第24話 俺と勝負したいなら国一つ持ってこい
ジーク・ヴァルライドは剣をとった。
勇気を携えて、魔族と対峙することを選択した。
しかし、それで彼の怪我が治った訳ではない。
今この瞬間にも彼の身体からは、真っ赤な血液が流れ出している。
(瓦礫に足を固定されたあの子も助けなくちゃいけない…)
戦える時間はそう長くないだろうと、ジークは判断する。
聖剣の柄を両手で握りしめる。
態勢を低くし、身体に力を籠める。
途端に、肩、胸、太もも……身体の至る所から血が噴き出した。
激痛に顔を歪め、目からは涙を零しながらも彼はユリウスから目を離さなかった。
「おおおおおおおおおおおおッッ!!! いくぞぉぉぉ!!!!」
痛みと不安、恐怖を咆哮で上書きしながら、ジークを駆けた。
そんな彼をユリウスは嘲笑する。
「くはははは! 突然叫んだと思えば…やはり、何も変わっていないではないかっ! 遅いなあ!」
ユリウスは長剣をジークに向かって振るう。
その斬撃を、少年は防御できなかった。
いや、防御しなかった。回避の素振りすら、見せない。
ただ。
左腕を迫る長剣と自身の身体の間に置く。
まるで、盾の如く。
少年は、自分の左腕の肉が裂ける音を聞いた。骨が絶たれる音を聞いた。
けれど―――。
「片腕を捨てただとッ!?」
「お前の剣は弱者を弄ぶ剣だ!! そんな剣じゃ、命はとれないぞッッ!!」
片腕は魔族にくれてやる。
その代わりに、命を貰う!
……ジーク・ヴァルドはただの少年だ。
今はまだ、力も技術も知識もない。
だから。
賭けれるものなんて、自分の身体と命しかない。
「お、おおおおおおおおおおおお!!!!!!」
少年は、死線を超えて一歩を踏み出す。
その覚悟は、確かな隙を、ユリウスに生み出す。
肩口から、全霊の力をもって聖剣を叩き込む。
魔を滅する剣がユリウスを切り裂く。
「ぐああああああっっ!!!???」
ユリウスは悲鳴を上げながら、笑った。聖剣は彼を切り裂きながらも、その体を両断するには至っていない。魔族の命にはぎりぎり届かない。
「ははははは! まだ浅い! 片腕での一撃では私を殺しきるには足りん!! まだ私は死なん! これからもっともっと愉しむのだ! 数多の悲鳴を愉悦が私を待っている!」
「いいや! お前はここで終わりだ……!」
ジークには確信があった。
今なら、聖剣が応えてくれる気がした。導かれるままにその名を叫ぶ。
「――――ライトニング・パニッシャーッッ!!!!!」
ユリウスの肩に食い込んだ聖剣から、眩いばかりの純白の魔力が放たれる。魔族の身体を破壊していく。
「ぎゃあああああああああああああああッッ!!!!!!!!」
ユリウスの目や口から体内を駆け巡った聖剣の白き魔力が、間欠泉の如く吹き出た。
「私の方がずっとずっと強かったはずだ…。愉悦の対象となっていた少年ごときに…。どうして……」
彼の身体は崩壊し、少しずつ塵になっていく。
そして『愉悦』のユリウスは跡形もなく消えた。
「はあ、はあ。勝った、のか?」
教会に静寂が訪れた。
ジークは荒い息を吐きながら、体の向きを変えた。
(あの子を助けなくちゃ。たすけて、って言われたんだ…。だから――)
足を引きずりながら、少女の元へゆっくりと歩を進める。
ぷらぷら、と皮だけで辛うじて繋がっている左腕が、振り子のように揺れた。
この腕が無事繋がるかどうかは、今はあえて考えないことにする。
(瓦礫をどかして……。ぼくだけで無理なら、他の人を呼んで。それから…)
「大丈夫?」
「あ、あなたこそ……」
「はは、そりゃそうだ…」
瓦礫に埋もれた少女は顔色は悪そうだったが、幸い今すぐ命には別条はなさそうだ。むしろ怪我の度合いで言えば、ジークの方が遥かにひどい。
「待っててね。今、瓦礫を……」
ジークの意識はそこまでだった。
「うっ…」
彼の身体はとうに限界だった。彼の身体は教会に倒れる。
ボロボロの満身創痍。とても勇者とは思えない紙一重の勝利。
それでも、彼は魔族に勝った。
目の前の誰かを守りぬいたのだった。
◆
そして時間は現在に戻る――ー。
◆
俺は、ロンドの南門の前で黒騎士ハルベスタの本体と対峙していた。
腕にはポーションの反動で鼻から血を出すシンデリカを抱いている。彼女の使い魔の先導の下、俺はロンドの町を駆け抜け、ハルベスタに追いついたのだった。
「―――黒騎士突撃隊!」
ハルベスタが叫ぶと、奴の足元から数体の黒騎士が現れる。
