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第9話:アレインの料理

シンデリカの先導の元、大森林を歩く。

 大気が重く湿気を孕んでいる。俺の育った山に比べて、なんとなーく神聖な雰囲気を感じる。


 そもそも生えてる木もなんかデカい。魔力が濃い気がする。


 魔力が高濃度の環境では生き物は大きく育ちやすいとステラが言ってた。莫大な魔力を蓄える聖樹が近くにあるからだろうか。


 まあ、俺は魔力の濃度に敏感な訳ではないから、この魔力が濃い、と言う感想も本当にそんな気がする、というだけのことだ。魔法使いのマリアンヌがいればもっと色々と考察を聞かせてくれのかもしれないが。


 ……今更ながら何で魔族は聖樹に蓄えられた魔力を欲しがったんだろうか。

 まあ、奴らの考えは分からんし、分かる必要もない。どうでもいい。


 エルフの魔法を使うシンデリカには正しい道が見えているらしい。時には藪を抜け、小枝を切り払いながら俺たちは進んでいく。


 大森林は広大だ。一日で抜けることはできない。


 良い感じの木の洞を見つけのたので今日はここで野宿をすることにした。


「ちょっと待っててね」


 シンデリカは金の睫毛に縁どられた瞳を閉じる。

 すると彼女の周囲に紫色に仄かに光る蝶が数匹現れた。


「私の魔力で生み出した使い魔よ。生物の気配を感じ取りやすいの。今日の夕食を探しましょう」


 蝶が周囲に飛び去り、やがて樹の陰に隠れて見えなくなる。どこまで行ったのだろう。シンデリカは瞼を閉じたまま動かない。ややあって瞳を開いた。


「見つけたわ。ウサギよ」


 言うや否や、シンデリカは小弓を持って、足音を立てないように気をつけながら素早く駆けていく。


 弦が鳴る音、矢が空気を切り裂く音、そして獲物に矢尻が当たった鈍い音が聞こえる。帰ってきたシンデリカの手には見事なウサギがあった。


「すごいもんだな」

 鮮やかな手際だ。


 へへん、とシンデリカは得意げだ。それじゃあ、と料理の方は俺が担当することになったので、早速ウサギをさばいていく。


「へー、上手なもんじゃない」

「山での暮らしが長かったからな。スープができるまで、もう少し時間がかかるから休んでていいぞ」

「それじゃあお言葉に甘えて。ああ、私が持ってきた香辛料は自由に使っていいからね!」

「ありがとうな」


 言いながらシンデリカの荷物の入っていた小瓶を手にとる。俺は手ぶらで都を出てきたので、ありがたい。シンデリカがいなかったら鍋すら持ってなかったからな。


 そんなこんなで、『アレイン特製野兎のスープ~エルフの薬草仕立て~』ができた。


 野趣溢れる野兎の肉にシンデリカが持ってきたハーブの粉末を加えた滋味あふれる一品だ。


「できたぞ、シンデリカ」

「ありがとうね、アレイン…ふわあ」


 木の洞からシンデリカがでてくる。仮眠していたのか、眠そうに瞼をこすっていた。しかし、俺のスープの鮮烈な香りを嗅いで、目を開く。


「んーいい匂い! 美味しそうなスープね。聖樹さま、今日の恵みに感謝します」


 お椀によそい、スープを頂く。

 

 そして。


「まずっっっ!?え、ええええ!? なにこれっ!?」


 シンデリカは盛大にむせた。というか、スープを噴き出した。


 げほげほと、シンデリカはせき込む。


「にがっ! いやすっぱっ!? な、なんでっ!? 香辛料、どれだけ入れたの!? いや、私のもってきたヤツでこんなのになるぅっ!? 飲み会後のおじさんの胃液の味がするわっ!」

