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第二十話 遠い道のり

 右京の七条にある荘園に火を放ったのは、朝惟の打算ではなかった。無論、反乱の狼煙を上げるという、啓発的な意味も含めてはいるが、火をつけた理由はもっと別にある。季節がら、都には南から乾いた風が吹き込むため、炎はますます盛んに燃え上がり、右京の九条にある、反乱軍本拠地の西寺を官軍から守る盾となるのだ。その、目論見はまさに的中した。炎は一条方面へと留まることなく燃え広がり、官軍が西寺を目指すためには、炎を避けて、一度朱雀大路に出なければならない。しかし、朱雀大路は戦場の前線であり、そこを掻い潜るというのは、ほぼ不可能に近かった。

 桜たちは、朱雀門を出て、真っ直ぐに朱雀大路を南下した。夜半の冷たい風を頬に受けながら、朱雀大路をひた走るのは、無論桜たちも七条の火災を避けて、西寺へ向かうためである。前線は、丁度都の中程に相当する、五条を越えた辺りで繰り広げられていた。まさに、血戦の様相を呈した戦場が目の前に広がる。圧され気味の官軍は、屍を多数晒しながらも、反乱軍に抵抗を続けていた。

「弓兵、放てっ!」

 兵部の指揮官が太刀を振り、号令をかけると、兵たちはいっせいに弓弦を引き絞る。まさに矢の雨。官軍と反乱軍、双方の矢が無数に飛び交う。そして、掻盾の隙間を縫って飛来した反乱軍の矢は、官軍の兵を貫いた。いくつもの唸り声が折り重なり、次から次へと人が斃れていく様は、思わず目を背けたくなるほどの惨状だった。

「一気に走ってっ!」

 いくら、篝火(かがりび)が焚かれていても、夜の闇の中では、飛来する矢を目で追うことは難しい。桜は、前方の掻盾を指差して、叫んだ。そして、矢が当たらないことを祈りつつも、その体を盾の裏に滑り込ませる。

「何だ、何だ! お前たち、近衛の者か? 何やってるんだ!」

 掻盾の裏で、応戦する兵部省の兵が、突然滑り込んできた桜たちに驚いて声を上げた。見れば、胴丸を着込んだ兵は、額から血を流し、戦闘の厳しさを物語っているようだった。

「西寺へ、西寺へ行きたいんですっ!」

 盾に突き刺さる矢の音に邪魔されないように、大きな声で桜は髭面の兵に告げる。すると、兵は目を丸くして桜の顔を見た。目の前の少女が言うことは耳を疑いたいが、その愛らしさの見え隠れする瞳は、冗談など言っていないと分かる。

「それは、近衛大将どののご命令か?」

「いえ、わたしの独断ですっ! でも、右近さまはお認め下さいました!」

「そうか。しかし、西寺へ行くには、ここを突破しなければならない。先ほど、兵部卿さまが敵に斬られ、お亡くなりになって、お味方は総崩れだ! ここを突破するなんて、不可能だぞっ」

「ええっ!? 兵部卿さまが、戦死なされたのですか?」

 桜は驚きの眼で、周囲を見渡した。官軍と反乱軍が対峙する、その間には沢山の死骸が無造作に転がっている。ある者は首を刎ねられ、ある者は臓物を吐き出し、またある者は矢の餌食となって、横たわっていた。その中に、兵部省を司る卿の遺体もあるのだろうか……。

