死神も世知辛い
「管理者さーん、魂集めてきたよー。」
私が管理者と呼んだカウンターの女性は、その声で気付いたのか執筆中の紙から顔をあげる。
「あら、ミランじゃない。」
私は「はい」と魂入り袋をカウンターの上にそっと置く。それを管理者は手元に置き直して、中を確認し始めた。
「見回りもして、報告がなかった分の魂も持って帰ってきたわ。お陰で袋は規定量ギリギリよ。」
「ごめんなさいね。どこも人手不足で、見落としも多いの。」
「分かってる。ちょっと愚痴っただけ。」
もし、死神の数が多かったという全盛期だったとしても 人なんて目を離せば1人2人すぐに死んでいるもの。全てを余すことなく見つけ出し、回収するのは不可能に違いない。
私の役目は“自殺”した魂の“回収”だけど、担当地区にある未発見だった魂の回収は違反にならないので回収すべきだろう。事実、私たち回収班から預かった人間の魂を転生まで見守り管理する『管理者』の彼女は、とても助かるといった顔をしている。
「本当にありがとう。でも 無理をするのはいけないわ。『人の姿』になる時の応用で隠す…なんていう器用なことをしているようだけれど、目の下にクマが出来てるんじゃなくて?」
「ありゃ。上手く隠れてなかった?」
バレてるのなら下手に演技する必要もないかと、目の下に手を当ててみる。まあ、クマだから、感触で分かるものでもないのだけど。
管理者さんは軽く息を吐きながら首を横に振っていた。
「あなた、まだまだ新米なんだから。自殺担当はあなただけじゃないんだし、家に帰って休んできたらどう? 今回 回収してきた分だけで今月分のノルマ4分の1にはなるわ。合わせて5分の4にはなる。1週間休んだって平気なレベルよ。」
そう言ってる間にも 彼女は手際良く魂を袋から専用の箱へと入れ替え、運搬係の死神に渡していた。
そして、書類にアレコレ記入しながら「過労死コースね」と言ってくる。
「死者の魂集める側が集められる側になってどうするのよ。洒落にならないわ。」
「でも 死神って死んだら人間みたいに転生するまでお休みでしょ? いっそ良いんじゃない?」
そこまで心配しなくても…の意味を込めて、冗談めかした返しを私はする。
しかし、管理者として数多の死神を見てきた彼女答えは、世知辛い死神事情だった。
「今は死神不足だから、そんな暇無しに転生させられるわね。」
(マジか。鬼畜すぎでしょ、死神社会。)
*
「いち、にー、さん…。」
歩きながら、集めた魂と引き換えに貰った報酬の数を数える。
報酬は、人間と同じ“金”だ。死神同士の売買で使われているのは勿論、死神が人間社会で物の取り引きをする際にも都合がいいからという理由で同じらしい。
私はまだ人間と売買をしたことがないので必要性がピンとこないけど、この前 どこかの先輩がひとり愚痴ってたのを聞いたことはある。どうやら、人間社会は文化が廃れると貨幣の価値がイマイチになるのだとか。こっちの世界で貨幣を人の世界でも価値のある物に変えてから物々交換を行う者もいる様子。
「…わざわざあっちの世界で買うものってなんだろう。」
私とは一生縁の無さそうな話だ。そう思って前を向き直したが、少し遅かったらしい。
ドンッ。
鈍い音と体が当たった衝撃を受ける。不注意で誰かにぶつかってしまったのだ。
「あっ。」
と思った時には、もう手遅れ。ふらついた体を立て直して謝ろうとしたが、私の行動よりも相手の動きが早く、軽く肩を引かれて重心を戻された後に声をかけられた。
「ごめんなさい、急いでいたもので……怪我はない?」
思ったよりも衝撃が強かったのは、ぶつかった相手が走っていたからのようだった。当たった瞬間を思い返せば、柔らかいのに どこかがっしりとした筋肉を感じる体付き。押し負けるのも当然なのだろう。
だがしかし、相手に問題があったからと言って こっちの不注意が消える訳でもない。私も慌てて頭を下げる。
