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第3話 女神の提案



「……つまり、あなたの願いを満たす方法として——私の“化身”を転生先に送りましょう」


女神イリスは、なに食わぬ顔でそう告げた。

俺は思わず耳を疑った。え、なに? 今、女神様が自分の分身を俺にくれるって?


「化身って……それ、つまり?」


「本体である私がこの場を離れることはできません。けれど、世界を渡るあなたを見守り導く存在として、私の力を分け与えた“もう一人の私”を遣わすのです」


イリスは静かに微笑んだ。その表情は、神々しさと同時に、どこか妖艶さを帯びている。……ちょっと待て、これ実質“女神付きの異世界ライフ”じゃん!?


「……なるほど。つまり、女神さんの化身が俺と一緒に冒険してくれる、と」


「はい。ですので、あなたの願い——その、ええ、“童貞を卒業させる”という要望も……可能になる、かもしれませんね」


最後の「かもしれませんね」が小さすぎて、俺の耳にはほとんど届かなかった。

俺はガタッと立ち上がる。


「よっしゃあああああ!! やっぱ女神さんは話が分かる!! 世界を救うとか正直クソめんどいけど、これならモチベ爆上がりですわ!!」


「……本当に、この程度で……」

イリスは額を押さえてかすかに呟いた。が、すぐに取り繕って言葉を続ける。

「では契約は成立ですね。あなたは降臨者として転生し、世界を救う旅に出る。その道すがら、私の化身が同行し……あなたの願いを、叶えるよう“努める”と」


「うんうん! “努める”! それ大事! いやー女神さん太っ腹!」


俺は完全に舞い上がっていた。気づくわけがない。彼女がほんのり口角を吊り上げ、“努める”という言葉でいかに巧妙に逃げ道を作ったのかなんて。

女神イリスの心中はこうだ。


(……転生してしまえば、もうこちらのもの。どうせあなたの願いなど真に叶える気はありません。愚かなる人間の欲望を利用し、世界の命運を託すための契約に縛り付ける。それで十分……)


もちろん、そんな女神の腹黒い計算に気づけるほど、俺のスペックは高くなかった。




—— 転生の儀 ——



「それでは——転生の儀を始めましょう」


イリスが両手を掲げると、虚空に淡い光の紋章が浮かび上がった。幾何学的な魔法陣が幾重にも重なり、星座のような輝きが俺を包み込む。

身体がふわりと宙に浮き、重力から解き放たれていく。


「お、おお……すげぇ……アニメとかゲームで見たやつだこれ……!」


「心して。あなたが行くのは二つに分かれた世界……ホームワールドとアナザーワールド。そこでクリスタルの破片を探し、混沌と秩序の狭間を結び直すのです」


「はいはい、わかってますって……! いやー、でも俺、ほんとに異世界行っちゃうのか……!」


光が視界を満たす。イリスの姿が遠のいていく。

最後に聞こえたのは、かすかな囁き。


「……あなたが愚かであればあるほど、私には好都合です」


「え、なんか言いました?」


「いえ、なんでもありません。——行きなさい、降臨者よ」


そして、俺の意識は光の奔流に飲み込まれた。



…………………………………………

………………………

……………


………

……



目を開けると、そこは——。

まず風景に度肝を抜かれた。


広がるのは、どこまでも続く群青の空。雲は金色に縁どられ、空を横切る巨大な浮島がいくつも漂っている。

地上に目をやれば、絵画のように美しい草原が広がり、遠くには雪をかぶった山脈がそびえる。その麓には、歯車仕掛けの塔がいくつも立ち並ぶ都市が見えるではないか。


「……は!? ファンタジーとスチームパンクの合わせ技!? マジでアニメのオープニングに出てくる世界じゃん!!」


目を凝らすと、空を飛ぶ飛空艇らしき影が横切る。銀色に輝く船体から蒸気が吐き出され、翼を広げた金属の鳥のようだ。

地上には、剣を背負った冒険者風の人間たちや、獣耳を持つ亜人らしき人影が歩いている。さらに遠く、川沿いの村では水車が回り、その動力で金属製の機械を動かしているらしい。


「うわ……本当に異世界だ……。やべぇ、テンション上がってきた……!」


俺は草原に寝転がり、青空を仰いだ。

なるほど、転生ってこういう感じなのか。死んだはずの俺が、まるで新しいゲームを始めるみたいに世界に降り立つなんて。

胸の奥からワクワクが止まらない。


「……よし。じゃあこの世界で、俺は童貞を……!」


拳を握りしめ、決意を叫んだその瞬間。


「……はあ。やっぱり、お前の頭の中はそれしかないのだな


聞き覚えのある声が、頭上から降ってきた。

見上げると——そこには、黒いドレスに身を包んだ少女が立っていた。イリスそっくり、けれど少し柔らかい雰囲気を纏った存在。


「お、おおっ!? 化身ってマジで出てくるのか!?」


「当然だろう、私はお前を導くためにここにいるんだから」


彼女は微笑む。その奥で、ほんのりと“面倒くさい”という感情を隠しきれていないのを、俺はまだ知らなかった。


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