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始まりのざまぁ②

 クラウン王子が追放された噂は一瞬で学園中に知れ渡ったようだった。

 その日のいじめはいつにも増して苛烈だった。


 私の荷物置き場の教科書はズタズタになっていたし、机には刃物で彫られた悪口が書かれていた。

 授業中にも誰も教科書を見せてくれないので先生の質問にうまく答えられないでいると、誰かが声高に「教科書も持ってこないなんてドロシーって不良だね!」なんて言った。そしてクラスメイトは見事な一体感を見せどっと笑うのだった。


 それにしても、思春期の生徒たちの程度は日本も異世界も変わらないらしい。

 卒業するには少なくとも2年は通わなければならないのはなんとも苦痛だし、今後婚約者が見つけられないことを親に咎められるのも気が重い話だった。


 魔法の授業が終わり昼休みに入るとき、私は担当のオズ先生に呼び掛けられた。


「ドロシーさん。ちょっといいですか?」


 まさか勘違いされてはいないと思いますが、私は不良だから教科書を持っていなかったわけではないのですよ?


 などと思いながら、私は先生に促され彼の後についていった。懺悔室は説教を行う部屋である。私は教師の覚えまで悪くなってしまったのかとまた気が重くなった。


 小さな机を挟んで対面する先生の表情は見えない。なにせこの人はいつも猫の仮面をつけているのだ。銀製の猫で鼻から目元までを隠す彼はいつだって何を考えているかわからない。


 それでも、私の印象としてはオズ先生は温厚だ。生徒に怒鳴ったりしているのは見たことがないし、声のトーンはいつも一定だ。もっとも魔法は才能がものを言う世界のため、まともに授業をしても生徒はほぼ身につかないのでやる気自体がないのかもしれない。


 そんなオズ先生に、懺悔室に呼び出されるとは。

 なんにせよ私は、まず身の潔白を証明しなくては。


「あ、あの、オズ先生……。教科書を持ってこれなかったのは申し訳ございませんでした。でも、決してやる気がないわけではないですから!」

「あ、教科書はどうせ嘘しか書いていないのでどちらでも大丈夫ですよ」

「ええ、そうですよね。教科書がなければ授業をまともに受けることはできないですよねいま嘘しか書いてないっていいました?」


 謎の言葉が聞こえた気がして、私は思わず聞き返してしまった。


「ええ、言いましたよ?」


 聞き間違いではなかったらしい。


「な、なんでですか?」

「え、だって正しいことを書いちゃったら魔法を使えるようになってしまうじゃないですか」


「そのための授業じゃないんですか!?」

「はは、怖いじゃないですか。魔法を使う人が増えたら」


 なんとも朗らかに、オズ先生は笑った。

 もっとも仮面の下の表情はわからないけれど。


「……じゃあ、授業の意味なくないですか?」

「いやー、魔術の授業があるのは貴族に受けが良いですからね。我が一族は代々こうやって魔術の情報を秘匿しているのです」


 それだけのために!?

 まさか魔術の授業は学園の権威を高めるためだけにあったとは……。


「それを私に言ってよかったのですか」

「…………あ」


 オズ先生は口をまんまるに開いた。


「ダメでした」


 ダメなのかよ。

 この人は何を考えているのかまったくわからない。


「どうしましょう。大切な秘密をバラしてしまいました……。このままあなたを解放したら、あなたはきっとこの秘密を漏らすでしょう。すると……我が一族は根絶やしにされてしまうでしょうね」


 まるで仮面の向こうの目が光るように、オズ先生は私を睨みつけた。

 え……まさか、死亡フラグが?


「……あの……決して漏らしはしません」

「いいですか、いま私たちは大切な秘密の共有を行いました。あなたがどこかで勝手なことをされると、私はヒヤヒヤして夜しか眠ることができないでしょう」


 寝てるじゃねーか。夜に。

 目の前の人間が怒っているのか笑っているのかもわからず、とにかく怖気が走る。


「わかりますか? あなたは私を破滅に追いやることができます。同時に、もしあなたがそんな決断をすれば、私があなたを破滅に追いやるかもしれません。私たちは運命共同体なのです」


 一方的に秘密をバラしたくせに、何を言っているのだろう。

 しかしそれを糾弾することはできない。


 魔導士とは、騎士の軍隊を単体で消滅させられるほどの戦力だと言われている。

 噂レベルでしか聞いたことがないが、オズ先生は当代屈指だそうだ。本気になればそれこそ私の一族が根絶やしにされてしまうかも。

 

 緊張感に息が詰まりそうになる私を正面から見据えながら、オズ先生は切り出した。


「ところで本題ですが……。あなたはどうやってクラウン殿下を追放したのですか?」


 真面目なトーンで、オズ先生は尋ねてきた。

 何を考えているかわからない男。


 しかも魔導士に対して、嘘をつくことは危険かもしれない。

 私はありのままに話すことに決めた。


「……殿下はたくさんの女性と関係を持っておりまして」

「ほう」


「それぞれの女性に高価なプレゼントを渡しておりました」


 王子とは言えど、金銀財宝を無限に生み出すことはできない。私はこの一ヶ月頻繁に宮殿に招かれていたため、それがわかっていた。

 だから私はこの間、金庫番のおじさんとのみ親交を深めることに努めた。


 ブラック企業時代、どれほど会社の金を横領してクビになった同僚を見たものだろう。クラウンにはそれと同様の羽振りの良さが見え隠れする。


 そして実際に、彼は軍事研究に使うと金を引っ張り出してそれを女性へのプレゼントへと変えていた。そこまでわかれば、宮殿内の王子に反感を持つ人物に情報を渡せば良いだけ。もっともその相手が実の母である王妃だったのは驚きだけど。


『根性を叩き直した方が良いでしょうね』


 そんな王妃の言葉には、もちろん愛もあったのだろう。彼女が貴族院を動かしたのは言うまでもない。

 クラウン王子には私の実家でどうか真人間になれるよう頑張って欲しい。蚊に刺されることで鍛えられる精神もあるだろう。


 そんな話を伝えると、オズ先生は痛く感心したように頷いた。


「驚きました。この短期間で、王家のパワーバランスまで紐解いてしまったというのですか……」

「そんな大袈裟なものでは……」


 いつも怒鳴り声の飛び交うブラック企業時代では誰に筋を通して物事を進めるかとか、そんなことばかりを考えていたもので。王子には物語のように仕返しを果たそうと試みたものの、実際役に立ったのはブラック企業でサバイブするための知見とは……。


 なんだか羞恥心を覚えていると、しかしオズ先生は晴れやかな声を返した。


「面白いですねぇ!」

「いえ、辛酸の思い出です」


 せっかく異世界転生したのに、私はつくづくブラック企業に毒されてしまったのだと辟易した。


「で、そんな宮殿での立ち回りに長けたドロシーさんは、これだけクラスで孤立して、今後どうするおつもりですか?」


 その質問に、私は気が重くなった。

 そもそも王子と婚約するために王都にやってきたので、学園入学はそのついでだったのだ。


 それであれば、いっそ実家に戻るのも手だろうか——


「あ、グラークス領に戻ろうなんて考えないことです! なにせ私が夜しか眠れなくなってしまいますので」


 その言葉は、遠回しな脅迫なのだろう。


「……な、何が目的ですか?」


 オズ先生は私にぐっと顔を寄せ、そして手のひらで私の頬に触れて言った。


「ドロシーさん、あなたは私の秘書官になると良い!」

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