「こ、こちらこそ! うっかり、お金数えながら歩いてたもので…。」
まるで守銭奴みたいな言葉に聞こえるなと言ってから思った。ちょっと失敗した。
言ったものは引っ込まないからと諦めて、このまま通りすぎるかと考えた時、カチャリと金属音が耳に届く。
音の出所は私の貨幣じゃない。貨幣は紙で貰っているからだ。
じゃあ、どこから…と顔を上げて、ここで私は誰にぶつかったのかを認識した。
神速の異名を持つ、ベテラン死神のシネラ。
または『死神殺し』とも呼ばれている。
後者は、主にベテラン死神達が陰で呼んでいるものだ。理由はよく知らない。私は小耳に挟んだだけだから。
ただ、神速のシネラとしてなら多少知っている。
浄化の際に抜かれる刀身は鞘に収める時まで目視できないぐらい速いとか、仕事の成績もよく中堅や新人からは畏怖と憧憬の目で見られてるとか、死神の武器である刀を宝石形態にして仕舞うことがないのだとか……前2つはともかく、最後の1つに関してはその通りなのだろう。
彼女の肩からは、青い髪の間でチラチラと光る刀の柄が覗いていた。
「どうかした?」
「あ、いえ…。」
また自分の思考に没頭しすぎた。
1人の世界に浸るのは私の悪い癖らしい。お陰で親が匙を投げるほど、私には友達の「と」の字もなかった。
「本当に、すみませんでした。」
これで実はあなたの噂(陰口を含む)を思い返してましたとか、ましてや 出しっぱなしで抜き差しが面倒そうな日本刀についてデメリットしか感じないって考えてましたなんて言ったら不味い。
不興をかうことは私の死神生において今更だけれど、よく知りもしない相手を憶測で判断したような発言はしたくない。
だから、素直に謝ることだけに徹しよう。そこから それとなく立ち去れば問題ない…はずだ。
「……。優しい子だね。ありがとう。」
けど、頭を下げ直す私にかけられた言葉は意外なものだった。怒るでも呆れるでもなく、「優しい」だなんてと心の中で首を傾げる。
お咎めの言葉が続きそうにないのを確認してから ゆっくりと頭を上げると、そのベテラン死神は既に私が来た方向へと歩き出していた。
噂では分からなかった彼女の一面を見た気がする。そう思いながら、私もまた彼女が走ってきた通路に足を向けた。
*
魂収容場の受付で待つこと数分。粗方の手続きが終わったのか、無事に報酬の金銭を受け取れた私はホッと息をついた。
「ギリギリだったわね。」
「帰ってくる前に一悶着あってね。ミコールさんが定時退社する前に滑り込めて良かったよ。いや、本当に。」
「相変わらず、遠巻きにされてるようね。」
「苦労してるんじゃない?」と言われるが、全くもって彼女の言う通りだ。『死神殺し』の名は、管理者である死神さえも退けてしまう。
たとえ、世代が少し違う新人達であっても 先輩にみっちり仕込まれた彼らは私を前に固まることが多い。
「すんなり終わらせてくれるのはミコールさんだけだ。…めちゃくちゃ助かってます。」
「そう思うなら、次はギリギリで来ないことね。今度は何か奢ってもらうわ。」
「ははは、肝に銘じます…。」
しっかりお小言ももらって、私は受付のカウンターから離れる。
私が離れてから現れた死神と話してるところを見ると、これから その男性と交代するようだった。
「シネラ。」
報酬を財布にしまった私に、私の名前を気軽に読んできた誰かが声をかける。
とはいえ、そんな相手は限られているし、声で判別がつく。
私は肩を下ろして声のした方に首を向けた。
「ノーア。そっちの仕事は終わったのか?」
「もちろん。」
彼女のは中毒死を担当する死神、カノーア=ラプレンス。ノーアというのは愛称だ。
