二話~警部補冬野麻美~鬼の瑞樹~②~
「鮫島小次郎以下四名……威力業務妨害及び脅迫容疑で逮捕します!」
あたしはそう宣言すると、警察手帳を提示して、鮫島を含むその場に叩き伏せられた五人の男達を浅草東署に連行しようとしたのだが、この鮫島という男中々に法律関係にも通じているみたいで、この時のあたしの逮捕を不当逮捕だと喚きだした。
「……ちぃっと待てやぁ?おぅ!鮫島ぁ!てめぇ娘の逮捕宣言を不当だって喚きやがんならよぉ……てめえのこの行動…どう説明するつもりだぁ?てめえのやってるこたぁ安西の御大と達将のオヤジが交わした協定違反であり…俗に言うシマ荒らしじゃねぇのかよぉ?それに…何より俺が頭きてんのはよぉてめえのさっきの言動だぁ!慎二が誰の尻ぬぐいにムショの出入り繰り返してるかも知らねぇでよぉ!てめぇよくも抜けしゃあしゃあとそんな事が言えたもんだなぁ!?」
あたしが鮫島に、逮捕宣言を不当だと叫かれ黙り込んでしまった時だった。
生まれてこの方、こんにちに至るまで、これほどまでに激昂した父を見たのは、後にも先にもこれが最後だった。
「時代は変わってんだぁ……そんな時代遅れな事言ってるようじゃあよぉあんたら警察も終わりだなぁ!」
この鮫島という男、どこまでも卑劣極まりない男だと確信した刹那だった。
次の瞬間、鮫島以下四名の男達に猛然と襲いかからんとする成り形は十六歳の少女だが、その時の彼女は、正しく、鬼だった。
彼女のその豹変に、彼の取り巻き達は尻込みしはじめたのだが、この男だけは違った。
薬物中毒者特有の血走った瞳で彼女を睨み返すと、事もあろうか人の多く行き交う商店街で彼女に向けて拳銃を発砲するのだった。
しかし、鬼の化身へと覚醒した彼女には彼の発砲する三十八口径の鉛玉などその分厚い筋肉によって阻まれ、彼女自身は何のダメージも受けておらず、殺気だった感情のみを全面に押し出した無機質な瞳のまま彼女は、鮫島一人に的を絞り、彼女の鬼の化身と化した右手が鮫島の頚椎に振り下ろされよう刹那だった。
「鮫島ぁ!てめぇ何やっんだぁ!この愚か者がぁ!」
瑞樹ちゃんの鬼の右手が鮫島の頚椎に後わずかというところで、鮫島は自分の右横からの参入者によって、殴り飛ばされていた。
「……わ…若……お早いお戻りで……で…あっしはなんでムショ帰り浦島太郎のあんたに制裁受けなきゃいけねぇんですかねぇ?あんたが戻ってきなさるめぇに少しでもシマぁ広げとこうと頑張ってたあっしがぁ!?」
彼、鮫島小次郎がそう暴言を吐いた刹那だった。
今度は、父親の激昂した訳を理解したあたしが、警察官という立場も忘れて彼に襲いかかり、慎二さんの木刀の打撃に動くことすらままならない鮫島の左胸に、渾身の力を込めた掌底を放っており、鮫島は吐血してそのまま、完全に意識を失うのだった。
「麻美ぃ!そこまでだ!そんなクズでもやっちまったらおめぇの罪になる……まあ…俺等親子をを早くにこの浅草東署から追い出してぇと考えてる奴からすりゃあ意外に思うかもしれねぇがな?谷崎ぃ…おめぇそんなに気に入らねぇかよ?俺が娘ぇこの東署に呼び寄せたのがよぉ……てめぇの立場が危うくなるとでも思ったかぁ?」
あたしの次の行動を軽く去なした後、ただでさえ厳めしい顔をさらに歪めてこの現場に慎二さんを連れてきた浅草東警察署の署長でもある、元相棒の谷崎圭吾さんを激しく睨むのだった。
「何言ってんすか?丈さん……そんな無駄な事して俺に何の得があるっていうんです?まあ…貴方の行動には未だ気の休まる時が無いって事くらいで貴方に対する疎ましさを口にしたらきりがありませんよ……」
この、谷崎圭吾という男も父に聞かされていたとおりの要領の良いだけの出世と金銭欲にとらわれた国家権力の亡者なのだと、この時のあたしには思えた。
「……谷崎ぃ…おめぇらしい相変わらずの胸クソ悪くなりそうな物言いだなぁ?まあ…でも安心しろやぁ谷崎ぃ……俺も娘もくだらねぇ権力争いにゃあなぁんの興味もねぇからよぉ……まあ…せいぜい気張ってくださいやぁ浅草東警察署…署長殿……」
ねちねちと人をいたぶるような言動をした谷崎さんに対してあたしの父はといえば、我関せずといった表情で彼を一瞥しただけで、勘定を済ませるとあたしを連れて、達将さんの屋台を後に、次の店へとあたしを誘うのだった。
