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一話~警部補冬野麻美~鬼の瑞樹~①~

 あたし冬野麻美は、都内の国立大学卒業後、

 警視庁での厳しい実地訓練を受けた後、順調に行けば、昇格試験免除のまま、警部補として警視庁勤務が約束されていた。


 されど、父親ゆずりの頑固一徹な性格のあたしには、机上の空論としかおもえない型にはまりきった捜査方針ばかり提唱する上官の指示に従うのは最早限界がきており、少しでも気を緩めてしまえば、外れそうになる感情の箍を抑えるのがせえいっぱいだった。


 そして、やはりというべきかあたしの抑えていた感情の箍は見事に外れてしまい、結果としてあたしは、その捜査線から外されはしたものの、官位はそのままに、勤務地だけを自身の実の父親の相棒だった谷崎圭吾さんが署長を勤める浅草東警察署に左遷されたのだが、

 あたしとしてはこっちの方が自由に動ける気がして逆に左遷された事に感謝あるのみだった。


「ったくよぉ……この浅草東署に久しぶりに新人刑事が配属になるって本庁から連絡もらって待ってりゃあよぉおめぇかよ?」


 就任挨拶を済ませ、訪れた浅草東警察署、刑事課オフィス。


 あたしの入室直後にそう毒づく、刑事というよりはバブル全盛期のヤクザかと思うような出で立ちの初老の男性。


 彼の名は、冬野丈一郎。かつては警視庁組織犯罪対策部捜査四課でその名を馳せ、その当時は鬼の丈一郎と恐れられ、近隣のヤクザ者達を震えあがらせていた名刑事だと聞いているあたしの父親。


 幼いころから見慣れた頑固ヅラ、それを助長するかのような顔の傷。さらには時代錯誤も甚だしい派手な色目の開襟シャツに加えて、短く刈りそろえられた頭髪は、乱れ毛一つ無いほどにかけられたパンチパーマ。

 そして口髭、最早刑事というよりは、ヤクザの親分そのものだった。


「……父さんそんなんだから…新人さんびびって近寄らないのよ……娘のあたしが来てあげただけでも感謝してもらいたいなぁ……」



 入室早々、実の父親に毒づかれ、多少の自尊心も傷つけられたあたしは逆に毒づき返して、父親を軽く睨み返してやった。


「麻美ぃ……そんなに尖んじゃねぇよぉ……おめぇ…親父の俺の冗談もわかんなくなっちまったかぁ?来てくれたのがおめぇで助かったに決まってんだろうがよぉ……生半可な新人に来られた方が逆に困っちまう……」


 厳めしい顔を破顔して笑う彼を見た時、あたしの脳裏をよぎったのは、徹夜明けでさぞかし疲れているだろうにもかかわらず、笑ってあたしの遊び相手をしてくれた。


 在りし日の優しく子煩悩な父親の姿だった。


「……警視庁捜査一課より本日付けで浅草東署刑事課配属になりました!冬野麻美警部補であります!」


 あたしは姿勢を正すと、署長室の椅子に座る自身の実の父親、冬野丈一郎警視に、着任の挨拶と敬礼をするのだった。


「麻美ぃ…おめぇ……しばらく見ねぇ間に良い警察官になったなぁ……浅草東署刑事課課長!冬野丈一郎警視です!我が浅草東署は!冬野麻美警部補を心より歓迎いたします!」


 彼もまた、椅子から立ち上がると、正面からあたしの顔を見据えて、敬礼を返してくれた。


 しかしこの時、父は予測していたのかもしれない。


 自身が捜査四課時代に、検挙、壊滅に追い込んだ暴力団の生き残りから、仕返しを受け、命を落とす事も、そして、自身の後継者候補として、あたしを警視庁から呼び戻したのも。


 自身には、命のタイムリミットが迫っていることを思慮していたのだとあたしは思った。


 そして、その日の夜。この日はあたしの着任祝いもかねて父が久しぶりに夕食を二人でとろうと言って、この浅草界隈を東西に渡って取り仕切るテキ屋の元締め的存在でもある、浅香一家。その初代を勤める浅香銀次郎こと、浅香達将という人物が、若衆二人と自身の娘の三人で切り盛りする。浅草東商店街の一角にあるこじんまりとした焼き鳥の屋台に連れて来てくれていた。


「珍しいじゃねぇですかい?丈さんが若ぇ娘さん連れてうちに来て下さるなんてなぁ……明日…槍でもふらなきゃいいんですがねぇ……」


 あたし達親子が暖簾をくぐり屋台に備え付けの椅子に座った時、屋台裏の火鉢で丹念に焼き鳥を焼く、この屋台の主でもある彼、浅香達将さんが、父と大差ない厳めしい顔を破顔して、優しく毒づいた。


「おやっさん…ったくよぉ…冗談きついぜぇ……こいつぁ俺の娘だよぉ……死に別れしたかみさんとの間に出来た…たったひとりのでぇじなでぇじな俺のひとり娘だぁ…今回訳あってこの浅草東署に勤務が決まってよぉ…達将のオヤジにも紹介しとこうと思ってなぁ……連れて来たって訳だぁ……」



 この、浅香達将、瑞樹親子と父は、かなり古くからの顔なじみなのだろう。


 あたし達が来店して一時間ほど過ぎた頃、適度に酔いが廻り、少しだけいつもより冗舌になるあたしの父親を見る浅香親子の視線はまるで、古くからの親友を思いやるが如く優しいものだった。


