差した。

草原に響き渡るその声は、雷鳴か裁判官の宣告か。


「さっさと立て、この愚か者!」


「えっ、えっ!? なんでそんな剣幕で怒られてんの俺!?」


腰が抜けかけてる俺を無理やり立たせるように睨みつけるイリス。さっきまでお淑やかで清廉に満ちていた美少女のそれとは思えないほどの迫力に、俺の童貞力メーターは逆に振り切れた。


「で、でも……女神さん、俺に童貞を卒業させてくれるんじゃ……」


恐る恐る聞くと、イリスはスッと腰をかがめ、俺を真上から覗き込んだ。

距離が近い。顔が近い。吐息がかかる。やめて心臓止まる。


「童貞を捨てたいというのなら……」


青空を切り取ったように澄んだ瞳が、俺の視界を完全に支配する。

だけどそこから放たれる圧はヤバかった。まるで強面のヤンキーにでも迫られてるんじゃないかってくらい、とんでもない質量が迫ってきて…


「私を——口説いてみせろ」


「……はい?」


俺の脳内で、電流のようなノイズが走った。

何かを閃いたわけじゃない。ビーン!と頭の先から足の先まで駆け抜ける打撃音のような衝撃があった。

思わず頭の中が空っぽになってしまったぐらいだ。

想定して無さすぎる、——その「言葉」に。


「いやいやいや! ちょ、待って待って待って!!」

「何を待つのだ?」

「いや、無理っすよ!? 女神を口説けって!? 俺、人生で女子に『カッコいいね』って言われただけで三日間寝込むくらいのコミュ障童貞なんですけど!?」


「ならば良い修行になるだろう」

「修行で童貞捨てられるかぁぁぁぁ!!」


俺は頭を抱えた。異世界転生モノってもっとこう、最初からチートスキルもらって、俺TUEEEE!するやつじゃなかったっけ!?

なんで俺は女神を口説くRPGを始めさせられてんの!?


イリスは涼しい顔で言葉を続ける。


「そもそもお前、私に頼ったまま童貞を捨てられると思っているのか?」

「えっ、ちがうんですか!?」

「違う。お前が己の力で異性を惹きつけ、心を掴み、信頼を得て、そしてようやく……その先に“卒業”があるのだ」


「説教が真っ当すぎてぐうの音も出ねぇ!!」


いや待て。冷静になれ俺。

これってつまり「女神を攻略対象にするギャルゲー」ってことだよな? 選択肢を間違えたら即バッドエンド、みたいな。

——って、ギャルゲー得意じゃねぇぇぇ!!!


「ほら、早く試してみろ」

「え、えっと……」


俺はパニック状態で必死に脳内を検索する。

“女の子を口説くセリフ かっこいい例”——ヒット件数ゼロ。

だってそんなデータベース、俺の人生に存在してないもん!


「お、女神さん……その、髪……すっごく……」

「すっごく?」

「……毛先まで綺麗です」


……沈黙。


草原を渡る風がまたも俺のバカ発言を運んでいく。

イリスはしばらく黙っていたが、やがて小さく肩を震わせ……


「ぷっ……」


「笑った!?!? なんで笑ったの今!!」


「いや、あまりにもしょーもなさすぎてな……ふふ、逆に新鮮だな」


「新鮮!? え、新鮮で済んじゃうんですかこれ!?」


「よし、次は目を逸らさずに言ってみろ」


「鬼教官かよ!!!」


俺は顔を真っ赤にしながら、今度は真正面からイリスを見据えた。

女神級の美貌を凝視するだけでSAN値がガリガリ削れていく。だが、やるしかない。


「お、俺は……その……」


喉が渇く。舌が回らない。心臓はエンジン全開。

でも、なんとか振り絞った。


「……女神さんの笑った顔……すげぇ、可愛いと思う」


沈黙。


——やばい。これ、さっきよりも空気が凍った。絶対ドン引きされた。


と思ったら。


「…………」


イリスは顔を逸らした。ほんのり頬が赤い。


「……まあ、そのくらいは合格点をやろう」


「えっ!? 今、ちょっと照れませんでした!?」

「照れてない」

「いや絶対照れてましたって!!!」


俺はガッツポーズを決めた。まさかの好感触ゲット。

やべぇ……これ、もしかして俺、ギャルゲー主人公の素質あるんじゃ……?


「だが勘違いするなよ」


イリスはすぐさま真顔に戻り、俺を睨みつける。


「これはあくまで訓練だ。童貞を卒業するには、まず人間として成長せねばならぬ。世界を救う使命も、それと同じくらい大切なのだ」


「うっ……た、確かに……」


イリスの言葉は正しい。正しいんだけど……。

いや、でも待って? 俺が異世界に来た理由って“童貞卒業”がメインじゃん!? 世界救済はオマケじゃん!?

なのに今、完全に逆転してない!?


俺の中の本能と理性がぐるぐると回転し始める。


(……いや、でも、もしここで女神を攻略できたら……?)

(え、これワンチャン“卒業”どころか“女神エンド”あるんじゃね!?)


俺の童貞脳はすぐに甘い妄想に支配される。


「ふっふっふ……」

「何を含み笑いしている」

「いえ、ちょっと未来のビジョンが見えまして」

「ろくでもないことを考えているのは表情でわかるぞ」


——こうして俺の異世界ライフは、

「女神を口説き落とさないと童貞卒業できない」という、

史上最難関の縛りプレイから始まったのであった。


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