他殺死を扱う私とは管轄が違うので交流は多くないが、風の便りで同じ担当の死神達から尊敬の対象になっていると聞いた。ベテランだし腕はいい、育ちの良さも分かる所作をしているからとは理解できるのだけど、なまじ“彼女の本性”を知っているが故に頭のどこかで信じきれないでいる。
「あら、何か失礼なことでも考えているのかしら。」
「心を読むな。」
「そうそう、聞いたわよ。また他殺死担当と戦死担当を仲裁したんですって?」
ノーアの都合で次々と話題を振ってくるのに多少の怒りを覚えながら、私はミコールさんの退社に間に合わなくなりかけた原因を思い返す。
「仲裁とまではいかないと思うけど…とりあえず、さっさと浄化だけして「2人で持っていけ」とだけ言っといたよ。」
「あなたに凄まれたのなら さぞ震え上がったでしょうね、その2人。」
「見たかったわ」と小さく呟く彼女に、やっぱり性格悪いよなと再認識する。
それに別に凄んでないと訂正したのだが、どうであれ結果は一緒よと一蹴されてしまった。
「ふふ。他殺死と戦死…この二つは、戦場において区別をつけ難いものねえ。」
愁を帯びるまつ毛は長く震え、手入れの行き届いた金の髪が揺れる様は、見るものを虜にしてしまうのだろう。中身を知ってると、一歩どころか千歩ぐらい距離を置きたくなるが。
「あー…まあ、そうだな。」
他殺死と戦死。一見同じにも思えるこの二つの違いは、戦争(紛争なども含む)によって死んだかどうかだ。
だから、魂や死神が死に方を把握できていないと識別不可能になる。
例えば、今回の場合。問題となった死者は背後から攻撃されて死んだらしく、本人に事実確認を取ることが出来なかった。
死神による死体の検証でも 近くで起こっていた抗争の流れ弾だったのか、それに扮した故意による殺害だったのか判別できず、結果 回収に来た死神同士で争っていたらしい。
「回収や浄化なんて、どの担当がやっても一緒だろうに…。」
とは思うのだが、周りはそうもいかないようだ。
さっき話題に上がった彼らも 互いに自分の手柄を欲して譲らなかった。だからこそ、その場で醜い争いをして周囲の穢れを増長していたんだ。
(それで困るのは自分達じゃないのかよ…。)
穢れを払う側が穢れを生むなんて阿呆すぎる。ミイラ取りがミイラになるとはこの事だ。
呆れる私に、ノーアは「あら、それは人も同じでしょう?」と言ってきた。
「…否定はしない。で、そんな世間話をする為だけに来たのか? 」
特に用がないなら帰ってくれと言外に伝えると、ノーアはクスクスと笑いながら「ごめんなさい」と謝罪を口にする。どう見ても心が込もってない。
とはいえ、長年の付き合いだ。多少のことは水に流そう。話が進まないし。
「ふふふ。でも 全く用がないわけじゃないのよ?」
「じゃあ、暇つぶしで私をからかいにでも来たのか?」
「それも あるのだけれど…」
「あるんかい。」
やっぱり、こいつが慕われてるって嘘だろ。そう言いたくなった私の横で、彼女はスッと真面目な雰囲気に切り替えた。
(昔から、こういうとこが油断ならない。)
これから先は聞き逃してはいけない話だろう。私も彼女に習って、真剣に耳を傾けることにする。
「最近、物騒になってきたわよ。」
その短くもやっと入った本題に、私は思い当たる節があった。
しかも一つや二つじゃない。
「最近…というと、増え始めた穢れか、それに触発されたように広がりつつある人間達の争い云々か………もしくは…。」
「もう勘付いていたのかしら?」
小首を傾げる彼女は、なんともあざとかった。透けて見える本性に、私は更なるため息を吐く。
「それで? どうするって?」
ここまでくると おおよその想像はついていたが、最後の確認として彼女に聞いてみる。
果たして、ノーアが告げたのは予想通りの言葉だった。
「彼がお呼びよ。」
「…わかった。」
断れない命令に私は肩を竦めて、彼女に連れられながら言われた場所へ向かうことにした。
あと数回は毎日投稿できると思います。