「今は、兵部大輔(ひょうぶたいほ)さまが、指揮をお執りになられているが、各部隊はまとめ切れていない。もう、ここも持たないだろう!」

 兵はそう言うと、素早く掻盾から身を乗り出して、弓矢を射る。それが、敵に命中したかも確かめずに、再び盾の内側に身を隠す。

「我々は、三条辺りまで下がり、体勢を立て直すつもりだ! お前たちも近衛ならば、我々とともに戦え!」

「でも、わたしたち……」

 と言いかけて、桜は兵の鬼気迫るような視線に、すくんでしまう。

「わたしたち、西寺へ行かなきゃならないんですっ! 戦を止めるために!」

 口を(つぐ)みかけた桜に代わり、椿が声を張り上げた。すると、兵は矢を番えながら、怪訝な顔つきを見せる。

「お前たちが戦を止める? 馬鹿も休み休み言えっ!」

「馬鹿は承知の上。それでも、戦を止めるためには、誰かが敵の大将に直談判するほかないんですっ! 幸い桜……その子なら、清浦朝惟との面識があります」

 と、今度は茜が言う。驚きを顔に出した兵は、もう一度桜の顔を見た。細い輪郭も、顔立ちも、泥だらけ、血まみれにするには惜しいほどの、少女たち。そんな、大人になるやならざるやの小娘が、よりにもよって敵の総大将の所に乗り込んで、「戦を止めろ」と直談判などしたところで、朝惟が剣を引くとは到底思えない。それは、あまりにも酔狂なこと。しかし、もしも、万が一、朝惟が剣を引けば、これ以上仲間を失う必要もなくなる。それは、とても分が悪い賭けだ、と兵は一人思った。

「しかし、どうせここで死ぬのなら、酔狂に賭けてみるのも、これ一興か……。おい、娘。お前、本当に敵の大将と面識があるのか?」

 兵はひとりごちた後で、桜の目を見て問いかけた。

「はい。一度きりで、朝惟さまが、わたしを覚えていてくださるかは自信がありません。でも、死んでいった仲間たちのためにも、わたしに出来ることをしたいんです!」

「よし、わかった。俺たちの隊で、敵に斬り込んでやる。その隙に、六条大路まで出るんだ。それから、西櫛筍(にしくしげ)小路を真っ直ぐ南に、ひた走れ! 突き当りが、西寺だっ!!」

「でも、それじゃ、あなた方が……」

「俺は、賭け事が嫌いじゃない性質(たち)でね。どうせ散る定めのこの命、可憐な乙女たちに捧げるのも悪くはないと思ったのさ」

 まるで少年のような笑顔を見せた、髭面の兵は、桜からの有無を聞く前に、部下を手招きし、手早く事情を説明した。部下たちは、一瞬驚きの顔を見せながらも、桜たちの方に視線をやって、頷いた。

「よし、野郎ども、死に花ひとつ咲かせるぞ! 娘たち、突いて来いっ!」

 それが、突撃の合図だった。髭面の兵は、僅かな部下たちを引き連れて、掻盾の内側から飛び出した。まるで、狼が吼えるかのように雄たけびを上げながら、太刀や薙刀を振り上げて、敵目掛けて、勇壮に突っ込んでいく。

「行こう、桜っ!!」

 椿が桜の肩を叩く。桜は椿たちと頷き合わせると、盾の内側を出て、戦場の真ん中へと、髭面の兵とその部下の後に続いた。敵の放つ矢は、そこかしこから飛んでくる。足は疲労で鉛のようだが、怯えたり、迷ったりして足を止めれば、瞬く間に鏃の餌食となってしまうだろう。

 やがて、矢の雨をかい潜り、一町も走れば、桜たちの視界に敵陣が見えてくる。その先に待つものは、篝火に揺らめく掻盾に身を隠して、ひしめき合う反乱軍の武者たちだ。しかし、髭面の兵とその部下は臆することなく、掻盾を押し倒し、全身で飛び込み、敵を薙ぎ払った。太刀を、薙刀を繰り出しては、決死の形相で次々に敵を殺めていく。だが、たった数人の部下だけで、敵を切り崩すなど到底適うはずもなく、一人、また一人と部下たちは、槍に突き刺され、太刀に首を刎ねられて、斃れていき、終には髭面の兵、ただひとりとなってしまった。