「飲み会後のおじさんの胃液の味をお前は知ってるのかよ…」


 そんなエルフのお姫様は嫌だ。俺はつっこむ。


「というかマジか。調味料の配分間違ったかな」


 俺もスープを啜る。確かに苦味と酸味が強かった。


「あー、ちょっと失敗したな」

「ちょっと!? あなたこれをちょっとって言った!? この、森の恵みへの冒涜のような存在を!? 人の味覚への挑戦を!?」

「言い過ぎだろ…。悪かったよ、これは俺が全部飲むから」


 そういうと、シンデリカは焦ったように言った。

「い、いや。折角つくってくれたのにそれは悪いっていうか…、頑張るわ」

 

 やっぱり王族だけあって、育ちが良いなこいつ。けれど、そんなに青い顔をしながら言われると、こっちが心苦しい。


「頑張らなくていいって。ほら、干し肉でも食ってろ」


 干し肉を渡す。ちなみにこの干し肉も彼女が持ってきたものだ。

「はーい」


 俺はスープを飲み、シンデリカは干し肉を齧る。


「真面目な話、アレイン貴方味覚大丈夫なの?」

「俺は最強だからな」

「そういう問題なのっ!?」

「実際そういう問題だよ。胃腸とかも滅茶苦茶強いんだ。お腹を壊した記憶がない」


 なんと説明したものか。


「ステラが言ってたんだが、苦味とか酸っぱさとかを舌が感じるのって、本来は毒とか腐ったものを食べないようにするためらしい」


 あの女性(ひと)は本当に物知りで、色々なことを教えてくれた。


「そうなの?」

「ああ。実際、食べ物が腐ると味は酸っぱくなるだろう? だから間違って身体に悪いものをとらないように、苦味とか酸味とかは体が拒否するんだ。人間にとってまずいものっては、体にとって悪いものであるケースが多いらしい」


 幼い子どもが苦味とか酸味とかを嫌がるのも、そこらへんが関係してるそうだ。


 大人になるにしたがって、繰り返し苦みや酸味を感じることで、『これは毒ではない』と脳が学習して、食べることができるようになるんだと。

 

 それにしても、ステラは何でこんなことを知ってたんだろうな。魔法学園で色々な研究をしていたらしいが。


「俺は体が滅茶苦茶丈夫だからな。何食っても問題ない。だから他の奴より味の許容できる範囲が広いんじゃないか」

「うーん納得できるような、納得できないような」

「まあ、結局のところ俺が料理が下手ってことかもしれん」


 そういうことになる。


「…貴方がパーティーを追い出された理由の一つってこの料理のせいじゃないわよね」

「まさかぁ。……まさかな」


 自分が料理がそんなに上手くないという自覚はあったが、まさかここまで言われるほど酷いとは。他人に料理を振舞う機会なんて殆どないから分からなかった。


 いや、そういえば以前勇者パーティーで一度料理を作ったことがあったな。聖女が凄い形相で『これからは絶対に勇者様は作らないでください。ええ、勇者様に料理なんて些事をさせる訳にはいきませんから! 次からは! 絶対に! 私たちが料理を作ります!』なんて言っていたな‥‥。


「そういえばステラって誰?」


 シンデリカが小首を傾げる。

 そうか、まだ話してないよな。別に隠すようなことじゃない。


 俺はシンデリカに語った。物心ついた頃には天涯孤独の身で山で一人で暮らしていたこと。村人から疎まれていたこと。そしてステラとの出会いと別れを。


「うわああああああああああんん!! そんなのって、ないよおっ!?」


 シンデリカは号泣した。そりゃあとんでもない勢いで。俺が勇者パーティーを追われたことを聞いた時と同じように、目と鼻と口から液体を垂れ流しながら、だ。


 でも、悪い気はしない。会ったこともない関係とはいえ、ステラの死を悲しんでくれる人間がいるのは、少し嬉しいな。


「ほらハンカチ…」

「あ、ありがと」

「でもそうなのね」

 彼女は赤くなった目を手で擦りながら言う。

 

