間話;次代のマフィアボス
今回は短め。
約束しよう、ミランちゃん。
約束?
そう、この場所で、この小屋を目印に、また会おう。僕がマフィアになって
私が死神になった時に ───…?
未だ取り壊されることなく佇んでいる廃屋に手を触れる。森の管理小屋として立っていた為、町の廃屋と違って緑色の侵食が激しい。ツタは蔓延りコケは生い茂り、少し触れただけで欠けていく壁も やがては土へ還るのだろう。
「あれから10年、か。」
正確には11年と少し。「ひでくん」と呼ばれていた俺は、17歳の青年になっていた。
仕事として紹介された死神2人、うち片方のことを思い返す。11年越しに再会した女の子、ミランはあの時のことを覚えていない様子だったが、約束通り死神として頑張っているんだろう。俺も負けてられないなと苦笑する。
彼女が人ではないことに気付いたのは、どのタイミングだったのか。それは俺も覚えていない。ただ、咄嗟に彼女を庇おうとした時には分かっていたはずだ。“死神”という言葉を聞いた時は、流石に驚いたものだけど…。
(ずっと前から、霊的なものは見てきたんだ。)
あれから個人的に調べもして、多少は知識も身に付けたと自負している。何より、幼心にこの町を好いてくれた子を嫌いになんてなれる訳がなかったのだ。
そんな子と仕事で組むことになったのは偶然か必然か。どうにも嫌な予感はするもんだが、少しでも彼女の力になれたなら それでいい。俺は、今回のことについて、あの日もらった恩を返せるチャンスが来たんだと受け止めている。
「………。さてと、買い物して帰りますか…ってな。」
17年生きた経験による勘は、じいさんに命じられた任務が長期になると告げていた。ここを訪れるのも難しくなるだろう……というのが理由の一つでもあるが、彼女とバディを組まされるなら来る必要もないというのが本当のところだ。
ここに通っていたのは、あの日のことを忘れない為。たとえ彼女が忘れたんだとしても 俺のエゴとして生涯覚えていたい記憶だったから、暇さえあれば足を運んでいたんだ。そう…ただそれだけのこと。
「あと何年、この家は待っててくれるかな。」
目印代わりにした一軒のボロ小屋。それが倒壊しきってしまう前には一人前のマフィアに成りたいと心に誓って、俺は思い出の場所を後にした。
そこから町中の店を回って数分、あれは買ったこれは買ったと片腕に抱えた袋の中を確認する。これだけ買ったら残りは一軒だけ。最後の店は、森のボロ小屋とは違う場所でありながら同じ町外れに位置する小道具屋。
そこに向かう道中にて、このご時世にはありがちなハプニングが起こってしまった。
「よぉ、にいちゃん。羽振り良さそうだな?」
「ちょおっと、俺らに袋の中のもん恵んでくんね?」
3人の男に行く手を塞がれる。町の外側に行けば行くほどこういった輩は増えてくる上、今回は目的地へのショートカットとして人気のない路地裏を選んだせいもあるだろう。
「命が惜しかったら…分かるよなあ?」
ナイフや鉄パイプといったチンピラ定番武器を取り出す彼らは、ニヤニヤと涎でも垂らしてそうな笑みで俺の方を見つめてくる。
その六つの目は確実に、格好の餌を見つけたと雄弁に語っていた。
*
「帰りが遅いな。」
導ノ内のおっさんに「本当に老化現象は遅いんだな」とか「これで計60歳には思えん」とか…衰えてない体が羨ましいと弄られるのも鬱陶しくなってきた私は、そこから話を逸らす為に別の話題を作って振ってみる。
ちなみに、私が「帰りが遅い」と言ったは、彼の孫である秀政のことだ。
「日課の散歩に行っているところだ。ついでに買い出しも頼んだから、当分は帰らんだろう。」
「話を逸らしたな」と指摘されたが「心配か」とも返してきて、振った話にはすんなり乗っかっていた。
そうは思えないかもしれないが、こんなおっさんでも歳下に対する引き時は知っているのだ。自分は揶揄う程度だと思っていても 相手からすればイジメにしかならない場合がある、と。閑話休題。
「なあに、あいつも男だ。根っこがマフィアに向かねえぐらい…優しくてもな。」
自分の孫が跡継ぎには向かないと評しながらも 依然その候補から外さない辺り、苦笑を禁じ得ない。優しいままでいるには時代が悪かったとでも言いそうな横顔だ。
しかし、自分からこの話を振っておいてなんだが、彼の安否については心配してないと首を横に振った。
「優しくて、気弱なのも本当なんだろう。だが、おっさん。かなり鍛えたんじゃないか?」
彼は何も言わずにニヤリと口角を上げる。
ああ、昔っから変わらない。どれだけ歳をくってシワが増えようが白髪が増えようが、その魂はいつだって私の知る“導ノ内のおっさん”だった。
*
「い゛、つア゛ッ…!」
腕を後ろに捻り上げられた男は、痛みに耐えかねて武器を落とす。その男の前には、腹を押さえて蹲る男と片足を押さえて横倒れになっている男がいた。
「買い物中に襲ってくるなんて、後で傷んでないか見ておかないと…。」
「て、てめェ…何もんだ⁈」
「あれ、俺、名乗ってなかったか? それは悪かった。」
ごめんごめんと捻っていた腕を離すも 解放された男は怯えた表情で俺との距離を取る。皆揃って散々な怯え様だった。怖がられすぎて、なんだか物悲しさを覚えてしまう。
まあ、(暴力で)脅したんだから致し方なし。そう自分を慰めながらも 今ある恐怖を加速させるべく、あえての笑顔で彼らの質問に俺は答えた。
「俺は導ノ内ファミリーの時期当主、秀政だ。ここは俺達のナワバリの範疇…チンピラだろうと、どっかの組織だろうと、手を出されちゃ困るんだよ。」
俺の言葉を聞いた男は、痛めた腕を庇いながらガクリと膝をつく。地面と仲良くやってる後ろの2人も驚いた目をしているのを見ると、「導ノ内」の名がちゃんと効いてくれたようだ。
それを確認し、俺は上着の内側…ホルスターに入れていた拳銃を取り出して距離を詰める。腕を痛めた奴は後退りを試みるも 恐慌状態に陥っているが故に大して進まず、後ろの2人も似たような具合で俺を見上げることしか出来ない。
失禁しかねないかという考えも過ぎったが、俺は今にも泡を吹き出しそうな彼の額にピタリと照準を当てた。
「次は無いぞ。」
多分にドスを効かせた声で警告する。どっちの方が死神だよという有り様だが、これが現代で1番穏便に済む“交渉”だ。
「は、はいぃ!」
「もう、二度と、来まシェン!」
「うあ、わ…おッ……置いてかないでくれえ!」
今は殺さないと伝えたのが合図となり、男3人は尻尾を巻いて逃げていく。約一名、負傷箇所が足だった為に逃げ遅れていたが、逃げる気があるなら わざわざ追い討ちをする必要もない。
俺は3人全員が完全にいなくなるまで、すっかり暗くなってしまった路地裏に立っていた。