「六条はこの先だ! 立ち止まるなっ!」

 血のべっとりとついた太刀を振り回しながら、彼が視線で指し示したその先にあるのは、六条大路。そこにも、反乱軍の武者が有象無象の集まりを見せていた。

 桜は、踵を地面に立てて、朱雀大路を西へ横切る。後ろは振り向かなかった。振り向けば、自分たちのために道を開けてくれた髭面の兵の最期を目の当たりにしなければならない。何本もの槍がその体を串刺しにして、太刀が首筋を切る。噴出す血しぶきと、断末魔のような悲鳴。そんな光景を桜は見たくなかったのだ。

「逃がすな! 小娘どもが、そっちへ行ったぞっ!!」

 怒声のような叫びが、背中から追いかけてくる。正面には、太刀を構えた武者。前から後ろから、右から左から、有象無象のように、桜たちを取り囲む。

 桜は、足を止めることなく、矢を番えた。仲間に託されたこの矢を放てば、自分は一体何人の人間を殺めたことになるのだろう。その罪は、どれだけ重く、背負うことが出来るのか、桜には分からなかった。しかし、ここで迷えば、強いてきた犠牲に申し訳が立たない。必ず、西寺へたどり着き、朝惟に会い、戦を止めさせる!

「やぁっ!」

 短い掛け声とともに、桜の決意を帯びた矢は武者の喉下を突き破った。続けて、椿も矢を放つ。茜と葵は、薙刀を振って、行く手を遮る武者を斬り殺していった。返り血を浴びても尚、少女たちは敵中を駆け抜けた。

 目指す路は、朱雀大路の西を併走する、皇嘉門(こうかもん)大路と西大宮(にしおおみや)大路にはさまれた、西櫛筍小路。ここを真っ直ぐに突っ切れば、見えてくるのは西寺。朝惟が、住職の岳蓮法師に勧められ、反乱軍の本拠に据えた廃寺だ。

 しかし、本拠地へと至る路には、道幅を埋め尽くすほどの、多数の武者が待ち構えている。半ば、桜たちは追い込まれるような形で、六条大路を左に曲がり、西櫛筍小路へと駆け込んだ。

「きゃあっ!」

 突然、桜の背後で悲鳴が上がる。桜たちはその悲鳴に、足を止めた。振り返ると、葵が地面に膝をついている。「どうしたの?」と尋ねようとして、桜は葵の腿に、一本の矢が突き刺さっているのを目にした。

「だ、大丈夫……わたしのことは、気にしないで」

 葵は、顔をゆがめながら、かすれた声で言う。もはや、その足では、敵を押しのけて走ることは出来ない。足手まといになるだけの自分は、置いていってほしいと、言うのだ。

「だめよ、葵を置いていけるわけないじゃない! 桔梗の仇を討つんでしょ!?」

 桜は頭を左右に振りながら、葵の申し出を拒否し、自らの肩を貸して、葵を立ち上がらせた。だが、またもや矢が飛来する。すばやく、桜たちは身をかがめ、矢をかわすものの、目の前に武者が太刀を振り上げて飛び込んでくる。そのギラついた刃は真っ直ぐに、桜の脳天を捉えていた。

「させない!」

 茜の声と、鉄と鉄がぶつかり合う音。薙刀で、武者の太刀を食い止めたのだ。しかし、それは相手に隙を見せたも同然だった。

 武者は、ニヤリと口元をひずませて、茜の腹に蹴りを入れる。どすん、そんな鈍い音がして、茜の細い体は姿勢を崩した。そして、その瞬間、目をそむける暇もなく、武者の太刀が茜の胸を真っ直ぐに貫いた。茜は、悲鳴を上げなかった。

「茜っ!」

 桜と椿は、声をそろえて、親友の名を叫ぶ。親友は、口元から血を垂らしながら、二人に向かって薄く笑った。その笑みの理由は分からない。ただ、茜の瞳は死の恐怖に怯えてなど居なかった。