「……冬野さん…貴方このまま突き進んだら今の時代の波にのまれて終わるだけだぞ!それからぁ俺があんたの部下だったなぁ四課の時までだぁ!今ぁ俺のが立場も上だぁ!あんたがた親子を交番勤務にだってできるんだぁ!それでも私に楯突くかぁ!」
父とあたしの背に、彼の暴言が飛び出した時今度は振り向き様に娘のあたしが言ってやった。
「……あたし等親子…交番勤務上等だぁ!ぶぁあかぁ!」
あたしの態度に怒り心頭の彼に、あたしはさらにニコやかに彼に向けて立てた親指を自分の首筋に添えて、右に払う仕草をすると、小さく呟いた。
「くたばれ…ばぁか……」
さらに何かを叫く彼を無視してあたしは父の腕に飛び付いて言った。
「あぁあすっきりした……ねぇ父さん今度は何処の店連れてってくれるのぉ?あたしも父さんも明日は非番なんだし朝まで付き合ってもらうかんねぇ……」
悪戯っぽく笑ってあたしはさらに父にすり寄るのだった。あたしと父にだけ解る秘密の暗号を交わして。
「……署長さんよぉ…あんたそんなんでよく丈さんの相棒が務まったなぁ……あの人に教わらなかったかぁ?人を見下すなってよぉ……それともう一つ…丈さん親子ぁ端っからあんたなんて眼中にねぇってこったぁ……慎二をこの場に連れ出すように言ったなぁ丈さんかもしれねぇ……けどその後がいけねぇやなぁ……俺等ぁ一括りにパクっててめぇの手柄にしようって意地汚ぇ魂胆がよぉ……国家権力と金しか欲のねぇあんたからすりゃあ俺等ゴミ溜めの人間かもな…けどよぉ…ゴミ溜めの人間だって日々必死に生きてんだぁそんな事も解ろうとしねぇ奴の事ぉ誰が信用するよぉ……」
あたし達親子の去った後、父からの言づけだと偽り自分が勝手に連れ出した受刑中の慎二さんを出しにして、この浅草東西の露天商をまとめる顔役でもある浅香一家と天神一家をまとめて検挙しようとする谷崎さんにそう苦言を呈したのは、浅香一家初代、浅香銀次郎事、浅香達将さんで、
その両脇では、二代目継承が確定した彼の実の娘。浅香瑞樹ちゃんと、浅香一家幹部の里中弘二、裕二兄弟が、そして無理やり連れ出された慎二さんまでもが鬼の様相で彼を睨みつけていた。
「この商店街…つぶすだとかぁ浅香の顔役にまで迷惑かけようってんならよぉ俺ぁまたぁこいつらと一緒にムショ戻らせてもらうぜぇ……こいつらぁどう思うか知らねぇけどよぉ……あんたの出世の出しにされたなんてなぁ浅草天神一家ぁ末代までの恥になんからよぉ……」
慎二さんはそういうと、鮫島達と一緒に並み居る警官隊に自首しようとした刹那だった。
「若ぁ!あんた長ぇムショ暮らしで頭までイカレちまったかぁ?別にあんたがムショ戻ろうが戻らまいがあんたの勝手だけどよぅ……俺等ぁ別にムショ行く必要なんてねぇんだよなぁ…谷崎圭吾署長さんよぉ……」
これだけ緊迫した空気感の中でも、この男だけは違ったようで、彼はそういうと、事もあろうか、東署署長の谷崎圭吾管理官に、そう詰め寄った。
「……どぉせそんな事だと思ったよぉ……谷崎圭吾管理官!貴方って最低の警察官なんですねぇ……そちらのバカ五人あんたなんかに身柄渡さないし!慎二さんも自首なんてさせませんから!」
そう言い放ったのは、達将さんの真横に立つ瑞樹ちゃんだったけど、その標的となる大人達を見る彼女の目は、十六になったばかりの少女の目ではなく、殺気だけを全面に押し出した無機質な瞳であり、彼女の身体が十六歳の少女から、鬼の化身へと変わろうとしているようにも思えた。
「老いぼれと小娘がこの浅草東警察署の頂点に君臨する私に説教とは笑止千万!お前等のような輩に等しい人間が跋扈している限り!この東西に無駄に広いだけの商店街は発展もしなきゃ改善もしない!町のゴミには町のゴミをぶつければお互いつぶし合って終わってくれると思ったんだがなぁ……仕方ない……お前等全員!ブタ箱叩き込んでやるわぁ!!」
彼はそう言って、応援要請として呼び寄せた捜査官達に、一斉検挙の指示を出したのだが、そこに、彼の指示を聞く捜査官は一人もおらず、逆に、指示を出した谷崎圭吾管理官以下鮫島達五人を取り囲むのだった。
この前、前編中編後編で、完結させようと思ったのですが、しばらく続きますm(__)m