「うん?」

「アレインは。そのステラって人のためにずっと頑張ってるんだ」

「約束、だからな」


 俺は笑いながら言う。仕方ない、勝負に負けてしまった俺が悪いのさ。



 食事を終えたアレインとシンデリカは食器を片づけ、床につく。


 毛布に包まったシンデリカは地面にそのままの転がるアレインの顔を見た。恐れるものなんて何もない、というように見知らぬ森の中だというのに、ぐっすりと眠っている。


 よくある黒髪に(エルフに比べれば)平凡な顔立ち。背は高く筋肉質ではあるが、際立って巨漢と言う訳でもない。こうしてみると、アレインはどこでにもいそうな少年だった。


 その寝顔を見ながら、シンデリカは数日前の宮殿での姉と少年との会話を思い出していた。



「ありがとうございますアレイン様。魔族を討ち果たし、このエルレインを救ってくれて」


 シンデリカの姉であり、エルフの女王であるラライアが頭を下げる。一国の主が頭を下げるなんて、簡単にしていいことではないか、今回は話が別である。何せ相手は、エルレインを救った救国の英雄だ。


「なりゆきだ。気にしなくていい」


 アレインの態度は余りにも気軽だった。まるで木の上のいた猫を助け、それを近所のお姉さんから大げさに褒められたようだった。


「ですが救われたのは事実です。大げさではなく、エルフと言う種族は貴方に救われたでしょう。何か、所望する褒美はありませんか」


 エルフに代々伝わる伝説の武具・神器、聖樹の樹液を精製した門外不出のポーション。或いはラライア自身との婚礼まで。


 彼が望むものは、エルフの民の命以外何でも差し出すつもりだった。それほど、ラライアの感謝は大きいものだたったし、種族の長として彼に相応の褒美をとらせねば、と言う思いもあった。


「いいって。別に何かが欲しくて助けたわけじゃない。魔族は殺す、それだけだ」

「しかし、都を救った英雄に対して何も褒美をとらせないとなってしまったら、それこそ末代までの恥となります。このラライアを助けると思って、どうか…」

「あー、だったら」


 アレインは言う。


「どうか俺たち他種族を助けてほしい。俺たちは今魔族と戦っている。正直戦況はあまり良くない。だからアンタらが協力してくれればとても大きな力になる。エルフは強いからな。勿論、俺ほどじゃないが」

 

 自嘲するように彼は続けた。


「俺は最強だが、一人だ。俺の進む道には、魔族なんて一匹も残すつもりはないが、他の場所はそうもいかない。…本当は俺が勇者として人間たちを引っ張っていければ、良かったんだが、それはうまくいかなかったしな。まあ、そっちは元々柄じゃない気はしてたから、別にいいんだが」


 元々、今回の襲撃を鑑みて、他種族と共同して魔族に立ち向かうべきだとラライアは考えていた。多くのエルフ達も同意見だ。


 保守的で森にずっと閉じこもっていたエルフ達であるが、今回の魔族の一件は彼らの方針を大きく転換させるには足る出来事だった。


 故にアレインの申し出は褒美には到底なりえない。


 しかし、それで彼が満足するならば…。


「分かりました。それが貴方の望みならば……」


 アレインが謁見の間を退出した後、シンデリカは姉に向き合った。意を決して話を切り出す。


「姉上。お願いがあります」

「どうしました、シンデリカ?」

「私、あの人についていきたい。あの人は望まないかもしれないけど、エルフの恩を返したいの」


 その言葉を半ば予期していたのか、ラライアは驚かなかった。


「…私にも予感があります。きっと、この先の時代は、彼を中心に動くのだと…。分かりました。シンデリカ、どうかアレイン様に良く尽くし、支えて差し上げるのです」

「ありがとう姉上っ!」

「さびしくなりますね。ですが、私も妹離れするときが来たのでしょう…」


 姉妹は抱き合い、別れを惜しんだ。



「…無欲な人」


 アレインは結局何も受け取らなかったし、何も望まなかった。そして一人で都を出ようとした。


 元勇者と言う肩書がこのままではエルフに不利になると思ったのかもしれない。ただでさえ、エルフは他種族からの印象は悪いだろうから。


 アレインは、無欲に、孤独に、世界を救わんとしているように見える。

 その根底にはステラという女性との約束があるのだろう。


(でも、ちょっぴり悲しいね)

 

 その約束に、彼が縛られているように彼女には思えた。


 

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