プロローグ:二つの世界の記憶
遥か千年前。
世界はまだ一つであった。人も獣も、神々すらも、ひとつの空を仰ぎ、ひとつの大地に根を張り、ひとつの星の鼓動に抱かれていた。
その星の中心に輝いていたのが「大晶核」である。
それは無限の光を湛え、秩序と混沌、創造と破壊、すべての対立を均衡させる調和の珠であった。人はその恵みによって魔術を学び、火を熾し、鉄を鍛え、都市を築き、歌を紡いだ。女神族はその調和を守護する者として人々を導き、魔神族はその奔放な力をもって大地を豊かにした。
だが、永遠の均衡は存在しない。
大晶核の力をめぐり、女神族と魔神族はついに刃を交えた。後世「分岐戦争(War of Division)」と呼ばれる千日の戦いである。大地は割れ、空は裂け、海は血に染まった。
決戦の果てに、女神族と魔神族はそれぞれ大晶核を掴んだまま引き裂かれた。
秩序を掲げた女神族は「秩序のクリスタル・オーブ」を、混沌を謳った魔神族は「混沌のクリスタル・オーブ」を手にし、それぞれが“二つの世界”を抱えて消えた。
——その瞬間、世界は分かたれた。
以後、我らが星は「ホームワールド」と「アナザーワールド」に二分され、同じ地形と同じ海を抱えながらも、互いに干渉することなき平行世界として千年を歩んだ。
しかし均衡はすでに失われていた。クリスタルは砕け散り、世界を循環すべきエネルギーは無数の欠片として時空の狭間に漂いはじめた。
その欠片は、街を動かす蒸気機関をも照らす灯火をも賄う力の源泉であると同時に、空間を歪め、過去と未来を揺るがす「揺らぎ」をも生む。
人は欠片を求め、争いを繰り返し、国家は隆盛と衰亡を重ねていった。
千年の時を経た今、世界は再び限界に近づいている。
女神が告げる。
——このままでは、二つの世界は崩壊する。
——欠片を集めよ、連続点を持つ者よ。
だが、千年前の出来事を人はもう伝説と呼ぶ。
かつての痛みも、神々の存在も、ただ古びた叙情詩に封じられた言葉のようにしか残されていない。
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【古代叙情詩「二界の歌」】
かつて世界はひとつなりき
光と闇 秩序と混沌 抱きて巡る星なりき
されど神らは手を取り合わず
ひとつの珠を二つに裂き
大地はふたつの夢を見し
一つは秩序に護られし庭
一つは混沌に揺らめく荒野
されど地図は同じく描かれ
空も海も 影のごとく寄り添う
やがて時は千を数え
欠片は宙を彷徨い 人は血を流し
世界はふたたび崩れんとす
ああ 願わくは
連続の者よ 道を紡げ
二つの地平を楔にて繋ぎ
失われし調和を呼び戻せ
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この叙情詩は、ラミナ大陸中央図書院に保管されている「双界詩篇集」の冒頭に記されたものである。詩人の名は不詳、ただ“分岐を目の当たりにした者の歌”と伝わるのみである。
歴史家の中には、この詩を単なる寓話と断ずる者もいる。だが、近年各地で確認される「揺らぎ現象」や「欠片の共鳴」を前に、詩が再び現実の予言として注目を浴びつつある。
——そして今、新たな降臨者が現れた。
彼は「コンティニュー」の固有スキルを持ち、二つの世界を往還する唯一の存在。
伝説は再び呼び覚まされ、忘れ去られた叙情詩が現実の物語として続き始める。