俺に向かって、突進してきた黒騎士どもを俺は拳と蹴りで粉砕した。
シンデリカの身体を地面にそっと置く。
戦闘に巻き込まないように、彼女と距離をとりながら、ハルべスタに話かける。
「お前がハルベスタか。分身体とは何十人も会ってきたが、ご本人様と会うのはこれが初めてだな」
俺は蝶の光に照らされる彼の顔を見た。
「……兜の中の素顔はそんな顔をしていたのか。意外とぱっとしない顔だったんだな」
まあ、何と言うか普通の顔だった。
魔族の証である角こそ生えているのものの、外見は普通のおっさんだ。町の商店で事務員とかやってそうである。
魔族たちは、恐ろしい程美形だったり、とてつもないマッチョだったり……とにかく一度見たら忘れないようなヤツばかりなんだが、こいつは例外みたいだ。
「うるさい! 黙れ! 顔のことを言うな! 気にしてるんだ!」
「……悪い。デリカシーがなかった」
本人も気にしていたらしい。
「……お前は確かアレイン、だったな」
ハルベスタは吐き捨てる。
「全く、お前らのせいで計画は散々だ。折角このロンドに潜み、コツコツと誰もいなくなっても困らない冒険者や難民を狩っていたのに!」
「それと宿屋に泊った旅人も、だろう?」
こいつの分身の一人である『詐称』のサリバンがやっていた宿が、普通の宿なわけがない。
「ふん、この大きい町では旅人の一人や二人、いなくなっても誰も気づかないからな! それでも、宿の客の全員を殺すような愚は犯さなかった! 獲物にしなかった『クワガタ亭』の客たちには、誠心誠意おもてなしをしたさッ! 次の得物を呼び込むためには、それなりの評価を周囲から貰わなければならない! 折角『ロンドの宿屋20選』にも選ばれたというのに!」
……結構地道に頑張っていたんだな。
しかし、
「飯はそこそこだったけどな」
「そこはまだ修行中だ! 半年前に調理担当が他店に引き抜かれたのだ!」
……宿屋運営には色々な苦労があるらしい。
「……魔族の中には何も考えずに好き勝手人間たちを食らう者もいるが、私は違う。町の中に潜み、賢く、時間をかけて、目立たぬようにゆっくりと人間たちを食らっていく。そして、町を去る直前に、一気に町の中を住民たちを頂くのだ!」
「今まで何回そうしてきた? 今回が初めてじゃないだろう?」
「獣の国で2回と北の国で2回。40年で4つの町を食らったな」
誇る様にハルベスタは笑った。
「そうか。死ね」
俺は拳を構える。
そろそろこいつとの会話も飽きてきた。地面に横たわるシンデリカとも十分に距離をとったことだしな。
分身たちと同じように、お前の頭も粉砕してやろう。
「ふん、馬鹿が。死ぬのは、貴様だ! 確かに貴様はそこそこやるようだが、この黒騎士団長ハルベスタの力の神髄を見せてやろう!」
奴の周りに次々と黒騎士たちが現れ、そして黒い靄となって奴の身体に吸い込まれていく。その度に、ハルベスタの存在感が強まっていくのを感じた。
「残りの黒騎士たちは245名だ。そして、その力を全て私に集める!!」
やがてハルベスタの身体には漆黒の鎧が形成される。その外見は他の黒騎士たちと似てはいる。しかし、その魔力はまるで別物だ。
「見よ! この魔力!」
ガタガタ、と周囲の建物の窓が震えた。ハルベスタの纏う余りに高密度な魔力によって、空間が軋み、空気が振動しているのだろう。
「この力!」
ハルベスタは足を踏み鳴らす。
それだけで地面に亀裂が奔った。
「貴様がいくら強かろうが、たった一個人が騎士団に勝てる通りも無し!! 私はこの力で必ず、魔王軍四天王まで成りあがって見せる!」
魔物もそうだが、魔族は人を食えば食うほど強くなる。ハルバスタは十分に力を蓄えるまで……、それこそ魔王軍四天王の座に手が掛かるまで水面下に潜み、力を蓄えることを選択したのだろう。
「行くぞ! 我が野望のため、糧となるが良い!」
真の力を解放した黒騎士の団長が、大地を蹴った。
どす黒い魔力を纏った大剣を俺の脳天に向かって、振るう。
俺はただ、それを。
「245人の騎士の力か……」
――――正面から、片手で受け止めた。
「桁が2つは足りないんじゃないか?」
衝撃で地面がめりこむ。近くの民家の窓ガラスが割れる。
だが、それだけ。
俺の命には全く届かない。皮一枚を切り裂く程度だ。
「俺は魔王を殺し、魔族を滅ぼす男だぞ? 俺とまともに勝負したいなら、国一つを持ってこい」
「ば、馬鹿なッ! なんだこの力は!?」