「桜は、清浦さまのところへ行って、この戦を終わらせるんだ。邪魔するなっ!!」

 辺りの空気を振るわせるほどの大声で、茜が叫ぶ。武者は、その声にすくみ、突き刺した太刀を引き抜こうとするが、深く少女の体に食い込んだそれは、引き抜くことができなかった。慌て、焦り、そういった総てが武者を包み込み、次の拍子には、茜の薙刀が、武者の体を斬り裂いた。

「道を開けろっ!」

 茜は、ゆらゆらとした足取りで、更に一人を突き殺す。

「あたしたちは、西寺へ、西寺へ行くんだっ……!」

 別の一人の首をなぎ払う。ごろりと、首が転がる。だが、三人目には、その刃は届かない。代わりに「うぅっ」と小さく呻き、とうとう力尽きた茜は、しゃがみこむように、がっくりと膝を折った。それは、静かな最期の瞬間だと、桜は悟った……。

「茜……、茜?」

 椿が震える声で、茜に近づき息を呑む。胸を貫いた太刀は、背中から飛び出し、その切っ先から赤い雫を落した。

「いやぁっ!! 茜っ! 茜っ、死んじゃだめよ!!」

 椿が、悲鳴を上げて、茜の肩を揺する。だが、もう茜が目覚めることはないと、分かっている桜は、愕然と茜の亡骸を見つめ、頬に涙が伝うのを感じた。

 そんな桜たちの前に、若い侍が現れた。武者たちは、そろってその青年に道を譲る。どうや西寺を守る部隊の長らしい。青年は、一際色鮮やかな紫裾濃(むらさきすそご)の縅鎧に身を包んでいた。

「なんだ、女の子じゃないか……」

 青年はそういうと、心なしか少年の幼さが残るその顔を小さくほころばせた。男ばかりの戦場に、少女の姿を見つけて驚いたのか、それとも、西櫛筍小路に現れたのが満身創痍の少女たちで、拍子抜けしたのか、それは桜たちには分からない。

「よくもっ! よくも茜をっ!」

 椿が狂気に満ちた声を上げて、腰に帯びた小太刀を引き抜くと、青年目掛けて飛び掛った。すかさず、桜は抱きつくようにして、椿を止める。

「椿! だめよっ! 抑えてっ」

「何でっ! こいつら、茜をっ! 茜を殺したのよっ! 絶対許さないっ! みんなみんな、殺してやるっ。離して桜っ!」

 椿は唸り声を上げながら、桜の手を解こうとする。親友を失った怒りが、椿の正気を奪っていた。だが桜は、爪を立てられても、小太刀の束で叩かれても、必死で椿を押し留めた。

「お願いっ、抑えて。わたしたちは、西寺へ行くのっ! そのためにここへ来たの、忘れたの!?」

「もう、そんなことどうだっていい! どうせわたしたちも死ぬの。だったら、茜の仇を討ってやるっ」

「だめっ!」

 桜の手に力が篭る。椿は、背中に冷たいものを感じて、桜の方を振り返った。都でも一番の器量よしと呼ばれる、桜の顔は煤と泥に汚れ、涙がそれを滲ませる。親友を失ったのは自分だけではない、怒りに焦がされているのは自分だけではない。桜だって同じなのだ。だが、それでも強く自分を律しようとする桜の姿に、椿は体から力が抜けるのを感じ、我に返った。

