第10話 馬車に揺られて
シンデリカと共に大森林を歩き続けて2日、ようやく森の出口が見えてきた。
出口と言っても、『ここで森は終わり』なんて分かりやすく看板が立ててあったり、線が引いてあったりする訳ではない。
ただ、樹がまばらになってきて、エルフの領域から人族たちの領域に変わったことが、感覚で分かった。
俺たちが今いるのは、ガイアス王国という名の国だ。
俺が勇者として主に活動していた国であり、聖剣は元々この国の首都にある審判の台座に突き刺さっていた。勇者パーティーを追われる直前、俺たちはガイアス王国辺境の魔物を狩っていたのだった。
そう考えると、俺はそこまで遠くに飛ばされたわけではないと言える。神器が発動したときは、てっきり大陸の反対側にでも飛ばされるものかと覚悟したが。
ガイアス王国は主に人族が暮らす国だ。大陸のおおよそ中央部にある。
国によってどの種族が主な割合を占めるのかは変わってくる。例えば、東にある獣人国はその名の通り獣族たちが暮らす国だし、西にある鉄王国はドワーフたちの王国だ。
「今わたしは大森林を抜けたのね…」
感慨深げにシンデリカが言う。
その時ーーー。
「うわああああああっっ!?」
という誰かの絶叫が、森に響いた。
シンデリカと顔を見合わせる。
「悲鳴だ。近いぞ」
「誰か、魔物か魔族に襲われているのかも!」
もしくは野党か。
まあ、のっぴきならない状況なのは間違いない。
シンデリカと声の方向に走る。
「ちょっと失礼」
「きゃっ!」
シンデリカのお腹が俺の肩にくるように、彼女を抱える。
「ちょっと何!」
「失礼って言った! 二人でそれぞれ走るより、俺がお前を抱えて走った方が早い!」
悲鳴ってことは緊急事態ってことだ。少しでも早く声の主の場所に着いた方が良い。
「もう少し優しく抱えてよ! わたし荷物じゃないのよ!」
「次の機会までには考えとく!」
お姫様はどうやら抱え方が気に入らなかったようだ。
「おお、早い! 早いわアレイン! まるで風になったみたい! 貴方足も速いのね!」
なんだがシンデリカはテンションが上がっていた。
「当たり前だ! 俺は最強だぞ!」
というか、俺がグリオンやクルーテル相手に一瞬で距離を詰める様子を見ていただろうに。瞬発力と足の速さは別と思ったのだろうか。
「というか口閉じた方がいいんじゃないか!舌かむぞ!」
スピードを優先してるから、結構揺れてるはずだ。
「いだっ!」
言わんこっちゃない。
ザザザザザ、と林を駆ける。
やがて木が切り倒された道に出た。
石畳なんて立派なものは整備されていないが、馬車が通れるように大きな石は取り除かれている。
久しぶりに人間の文化の気配に感慨を抱く暇もなく、俺たちは倒れた馬車と悲鳴を上げる人族の男性二人組、そして彼らに群がる魔物たちを発見した。
見た目だけならフクロウに似ている。ただサイズが桁違いで、人族の男性くらいの身長がある。
森に出る魔物、グリーンオウルだ。
数は3匹。
俺は肩に担いだシンデリカを道に下す。
「こっちを見ろ!」
魔物に人族の言葉が分かるわけもないが、とりあえずデカい声を出して魔物の注意をこちらに向ける。グリーンオウルは人族の男性たちに降り落ろそうとしていた爪を一旦収めて、俺を見る。
「とりゃ」
俺は一息で距離を詰め、グリーンオウルの頭を吹き飛ばした。パアン、と焚火で木が爆ぜるような音が鳴り響く。脳漿があたりに飛び散った。
次に近くにいたグリーンオウルの首を両手で掴み、そのまま捩じ切った。ごきり、と魔物の首から本来鳴ってはいけない音がした。
最後の一匹は、既に仲間を見捨てて、空へ逃げ出していた。薄情な奴ではあるが、判断自体は間違っていない。
まあ、お前が生き残る道なんてないけどな。
「逃げ出した魔物は私に任せて。エレクトロアー!」
シンデリカの杖から、電撃の槍が生み出される。
それはグリーンオウルを背中から貫き、更にはその体を電撃で黒焦げにした。焼き鳥みたいになったグリーオウルはそのまま森へ落ちていく。
それを見届けた俺は、倒れている男たちに目をやる。
「あ、ありがとう助かりました」
「すっご…」
片方は礼を言い、もう片方は一瞬で魔物を仕留めた俺とシンデリカの手際に見惚れている。
身なりや馬車から散らばった荷物から察するに、商人のようだ。転んだ拍子に身体を擦りむいたり打撲したようだが、大きな怪我はなさそうだ。
簡単な治癒魔法ならシンデリカが使えるというので、手当を任せる。その間、俺は倒れた馬車を抱え、道に正しく置く。
馬はどこかに逃げ出したらしい。蹄の跡を追うと、大変興奮した様子で馬がくるくる木の周りを回っていた。魔物に襲われて怖かったろうな。
幸い馬車は大きな故障はなかったようだ。
人族の男たちはやはり商人だったらしい。近くの村に商品を届けに行く途中にグリーンオウルに襲われたとか。
せっかくなので、俺たちも村まで載せてもらうことにする。荷台にシンデリカと共に座る。
「わあ…」
馬車に揺られていると、やがて森も抜け、草原地帯に入った。森の深い緑とは違う、青々とした緑が目に映る。シンデリカが思わず、というように声を漏らした。
大森林しか知らない彼女には、この何気ない景色も鮮烈なものに映るのだろう。
俺の視線に気づいた彼女は照れたように言う。
「私ね、実は外の世界を見てみたいって思いもあったの。も、もちろんアレインへの恩返しが一番よ。…不純かしら?」
「全然。シンデリカの旅の目的が俺への恩返しだとして、別のその過程を楽しんじゃいけないわけはないだろ」
「そっか。ふふ、そっか…!」
はにかんで、彼女はまた草原を見る。まるで、宝石をみるように、きらきらと目を輝かせて。
「なら、楽しんじゃおっと! 見たい景色、食べたいもの、たくさんあるのよね! 見てみて、ここから少し東に行ったレトシア帝国には黄金の首都があるんですって! 本当かしら?」
シンデリカは荷物の中からかなり年代物の分厚い本を取り出した。その中の一項を開いて、俺に見せてくる。
俺にはエルフ語は読めないが、挿絵のお陰で、とある都市について(おそらくレトシア帝国の首都)について説明しているのは分かった。
しかし、
「…レトシア帝国があったのはもう400年も前だし、何でも魔法の実験に失敗して全部吹き飛んで、首都があった場所は更地になってるぞ」
「ええっ…、そんな」
シンデリカが悲鳴を上げる。
「ところでそれなんだ?」
彼女が持っている本を指さす。
「『外界見聞録』よ! 昔、外の世界を何十年も探検した変わったエルフがいたの。そのエルフは外での探検を終えた後、エルフの都に帰って自分が見聞きしたものを本に記したわ。それがこれってわけ!」
「…それ、一体いつの話だ?」
「ええと、おじいさまの代だから600年くらい前に書かれた本かしら?」
「だから、エルフの時間感覚…」
600年もあれば、大抵の国は滅んでいる。文化もかなり変わっているだろう。それを伝えると、シンデリカは大変残念そうだった。
まあ、自然の景色くらいは流石に残っているだろう…。