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死神の石  作者: 白髪 シホォン
7/10

ニッカ

 導ノ内ファミリーの本拠地を出て、行きの時にも見たよう通りへと出た。日は天辺から傾き始めてるが、場の雰囲気も相まってまだまだ明るい。

 すれ違う人々は導ノ内さんに気付くと頭を下げていく。その表情に畏怖はあるけれど、同時に敬意も込められていると思えるようなお辞儀だった。いつも見かける荒くれ者と導ノ内さんとでは、同じアウトローでも違う印象を受ける。


「お待たせ。いやあ、やっぱりラフな格好の方が性に合ってるわ。」


 人間用の服を買ってくると服屋に一直線したシネラさんが、肩をぐるぐる回して調子を確認しながら戻ってきた。

 彼女の言葉通り、その格好は死神の時とは打って変わってラフなもの。天界では馴染みのないパーカーとシャツ、それにズボンもカーゴパンツというものだそうだ。死神の女性はスカートやワンピース、またはドレスなどが一般的で、シネラさんの格好は物珍しいと感じてしまう。


「髪型も変えたんですね。」

「こっちの方がしっくり来るからね。」


 黒くなった長髪は、ハーフアップからポニーテールになっている。1、2本、細い三つ編みを入れるという特徴に変わりはないが、大まかな形を変えるだけで見た目から受ける印象も変わってくるものだ。


「にしても 鞘袋まで取り揃えてあったのは驚いたよ、おっさん。店の品揃え良すぎない?」

「なんで俺に言う。」

「生活が安定してるのは治安の良さ。だろ?」


 そう、治安が悪い…というか、機能していないところは食べ物を確保することさえ困難だ。一応、国の事業として機能している田畑から採れた作物を各地域に配給しているそうだが、配送中に襲われることもしばしば。国の手が回らないところに至っては、そもそも物資が来ないのが現状である。

 その中で、国からの配給だけでは賄えないであろう物資をこれだけ取り揃えられるのは、そもそもの前提として治安が維持されてるからだということ。聞けば、一次産業も二次産業も ある程度揃っているとか。

 そして、シネラさんが導ノ内さんに言った理由は、この辺一帯の治安維持をしているのが国による警備ではなく、彼ら導ノ内ファミリーによるものだと知っているからだ。


「暫く見ないうちに、随分と良くなったんじゃないの?」

「まあ、な。」


 私達に気付いた人間が、また頭を下げている。先程からその会釈に敬意を感じられるのは、きっとシネラさんが言った治安のことがあるからだろう。


「何か問題が起きれば俺の組織に連絡が来るよう周知させてあるし、見回りもしている。それから、俺の組織内でサビ(・・)が出た場合にも備え、あれこれ対策していったら このくらいはマシになった。ただ、万全には程遠い。俺らの認知できてないところへの深追いは自己責任で頼むぞ。」


 心からの忠告に、私は“人の良さ”というものを見る。彼らみたいな民間人ばっかりだったら国も苦労しないんだろうと考えてみたけど、人間のでも死神のでも政治はよく分からないので何がいいのかは結局謎だ。


「あら、導ノ内さん。可愛らしい子達を連れてどうしたの?」


 店番らしき おばあさんに声をかけられた。他の人は会釈しても遠巻きになので、この人間はシネラさんみたいに個人的な付き合いがある人かとアタリをつける。


「ほら、飴ちゃんをあげようね。こんなご時世だ。食べられる物がなくなった時の気休めにするといいよ。」


 この『人の姿』だと、霊感のない人間にも見て触れられるようになるので難なく飴を握らされる。それほど早くはなかったはずなのに、断れなくて困惑してしまった。

 もらった飴は、光に透かしてみると琥珀のように輝いている。おばあさんは飴を観察する私を見て「おや」と声を出した。

 今の私はどこからどう見ても完璧な人間のはずだ。何かあっただろうかと首を傾げていると、それに気付いたおばあさんは不思議なことを言う。


「ああ、ごめんなさいねえ。前にも会ったことがあると思ったけど、髪や瞳の色が違うから…多分、おばあちゃんの勘違いだわ。」

「ほう、気になる話だな。いつのことだ?」


 意味のない世間話だったが、聞いてもらえるおばあさんは楽しそうだ。導ノ内さんは、きっとこうやって人の信頼を得てきたのだろう。話題の広げ方はごく自然なもので、これが友好関係を築く方法かと小さく唸ってしまった。