「椿。お願い……茜の仇を討つために、椿まで居なくなっちゃったら、わたし、どうしていいか分からなくなっちゃう」

 そう言うと、桜は椿から手を離した。椿は、力なく肩を落とす。かすかに、椿の口が「ごめん」と動いた。

「お武家さま! お願いがありますっ! わたしたちを西寺まで連れて行って下さいっ!」

 桜は涙をぬぐい、張った声で青年に向かって言う。すると、青年は急に顔を引き締めて、

「そうは行かない。この先には、お館さまがおられる。女の子を斬るのは趣味ではないが、仕方ない。お館さまから、敵をやすやすと通すべからず、と仰せつかっているからな」

 と返し、腰刀を引き抜いた。周りの兵がもつ松明(たいまつ)の明かりに、ぎらりと刃が光る。しかし、桜はじっと青年の顔を見据えた。

「待って下さい! わたしたち、清浦さまにお会いしたいんですっ!」

「お館さまに、お会いしてどうするつもりだ? 大将の首を挙げるとでも言うのかい? それなら尚更、ここを通すわけには行かない」

「そんなつもりはありません……」

 そう言うと、桜は弓をその場に放り投げた。それに倣うように、椿も手に持った小太刀を投げ捨てる。それには、さすがの青年も、それと分かるように驚きの顔を見せた。

「清浦さまにお会いして、この戦を止めていただきたいのです。お願いします、清浦さまに会わせて下さい」

「それは、和議の使者ということか?」

「いいえ、違います。わたしが、一個人としてお願いにあがりたいのです。官軍やあなた方だけでなく、都に住む普通の人たちまで巻き込んで、無益な血が流れ続けるのを、一刻も早く止めたいのです」

 桜が淀みなく言い切ると、青年は尚も難しい顔をした。

「お前たち、五巫司だろう? その水干を見れば分かる。それは、女の子の着るものじゃないからな。でも、和議とは、お館さまと今上陛下が結ばれるものであって、君の個人的な願いを聞き入れたのでは、俺たちは挙兵した意味を失ってしまう」

「ならば、ここでわたしたちを殺しますか? 丸腰の相手を、心も痛めずに斬り殺しますか? それで、あなた方の戦に大義が立つのであれば、どうぞ、わたしたちを殺めてください」

 青年の傍に控える武者が俄かに、弓矢を構える。しかし、青年はそれを制して、

「待て。丸腰になったのは、そっちの勝手じゃないか……」

 と、呟いた。それから、青年は難しい顔をする。まるで百面相のようにくるくると表情を変えながら、何事か思案すると、すこしだけ青年は微笑んだ。

「俺は、お館さまの家臣、石丸。お前たち、名は?」

「桜。わたしは桜。こっちは、椿。それから、葵。あと……茜」

 桜は、ちらりと茜の亡骸に視線を送った。

「桜。いい名前だな。お館さまは、サクラの花がこの世で一番好きだそうな……。武具は総て、こちらで預からせてもらう。それから、その葵って子はお前らで背負え。西寺に着いたら、手当てしてやる」

「石丸どのっ! ご勝手なっ。敵をお館さまに近づけるなど、もってのほかですぞ!」

 先ほど弓矢を構えた武者が、血相を抱えて石丸に苦言を呈する。しかし、石丸は厳しい顔で、

「じゃあ、お前は無抵抗の女の子を斬り殺せるのか? 俺はごめんだね」

 と言ってのける。それから、太刀を仕舞うと、桜たちから武具を受け取り、武者に向かって放り投げた。

「あの、茜も……茜も連れて行ってください」

 桜は矢筒を石丸に預けながら、おずおずと頼んだが、石丸は首を縦には振らなかった。断られた桜は、そっと茜の亡骸に近づいた。もう二度と、親友は「桜」と呼んではくれない。椿と一緒になって、桜をからかうことも、恋の話に夢中になることもない。そう思うとまた涙か溢れそうになる。

「ごめんね、茜……行ってくるね。清浦さまに会ってくる」

 桜はそっと、親友に別れの言葉を告げると、涙をこらえて、踵を返した。椿は、そんな桜の姿を横目に、傷ついた葵を背負う。

「わたしは、死なない。だから、桜も死なないで」

 椿が桜に言う。桜は強く頷き返して、椿の背中で腿の痛みに苦しむ葵に向かって「葵もね」と付け加えた。

「じゃあ、行くぞ」

 石丸が、手招きをする。桜たちは、西櫛筍小路の突き当たり、朝惟の待つ西寺へと歩き出した。


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