驚愕するハルベスタは尚も力を大剣に籠めるが、俺の身体はビクともしない。
「ほざけええええっっ!!!!!!!! なんだ、なんなんだ、お前は一体! …そうか! お前が、アレイン! 死んだという勇者か! いや、そうか! お前こそが本当の勇者なのだな!?」
そんなハルベスタの戯言を聞きながら。
俺は空いた方の拳に力を籠める。
ミシミシと骨と筋肉が鳴る。
「言っただろうが! 俺は、ただのッ! 最強だッッ!!」
「ひッッ!!!??」
――――全力で拳を振りぬく。
ハルベスタの鎧を砕き、肉を抉り、骨を粉砕する。
錐揉み回転しながら、奴の身体はロンドの門から町の外に向かって飛んでいき、やがて地平線の向こう側へと消えた。万に一つも生きてはいないだろう。
そして、黒騎士のハルベスタは討伐されたのだった。
◆
町に現れた黒騎士たちは、本体であるハルベスタの死亡と共に消滅していく。
「黒騎士たちが消えていく…!!」
「やったぁ! 助かったんだ!」
町の人々は、塵と化す黒騎士たちを見ながら歓声を上げた。
A級冒険者マルトンは、空気に溶けていく傍らの蝶を撫でながら言う。
「サンキューな、どっかの誰かさん…!」
◆
同じ頃―――。
サンクアリア大聖堂でクレアはラーラと向き合っていた。勇者に相応しい人間はジークだと訴える。個人的な思いによる感情論かもしれない。だが、彼女にはそれ以外にとれる選択肢はない。
「ラーラ様、わたしは!」
「あ、ごめん。クレアちゃん、黙って」
ラーラが突然待ったをかける。
そのまま、動きが停止する。数分が経過した。傍らのロッテリアに「どうすればいいの?」と視線を向けるが、何も言うな、と唇の動きだけで説かれた。
そして、ラーラのの唇が徐々に弧を描く。
「なるほど、なるほど。ふうーーーん。そうなるかぁ。へえーーー…!!」
まるでここではない別の景色を見ているように、ラーラは一人で盛り上がっていく。
「ラーラ様……一体どうしたのです?」
ぴたり、とラーラの動きが再び止まった。
その顔から表情が抜け落ちる。蛇に睨まれたカエルの如く、クレアは呼吸すらも満足にできなくなる。
そして、
「ふふ、クレアちゃん。貴女を試したのです!」
ラーラは満面の笑みを浮かべた。
クレアは思わず間抜けな声を出してしまう。
「は……?」
「貴女の熱い思い、しかとこの大司教ラーラに届きました。分かりました。そこまで言うなら、ジークくんと頑張ってみなさい。彼、意外とやるわね。確かに技術も知識も何もない子だけど、もしかしたら聖剣に好かれる才能はあるかもしないわ。しっかりと彼を手助けし、その道が逸れぬよう、支えてあげて頂戴」
「そ、それでは」
「さっき私が言ったジークくんを殺す云々は忘れて頂戴。ただのジョークよ。お茶目な大司教さんのね。……《《今のところは》》」
「……かしこまりました」
はっきり言って、クレアにはまるで意味が分からない。
何故ラーラが当然動きを止めたのか。一体何を思い、ジークの殺害と言う方針を転換したのか。
だが、大司教の意見は絶対だ。
クレアは粛々と頭を下げる。
銀髪を覆うクレアの白いベールをラーラは優しく撫でた。
「―――クレアちゃん。忘れないで。貴女たちが、魔王を殺すの。《《絶対に》》、何が、あってもね」
◆
俺は血で汚れたシンデリカの顔をタオルで拭く。
すでに黒騎士たちは皆塵になり、シンデリカは魔法を解いている。
「鼻血、止まったな」
良かった。すこし安心する。
返事は期待していなかったが、シンデリカは小さく呟いた。
「よかったですわ、じいや……」
「おや、また垂れてきましたな、お嬢さま」
やっぱり血は微妙にまだ止まってない。
「うむ、くるしゅうない。よきにはからえ…」
「お嬢さまか領主かはっきりしてくれないか?」
シンデリカが瞑っていた瞼を、微かに開けた。
「終わったのね…」
「おう」
「さすが、最強ね」
「まあな。俺は最強だからな。世界で一番強い」
「知ってるわ…。すごく知ってる…」
シンデリカが苦笑する。
「だが、お前は世界で2番目に最強だ。俺がそう認定する」
彼女はおかしそうに笑った。
「ふふ…。なに、それっ…」
本気だったんだがな。
シンデリカ、お前は凄いやつだよ。本当に凄いやつだ…。
彼女は再び瞼を閉じる。
「少し、疲れたわね…。眠いわ……」
「ああ、もう真夜中だからな。おやすみ、シンデリカ……ゆっくりと」
俺は彼女の頬を撫でた。
……どうか。どうか、良い夢を、シンデリカ。




