束の間の休息
天界にも人の生きる下界と似たような村や街がある。私の家があるのは所謂 田舎のような場所で、森や泉など身近に自然が溢れているような環境だ。
たまに森に入っては木の実や獣などの食料、庭の井戸から水を汲んできて、衣食住の食を補っている。足りない調味料や食材、衣服類は私の収入で揃えてるのが今の暮らし。
「 ── ただいま、お父さん。」
家から数メートル距離がある墓地、その角に建てられた墓の前で足を止める。数日帰らなかっただけだけど、寄っておくべきかなと思って祈りを捧げた。
父は私がまだ幼い頃に死んだらしい。幼すぎて朧げにしか覚えていないが、大好きだった記憶がある。
「……。まあ、お墓参りって言っても 形だけなんだけど。」
というのも 下界の生き物と違って死神は死んだら肉体が残らないのだ。他の生物と同じように飲み食いをするのに不思議だ。
その代わり、『宝石』は残るという。死神の武器を形成する核でもあるあの宝石がだ。
「一種の心臓、か。」
腰のベルトから取り外した自分の宝石を、日にかざしてみては目を細める。薄いピンク色が陽の光を受けて、乱反射していた。
死神の石とも呼ばれるコレは、その死神が生まれる時に生成されるのだとか。誰かの生まれる瞬間に立ち会ったことがないから聞いた話にはなるけど、どうも生まれたばかりの赤子の体からぬるっと出てくるようだ。想像が付かない。
その上、死神には欠かせない武器を作る核にもなるのだ。人間で言うところの神様が仕組んだのか何なのか知らないが、面白い生命システムである。
そんな一生を共にし、没後は遺体の代わりにされる石なのだが、父の墓には石すら埋められてはいなかった。
父が死んだのは乱戦中だったらしく、全てが終わった後に捜索しても見つけ出せなかったという。結果、周りの墓にはチラホラ光り輝く石が見えるのに、ここには何もない。
「お父さんの色、何色だったっけな。」
帰ったら母に聞いてみようか。
私は立ち上がって、集合墓地を後にした。
*
生い茂る森を横目に歩いて数分。死神よりも 植物の気配が多い帰り道を歩き終われば、小さな菜園のある庭が私を出迎える。
そこを通り抜け、可愛らしい木製扉を開ければ、家では丁度 母がご飯を作っているところだった。
「ミラン、おかえりなさい。」
「ただいま。…帰るって言ってたっけ?」
テーブルに並べられた皿の数を見て、私は母に聞く。どう見ても1人分の量ではない。
困惑する私に、母は笑って教えてくれた。
「ミコールさんが使い魔を使って連絡してくれたのよ。」
ミコールさん…さっき、私が魂を渡した管理者さんだ。
「管理者さん…(お母さんと)仲がいいからって、そんな大事な生き物を使って連絡しなくても……。」
確かに、使い魔を使えば個人間での連絡も容易だろう。特に、ミコールさんの使い魔は鳥の生き物。飛べるのなら、墓地に寄り道をした私より早く着いたに違いない。
だけど、使い魔は普通、死神の仕事で使われるもの。私が去った時はまだ仕事していたのに、こんなプライベートで使って良かったのだろうか。
「急ぎで知らせを送るなら使い魔が一番でしょ。それに、使い魔を使うかどうかは、使役者である彼女が決めることなんだから。」
「…返す言葉もございません。」
私は使役している使い魔がいないから分からないけど、けっこう自分達の都合で使ってるみたいだった。母も使い魔を飼ってるが、死神の仕事を病で退役した今では思いっきり私事で使っていたっけと思い出す。
「でも 使い魔って貴重じゃないっけ。」
使い魔の元は、死んだ動物の魂と聞いたことがある。
死神が回収する魂は人ばかりなので動物の魂と出会うこと自体少なく、その中から死神と契約を交わして使い魔になるものは多くないはずだ。
「カァ。」
「あら、おかえり。」
母の使い魔が開けられた窓から帰ってくる。きっと、管理者さんにお礼の言葉を伝えてきたんだろう。
この使い魔、元はカラスだったようで管理者さんの使い魔と同じ鳥型だ。ただ、色は薄桃色で、カラスであった名残りは鳴き声ぐらい。
もう転生していてもいいのに、未だ退役した母に付き従う変わりものである。
「あなたの言う通り、使い魔を得られる死神はそう多くないわね。使い魔として働いた動物は良い転生先にありつけると言われてるけど、そういう良し悪しを考えられないから動物は穢れを生みにくいもの。ただ、だからこそ、契約してくれた彼らは使役者との絆も深く、プライベートなことであっても付き合ってくれる物好きは多いわ。」
「そういうものなんだ?」
「そういうものよ。はい、出来た。このスープで最後よ。運んで頂戴。」
くつくつと煮込んでいたものが出来上がったらしい。私は母に言われたように、注がれたスープをテーブルに置く。
母はエプロンを脱ぎ、キッチン側の席に着いた。私はその向かいの席だ。座れば、木製の椅子がギシリと音を立てる。
「「いただきます。」」
「カア。」
ちなみに、使い魔の分は拳大のお肉だ。鳥なのに鶏肉が好物らしい。下界でハトの死骸を食べるカラスを見たことあるけど、他のエサを差し置いて好物なのはどうなんだろう。
やっぱり理解できない食の好みを考えながら、その日は満足のいくまで腹を満たして眠りについた。
*
翌朝、日が顔を出したばかりの家の中は薄暗い。
とはいえ、慣れ親しんだ場所を歩くのに難はないだろう。
「ん…?」
テーブルの上にパンらしきものが置かれてることに気付く。側には、文字の書かれた紙があった。
[ミランへ
朝食は食べてから行くように]
朝早くに出るとは言ってないはずなのに、母には私の行動なんてお見通しのようだ。
まだ寝ている母を起こさないように席について、静かに手を合わせてから母の手作り胡桃パンを口に運ぶ。パンのふんわり食感と胡桃のカリカリ具合がベストマッチだった。
「……ご馳走様。」
食器を軽く片して庭に出る。井戸の水を桶いっぱいに汲んで、冷たいそれで顔を洗った。
「〜〜〜〜ッ、あぁー……効くわ〜。」
短いマントの端で顔を拭い空を見上げる。かなり日が昇ってきたようで、森からは鳥の囀りが聞こえていた。
私は日の光を遮る為にマントのフードを目深に被り、立ち上がるついでで桶に残っていた水は菜園に撒いておいた。
「いってきます。」
母はまだ寝ているだろう。それでも 「いってらっしゃい」と言われた気がした。
説明分かり辛え!っていうのがあったら教えてください。自分で書いてると、どうすればテンポ良く伝わる文になるのか全然わからなくて…。