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死神の石  作者: 白髪 シホォン
5/10

人と死神

 シネラさんに連れられてきたのは、人が多くて賑やかな通りだった。質素ではあるもののポツポツと店が立っており、行き交う人々の顔は穏やかで心落ち着くもの。耳を澄ませば、笑い声さえも聴こえてくるほどだ。

 私の目には、そのどれもが新鮮に映っていく。

 私がよく行く場所、自殺者がいる所は必然的に暗くなりやすい。けれど、ここは、そことは対照的に明るく活気に溢れていた。


「こういう場所は初めて?」

「あ、はい。」


 少し振り返って聞いてくるシネラさんに、私は人々の間をすり抜けながら頷いた。


「人の世界も 死神の世界と似ているところがあるんですね…。」


 「仕事中、生きてる人間に遭うことはあっても 荒くれ者ばっかりでした」と言う私に、彼女は「そうだね」と人々に目を向ける。

 彼らが私達に視線を返すことはない。人は、霊感が無ければ死神や魂を見れないのだ。


「死神が人を真似た…という話もあるよ。」

「え?」


 死神が人を真似た。それはつまり、私が思っていたのとは前後関係が逆になる。


「あくまで一説だけどね。さ、着いたよ。」


 シネラさんの顔の動きに合わせて、私も目的地である建物を見上げる。さっきの明るい場所からは少し外れていたが、それでも 死の匂いが立ち込めるほどではなかった。


 *


「よっ、導ノ内のおっさん。元気にしてる?」

「予定より遅えじゃねえか。…なんかあったか?」


 最後の言葉は、シネラさんの後ろにいる私を見てのものだった。

 というか、シネラさんがフランクすぎて内心ビックリしている。声をかけた相手は人間で、マフィアらしき荒くれ者達のボス雰囲気が満載だ。

 造りの凝っている椅子に深く腰かけた人物は、しかし「おっさん」と呼ばれるには歳を取っているように感じる。にも関わらず、呼ばれた彼は何の疑問も抱いてない。


「まあ、ちょっと。けど、本題に変わりはない。例の引き継ぎの件だ。」

「なるほど、そこの子がそっちの候補か。」


 細められた鋭い目付きウッとなる。やっぱりとんでもない事に巻き込まれたと確信して、詳細は分からないけど辞退しようとした私より先にシネラさんが頷いてしまった。


「し、シネラさん!」

「おい、本人納得がいってねえんじゃないのか?」

「ああ、ごめん。でも 他に候補がいないのも事実なんだ。」


 謝りはすれど、考えを改めるつもりはないらしい。


「よく分かんないけど、引き継ぎって必要ですか⁈ シネラさんはベテラン死神でも まだまだ現役でしょお⁈」

「確かに現役だ。死神の平均寿命を考えても あと60年はいける。だが、人はそうもいかない……そうだろ?」


 彼女のかけた言葉を、机の上で手を組んだ彼は「そうだ」と肯定する。


「俺も もう少しであんたらの迎えが来るはずだ。だから、その前に孫へ継がせる為の準備がいる。それで、死神にも こっちの代替わりに合わせてもらって、双方 新しい面子にしてしまおうと考えた。」

「いや、でも それは…シネラさんが引き継ぐ人の生の半分まで続投して、もう半分から他の死神に代わってもらえばいいのでは…。」


 私の反論に、彼は反発することなく「まあ、そうだな」と頷く。けれど、シネラさんと一緒で意見を変える気はないようだ。


「お前さんにしてもらいたいのは、人と死神の架け橋だ。死神として、俺ら人を偏見の目で見ることなく、また絆を紡いでほしいと願っている。その為、俺らでやっていた協力関係を一度白紙に戻すことにした。」

「? それなら、別にシネラさんのままでも」


 問題ないじゃないですかと言おうとしたところで、静かになっていた彼女が口を開いた。


「私は、元“人”だ。」


 思わずシネラさんの顔を見る。その真剣ながら沈んだ瞳に、嘘ではないことを知った。

 人が死神になるのは、あり得ない話ではないだろう。けれど、大半は使い魔と同じく死神の眷属としてだ。シネラさんのように、死神の武器を持って死神の仕事をする元人間なんて…。


「特殊事情だよ。」


 私の困惑が見てとれたのか、シネラさんがフッと自嘲した息を漏らす。


「人だったから、私が死神側として立つことは出来ない。後継だって、死神としての知り合いは軒並み歳上ばかりだし…ってなってるところで、君を見つけたんだ。」

「私、ですか?」


 シネラさんと会ったのは2回だけのはず。そのうち1回は正に今だ。

 そんな短い期間で何が決め手になったのか。首を捻る私に、シネラさんはなんてことないと あっけらかんに言う。


「私を怖がらなかったのと、穢れへの耐性が高いと判断したから。」

「え…それ、だけ。」


 あんまりと言えばあんまりな選定基準にガックリと項垂れる。その条件だけなら、他にもいたのではないだろうか。

 しかし、これには首を横に振られた。


「君も知ってると思うけど、私に付いいて回る噂は私から死神を遠ざける。穢れの耐性だって、個々で変わってくるんだ。かつ、前提条件として(とし)が若く偏見を持ちにくい子がいい。これらを同時にクリアできる死神はそういないだろう。」


 言われて、私は他の死神を思い出してみる。結果、私がよく知る死神は片手で数えるほどしかいないので参考にならなかった。


(ここにきて、交友関係作ってこなかったのが あだになってる…!)


