消えたお母さん
その日、彼女が私たちの家に初めてやって来た。
お母さんは、爽やかな夏の日差しが似合う女性だった。
半年前、私はふと目にした「お母さんお貸しします」という広告に応募し、当選したのだった。
お母さんは本当に働き者で、洗濯や掃除、買い物をこなし、家族の良き相談相手にもなってくれた。
家の中が急に明るくなり、私たちは彼女の存在に救われていた。
しかし、そんな生活が一年ほど続くと、少しずつ彼女の存在が煩わしく感じられるようになった。
週四回で月に五万円もかかる費用の重さもさることながら、毎晩決まった時間に帰っていく彼女の姿にどこか冷たさを感じ始めたのだ。
「お母さん」であるはずなのに、他人行儀な態度が心に刺さった。
そして、ある日私は決断した。
「お母さん」のレンタルをやめることにしたのだ。
契約を解消した後も、心のどこかで彼女から連絡が来るのではないか、あるいは様子を見に来てくれるのではないかという淡い期待を抱いていた。
しかし、それはただの夢に過ぎなかった。
彼女からの連絡は一切途絶え、電話もメールもLINEも、全てがまるで存在しなかったかのように消えた。
その時、私は深く感じたのだ。
彼女は本当の「お母さん」ではなかった。
彼女は仕事として「お母さん」を演じていただけだった。
無償の愛を求めていた私の期待は、最初から叶うはずのない幻想だったのだ。
お母さんは消えた。
彼女の去った後、家には静けさが広がり、何かがぽっかりと欠けたような寂しさが残った。
私たちは再び、自分たちの手で日常を築いていかなければならないのだ。
爽やかな夏の日差しが落ち着き始め、静かな寂しさと共に終わりを迎えた。