「……そうでしたかい……そいつぁめでてぇやぁ……お嬢さん…お初にお目にかかります!丈さんにゃああっし等ぁ親子共々可愛いがって頂いております…浅香銀次郎こと…浅香達将と申します……こいつぁただ今テキ屋修行中のあっしの娘で瑞樹と申します……以後…お見知りおきくださいやし……」


 彼、浅香達将さんがそういって、今年二六歳になったばかりのあたしに深く頭を下げ、良い感じに焼き上がった焼き鳥の串を頼みもしていないのに、あたし達親子の座る前に出してくれた。


「あたし達…飲み物しかまだ頼んでませんけど……」


 彼からのいきなりのサプライズに、あたしはただあっけにとられるだけだった。


「……やっぱりダメかぁ……こういう昭和レトロなサプライズぁ今どき女子のおめぇにゃあやっぱうけねぇわな……あいつが逝っちまって…それからの俺ぁおめぇの親父としても…ましてや法の番人になんて到底なれねぇくれぇにイカレちまってよぉ……おめぇにゃあ苦労のかけどうしだったぁ……けどおめぇは嫌な顔一つしねぇでダメ人間になりかけてた俺を逝ったあいつと変わりなくあれこれ助けてくれたじゃねぇかぁ……今の俺があるのは…おめぇのおかげだと…俺ぁ思ってる……ありがとうな…麻美……」


 突然のサプライズに、あっけにとられていたあたしだったけど、この時の父の言動から、死を覚悟した父親の意思を悟るのだった。


「……急にどうしたの?父さん!あの時の事は!母さんが死んじゃた時の事はもう忘れるって約束したじゃない!二人で生きて行こうって!母さんが居なくなって…そのうえ父さんまで居なくなっちゃったらあたし…本当の独りぼっちじゃない!そんなの嫌だからね!あたし!」


 父の言動に、彼の死を覚悟した意思が明確にわかった時、あたしは我を忘れて父親の開襟シャツの襟首を掴んでいた。


「……安心しなぁ麻美ぃ……俺が居なくなってもおめぇは独りぼっちじゃねぇ……この浅草東署管内にゃあ不思議な伝説があるんだ……この管内にゃあ一匹の鬼が居る……けどこの鬼ぁ絶対に怒らせちゃならねぇ……それさえ守りゃあ…この一匹の鬼…必ずおめぇの心ずえぇ見方になってくれる……麻美ぃ…俺の屍を乗り越えろ!」


 明らかに、上官反逆罪を問われ兼ねない、一警察官としてあってはならない衝動的な感情に翻弄され、実の父親とはいえ、彼は警察組織上あくまでもあたしの上官。

 けれどこの時の彼は優しく、幼き頃の記憶にあるあたしの子煩悩な父親で、感情に奔るあたしを優しく見守ってくれていたのだと思った。


  あたしの感情の波が、父親の説得により落ちつき始めた頃。


 あたし達親子の居るこの屋台周辺に、不穏な空気が流れ込み、それと同時にどう見てもこの場には不似合いなマオカラーのスーツを着た一団が一気になだれ込むのだった。


「鮫島ぁまたてめぇかぁ?何度来られようと応えは同じだぁ……こかぁ譲らねぇ……」


 ズカズカと屋台に入り込んで来た輩風体の男達の前にしても、彼、浅香達将さんは顔色一つ変えず、そしてまた、声音を荒げるでも無く、まるでその男達など眼中に無いといった様相でそう一瞥しただけで後は、ただ無言で焼き鳥を焼くだけだった。


「浅香の親父さんよぉこっちゃあそんな悠長に構えてられんのよぉ……明日になりゃあ若がムショから帰ってきちまうそうなりゃあ俺の計画ぁ全て水の泡だぁ……ムショに出入り繰り返してる先代のバカ息子に組の運営なんてとてもじゃねぇが無理だぁ……だからよ…俺が二代目んなって組の粛清しようってんだぁ……だからよ…今日からぁこの商店街ぁ俺等ぁ浅草天神一家が仕切らせてもらおうと思ってな……四の五の言わねぇでここいら一帯の土地物件の利権おとなしく渡してもらおうか?」

 浅草天神一家幹部、鮫島小次郎が、そういって彼、浅香銀次郎こと浅香達将さんに凄み詰め寄った時だった。


「……グフッ……」

 口から血ヘドを吐き、完全に意識を失っていたのは鮫島の方で、あたしの父親だったり達将さんだったりはこの状況に顔色一つ変えずにいたのだが、鮫島が達将さんに凄み詰め寄った刹那、彼の右横で洗い物をしていた娘の瑞樹ちゃんが微かに動き、鮫島の首筋辺りに拳を軽く置いたようにその時のあたしには見えたのだが、たったそれだけの動きで、自分よりも肩二つ分は巨漢の鮫島を完全に気絶させていた彼女、瑞樹ちゃんの底知れぬ力にあたしは独り、凄まじい戦慄を感じるのだった。


 しかしこの時、あたしの感じた戦慄は、驚愕の感情よりも、彼女の父親を守ろうとする娘心の感情が勝っており、気がつけばあたしも、次の攻撃に転じようとしていた鮫島の取り巻き達に問答無用で襲いかかっていた。

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[良い点]  わあ☆ 警部補ですね! カッコいい!(このカッコいいは使って大丈夫でしょうか?)  そして浅香一家……! 瑞樹ちゃんも♪ スピンオフ的な作品でもあるのですね。  後編を楽しみにしてい…
[良い点]  とても解り安く書かれていて、とても読みやすく、あっと云う間に読み進めてしまいました。 [一言]  とても面白い仕立てになっていて、あっと云う間に引き込まれてしまいましたよ。  お蘭様、ス…
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