 もしかしたら、この交友の少なさも理由の一つかもしれない。

 死神と人間の関係は、彼らの死後に魂を運ぶといった一方的なものだ。特に生前なんて関わりがない。今から押し付けられるのが人間と協力する任務(?)というなら、死神同士の関係は希薄な方が都合がいいのかも…。

 そう思ってシネラさんを恨みがましい目で見上げると、彼女は正解と言わんばかりに目をニコッとする。


「………あー、もう。やればいいんでしょう、やれば! その代わり、特別手当てや給料上乗せしてくれるんですよね⁈」

「もちろん。この件は、死神の長も噛んでる。彼の権限で多少の融通はきくだろう。」


 即答してくれるが、それが尚更 私の決断を鈍らせる。


「わあ、嫌な予感しかない。それって、それだけヤバい件が絡んでる上に、私が巻き込まれるの確定ですよね?」

「既に巻き込まれたと言っても過言ではない。」

「勘弁してください、さっきの(・・・・)ですか?」

「頭の回転早いねえ。」


 感心するシネラさんには悪いが、今 褒められたって嬉しくない。恐怖対象だったお爺さんが同情的な眼差しを向けてくるのも心が痛い。

 もうこうなったら意を決して飛び込むしかなかった。何を選んでも変わらない運命に巻き込まれるのなら、無難に成果を出して それ相応の報酬をもらった方がマシだ。


「昇進とかはいらないので、給料上乗せの件、約束してくださいね。」


 これだけは譲れないとハッキリ告げると、シネラさんは幾分か和らいだ顔で笑う。


「はは、確かに。今の死神社会じゃ、昇進したって負担が増えるだけだもんな。」

「そっちも苦労してそうだなあ。」


 乾いた笑みを浮かべるシネラさん。それと共感するように同じ笑みをするお爺さんは、ギィと椅子の音を立てながら「ま、本題に入ろうや」と話の軌道修正に入った。

 だけど、本題に入ろうと言いながら見慣れない機械を弄っている。何をしているのか聞いたら、連絡を取っていたと教えてくれた。

 どうも これは、下界の連絡手段のよう。昔は世界中に繋がったりもしていたみたいだが、今はデンセンやらデンパトウが壊れている地域が多く、近隣がやっとのレベルだという…。使い魔の方が便利だと思った。


「孫を呼んだ。すぐに来るだろう。腰をかけて待っていてくれ。」

「そういえば、おっさんの孫は“見える”タイプか?」

「さあな。ああ、先に聞いときゃ良かったな。」

「お爺さんが見えるなら、高確率でお孫さんも見えるのでは?」


 私のお爺さん呼びに彼は「むず痒いから導ノ内(どうのうち)でいい」と言い、「俺は見えないタイプだった」と話した。


「え。じゃあ、今こうして見て話すことが出来ているのは…?」

「死神の長、だったか? そいつが、この阿呆と一緒に来てな。死神の姿でも見えるようにって、俺の口によく分からん液体放り込まれて こうよ。撃ち殺してやろうかと思ったぜ、あん時は。」


 人経由で聞かされた内容に、私は質のいいソファへ背中を預けながら眩しい天井を仰ぐ。


(何してんの、長ぁ!)


 長なんて死神のトップofトップ、直接 会ったことはないが掲示板か何かで青年の死神だということは知っている。見た目、まだまだ若そうな爽やかイケメンの死神だったけれども けっこう過激なのだろうか。


「というか、シネラさん! 止めなかったんですか!」

「ははは…元人間が死神のトップに抗えると思う?」

「元人間はそもそも死神のトップと一緒に下界へ来ません!」

「うーん、それはそう。」


 その辺含め、きっと後で色々聞かされるのだろう。ほんと、今すぐ帰りたい。のに、帰れない現実がある。泣きたい。泣けない。仕方ないから、心の中で泣こうそうしよう。

 そうやって、受け入れ難い現実を嘆いていると、私達がすり抜けて入ってきた扉の向こうで声がした。まだ幼さの残る青年の声だ。


「遅くなりました、ボス。秀政です。入室の許可を。」

「おう、来たな。入っていいぞ。」

「失礼します。」


 扉を開け、声の主が入ってくる。

 彼はそのまま導ノ内さんの所まで歩いていき…その目は、確実に私達を見た。


「君は…。」


 優しそうな黒い目と、私の金の目がバチリと合う。

 私は死神の仕事を始めたばかりで、人間をよく知らない。そのはずなのに、生身の人間と目が合うのは不思議と初めてではないように思える。

 デジャヴという単語を実感している気分だ。


「お前、見えているのか?」


 導ノ内さんの言葉にハッと意識が戻る。シネラさんを見れば、彼女もまた目を丸くしていた。2人にとっても予想外のことらしい。


「おい、こら!」

「え、わっ、爺さん⁈ なになに⁈ なんだってんだよ⁈」


 ドンッと机を叩かれた音で、青年の方もようやく意識が戻ってきたのだろう。耳を押さえては、未だ混乱する頭で何をすべきか迷っている。


「見えてんのかって聞いてんだよ! あと、ボスと呼べって言ってるだろ!」

「み、見えてる見えてる! だから、頭 押さえんのはやめてくれ!」


 青年は、本当に死神(私達)が見えている様子。ただ、導ノ内さんはその事を知らなかったようで、面食らった反動から少々暴力的に問いただしていた。

 そんな仲のいい?じじ孫喧嘩を見ながら、シネラさんは液体が入ったガラス瓶を揺らしている。


「これ、要らなかったか…。」


 そこに何が入っているのかは、聞かないでおこう。

そろそろ不定期更新になります。

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