「いえいえ、ちょいと昔の話ですよ。小さな女の子が男の子に連れられて……はて、そういえば、あの男の子は…。」


 おばあさんの視線が1番後ろに立っていた青年にいく。青年の方は、何故か明後日の方を向いていた。


「お、浮いた話の一つもないと思ったが、既に予約済みか?」

「違うわ、ボケ。」

「まだボケてねえし、仕事中は敬語だっつってんだろ。」

「ち、ち が い ま す で す…ボス! 頭痛い!」


 片手で頭を掴んでいるだけだというのに、メリメリと頭部からしてはいけない音がする。男親ってこんな感じなのかなと、別の感想を抱いてしまった。


 *


「まだいってえ…。」

「大丈夫? ええと…。」


 おばあさんのいた店からは かなり歩いたのだが、導ノ内さんに握られた頭がまだ痛むらしい。少しぐらい気遣った方がいいかと声をかけて、私はあれっとなった。


 青年の名前、なんて言ったっけと。


 扉越しに聞いた気がしないでもないが、名乗られた記憶はないし、こっちから尋ねた覚えもない。

 青年もそれに気付いたらしく「まだ、きちんと挨拶してなかったかな」と言った。

 私は頷いて肯定する。急に改めて自己紹介する流れになってきたけれど、こっちも彼に名乗っていなかったので丁度いいだろう。


「俺は導ノ内 秀政。知っての通り、マフィアの若頭ってところだ。これから、よろしくお願いします。」


 最初に始めたのは言い出しっぺの彼だった。次いで私が口を開く。


「私の方こそ。私はミラン。お互い大変だけど、難題クリアの為に協力してくれたら嬉しいです。」

「シネラだ。導ノ内のおっさん…君のお爺さんとは少しばかり長い付き合いでね。これからも会う機会があると思うから、事件解決の為にも仲良くしてもらえると助かる。」


 挨拶の終わりに、シネラさんは秀政に向けて手を差し出した。彼はそれを受け取り握手をする。人間と握手するという考えがなかったので少しキョトンとしてしまったが、流れで回ってきた手を私も取ってみた。


「?」


 すると、またもや覚えのある感覚に陥る。人の手は死神と違って暖かかったのだのだけれど、それが初めて知ったものではない気がした。


「あー…ミラン、さん? 八つ時で腹も減ったと思うし、食べ歩きできる物でも買ってきましょうか?」

「え、あ、ごめんなさい! ずっと、握ってた…。」


 声をかけられるまで手を離さなかったという事実を、ゆっくり離した後に理解した。

 私は、自分の手を見つめてみる。人間のガワを被っているとはいえ、いつもと変わりない私の手…そのはずだ。けれど、怒りもみせず笑っている彼が誰なのか、こんなに戸惑う自分は何なのか、私の頭は何もかも分からなくなってしまいそうになる。所謂 真っ白、という感覚だった。

 未知への不安から来たものとでも言うのだろうか。不安で、分からなくて……自分が自分じゃないようで、自分で自分のことが怖い。


「……。すぐ戻ってきますね。」


 こちらを気遣う優しい声音でそう告げて、彼は私たちの側を離れていく。店には心当たりがあるようで、彼の歩みに迷いは感じられなかった。

 それを、私はどんな風に待てばいいのか分からず、フードで顔を隠しながら彼の帰りを待つ。意外だったのは、シネラさんと導ノ内さんが私に何も言わなかったことだ。

 彼が去った後は、とても静かだった。


 10分ぐらい経った頃、壁に寄りかかっていた私のところに揚げたパンが現れた。秀政が戻ってきたのだ。


「はい、どうぞ。シネラさんには、これを。ボスには…。」


 受け取ったそれは出来立てらしくホカホカで、恐る恐る齧れば中にはドロッとした赤く甘い何かが入っていた。


「あっつ。でも 美味いな、これ。中はリンゴか。食べたことがないものだが、最近できたものか?」

「秀政は本当にこれが好きだな。『ニッカ』と言って、20年前ぐらいに出始めた食い物だ。中に詰める具は様々で、今だと15種類はあったか? 俺のは…んむ……サラダか。よく俺の好みを覚えてたな。」


 2人の話を聞きながら私のは何味だろうと考えてると、自分の分を食べていた秀政が「ミランさんのはイチゴ味だよ」と教えてくれる。


「…どうして、私にこの味を?」


 それは、なんてことない質問。ただそれだけで、意味なんてないはずなのに…私は彼に、きちんと答えてほしいと思っていた。

 私の真剣さが伝わったのか、彼は咀嚼していたものを しっかり飲み込んでから口を開いて教えてくれる。


「好きだと思って。」

「………。うん、好きかもしれない。」


 何かがカチリとハマった気がした。まだ全部がはっきりと分かった訳じゃないけど、一つだけ分かったことがある。


(私は彼と会ったことがあるし、この町も初めてじゃない。)


 忘れてしまった記憶があるのだと、懐かしい味のするニッカと目の前の青年が教えてくれた。彼なら、秀政なら私の求めるものを持っていると思って、私はもう一度聞こうとする。


「⁈ ミラ」


 だけど、彼から話を聞く前に、私の体から出てきた赤色の石が弾け飛んだ。

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